滴る雨の音。雨に濡れた道を色鮮やかに彩る紫陽花からは、雨粒が落ちる音が響いていた。雨の日は憂鬱になってしまうけれど、わたしは雨の日も好きだった…母も、雨の日が好きだったから。何故なら雨の日が続くこの梅雨の時期には母の大切な人の誕生日がある。相変わらずの雨が降る今日…6月9日は母の大切な人でわたしの父親の、うちはイタチの誕生日だ。
母はいつも父に花を飾っていたけれど、誕生日の日には飾る花の数がいつもより多かった。それにちょうどこの季節には母の大好きな桜の花は手には入らず、母は桜の代わりに色とりどりの紫陽花の花を飾っていた…そして、わたしも。

「はーい、お待たせ。紫陽花の花よ。」
「ありがとうございます、いのさん。」

母がいつも花を買っている花屋の店主…いのさんから花を受け取ったわたしは、色鮮やかな花を見て思わず口元が緩んだ。目の前のいのさんはというと、わたしの姿がどこかツボに入ってしまったのか、突然くすくすと笑いをこぼし始める。

「アンタついこの前まで花を買っていくなまえさんを恨めしそうに見てたのに!わざわざこの6月9日に紫陽花の花を買っていくなんて、一体どういう風の吹き回し?」

大層面白そうにこぼしたいのさんに対し、わたしは言葉を詰まらせてしまった。今までわたしはあまり意識をしていなかったけれど、いのさんの言うとおりわたしはいつも花を買う母を恨めしい目で見つめていたのかもしれない…わたしが写真でしか見たことのない父は、たとえ亡くなっていたとしても母の大切な人だから。
父のことを考えている母の姿はわたしの知っている母の姿ではなくて、少し怖かったのだ。

「…母が倒れてから、父の事や昔の母の話を色々聞いて……少し考え方が変わったんです。」

わたしは今まで、写真でしか知らない父に嫉妬をしていた。亡くなっても母の心に住み続ける父が、母の大切な人である父が…羨ましかった。でも父のことを少しずつ知っていくうちに、うちはイタチが死んでもなお母の心に残り続ける理由が少しだけ…ほんの、少しだけ理解できたのだ。
わたしの言葉を聞いたいのさんは一度笑いを止めると、優しく目を細めた。その顔はわたしが何度も見てきた親の顔。いつもは元気で少し豪快な性格のいのさんだけれど、やっぱりいのさんも一児の母親だ。

「あんたも大人になったのね。なんか生意気。」
「なんか最近…そう言われること多いかもしれません。」

母が倒れたことをきっかけに、わたしは今までよく知らなかった父の話を周りの人に尋ねるようになった。父の話を聞くと、自然と当時の母の姿も浮かんできて…何だか微笑ましかった。父と母の過去や二人の想いを知ったことでわたしは少しだけれど、確かに変わることができた。

「…でも、よかった。」
「え?」

先程の言葉に付け足すように言ったいのさんに、わたしは思わず間抜けな声を上げてしまった。そんなわたしに再びくすくすと笑いをこぼしながら、いのさんは言葉を続ける。

「なまえさん、アンタが生まれる前から6月9日を大切にしてたから。アンタが代わりに花を飾ってくれるなら、安心だと思うな。」
「…そうですね。」

母が父の誕生日を大切にしているのは、母を隣で見てきたわたしもよく知っている。それを知っていたからこそ、わたしは父に嫉妬をしていたのだから。
以前のような膨れっ面ではなく、自然と緩んでいたわたしの顔。そんな表情のわたしを見たいのさんは思い立ったように店の中に入って行くと、先程買ったものと同じ紫陽花を追加でわたしに渡した。

「え…いのさん、これ…」
「サービスよ、サービス。」

いのさんの言葉の意味がよくわからずに首を傾げていると、いのさんは溜め息混じりにわたしに向けて言葉を吐いた。

「この間サクラから聞いたのよ。アンタ、なまえさんが倒れてからお見舞いに行ってないんだって?」
「そ…れは…」

母が倒れてから怖くて病室に行けていないわたしは、何だかんだ母のことが気がかりだった…母はわたしのとても大切な人だから。でも、どうしてもお見舞いに行くことができていない。
この間ナルトさんと話していた時も、綱手さんと話していた時も…否。母が倒れてから支えてくれた様々な人と話をしている時、いつも母のことが頭に浮かんでいた。わたしはただ、目をそらしているだけ。

「変な意地張ってないで、さっさとお見舞い行って来なさいよ。この紫陽花の花とアンタの父親の写真でも置いてれば、なまえさんもそのうち戻って来るわ。」

いのさんに言われると、今までうじうじと悩んでいたわたしが何だか馬鹿らしく思えた。腕の中いっぱいに花開く紫陽花の花。いつの間にか灰色の空からはここの所見ていなかったお日様が覗いている。雨は、止んでいた。


ふたりの残響

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