「もういっぽーん!」
「ああもう!どれだけ飲んだら気がすむんですか…!」
「ああん!?なんか文句あんのか?」
「あひィー!いっ…いえ!!なんでもありませんっ!」

通常の飲食店の営業時間も過ぎ、それに代わるように飲み屋の灯りがぽつぽつと灯り始めた頃。古ぼけた赤い提灯をぶら下げたこの場所…わたしの目の前では、正にどんちゃん騒ぎが行われていた。

「ほらほら、お前もぼうっとしてないで飲みな。」
「ああー!綱手様注ぎすぎですよ!この子はまだ未成年なんですからね!?」
「いーんだよ少しぐらい。」
「いやいやいや、これは少しどころじゃないじゃないですか!」

わたしの目の前で零れそうなほど注がれたグラスを引っ張り合いするのは忍の大先輩で五代目火影だった綱手様と、その秘書であるシズネさん。母を通じて幼い頃から面識のある二人だが、綱手様の運と酒癖が悪いのは出会った頃から変わらず、シズネさんの苦労も変化がないようだ。今日はカカシさんを通じて約束を取り付けてもらったのだが、何故か朝から綱手様の賭事に付き合わされ、予測どおり大負けし…今に至る。

「ごめんなさいね、綱手様が朝から振り回しちゃって…」
「い、いえ…!わたしはいいんです。シズネさんこそ、朝からお疲れ様です…」

何だか朝に比べてげっそりとしているシズネさんに労りの言葉をかけると、シズネさんはそう言ってくれるのはあなただけよ…!と目をきらきらさせ、わたしの手を握りながら言った…綱手様の秘書、やっぱり相当大変なんだろうなぁ。そんなわたし達の会話をばっちり耳に入れていた様子の綱手様は、私がなんだって?とわたしに張り付きながら尋ねてくる。背中には羨ましいほどのやわらかい胸が押し付けられ、それと共に早速酒の匂いが鼻についた。

「つ、綱手様…お酒くさいです…」
「ああん?まだまだこんなん序の口だろ。」

言っている傍から新しい酒瓶を開けようとしている綱手様に最早呆れていると、ふと隣の綱手様の手が何故か止まっていることに気がつく。

「…"霞桜"。」

先程までの酔いが回ったべろべろな声から突然我に返ったように呟いた綱手様。その視線の先にあったのは、持っていた桜色をした酒瓶のラベルだった。綱手様の呟いた言葉にシズネさんも聞き覚えがあったのか、あら…と懐かしむように目を細める。

「なんだか久しぶりに見ましたね、このお酒。」
「ああ。下戸で全く酒が飲めなかったあいつ…なまえが、唯一飲めた酒だったからな。」
「母さんが…?」

思わぬところで出てきた母の名前に、わたしは綱手様が持っている桜色の酒瓶を見つめたまま言葉を失ってしまった。そんなわたしを見てくすくすと笑いをこぼす二人は、この間会ったカカシさんと同じように、遠い昔のことを思い返すように話し始めた。

「なまえが現役の忍だった頃はなまえが医療にも詳しいこともあって、私とシズネとなまえの三人で仕事をすることも多くてね。よく三人で飲み歩いてたんだよ。」
「でも、なまえは下戸で全然飲めなかったから…いつも私と一緒にべろべろに酔った綱手様の介抱をしていたんですよね。」
「べろべろとはなんだべろべろとは。そこまでは酔ってなかっただろう。」

シズネさんの言葉を聞いて話の筋からずれたところで反論する綱手様に、思わず出てきてしまうのは苦笑い。同じく苦笑いをしているシズネさんを見て、当時母と飲んでいた綱手様も現在と同じような悪酔いの仕方だったということを悟った…母さん、大変な上司ばっかり持ってたんだなぁ。

「で、そんななまえがその"霞桜"っていうお酒だけは飲む事ができて…よく三人で頼んでは飲んでましたよね。」
「懐かしいねぇ…なまえのやつ、酔ってくるといつもいつも嬉しそうな顔してのろけてたんだよ。お前の父親、うちはイタチのこと。」
「父さんの…こと…」

母に続いて今度もさらりと出てきた父の名前。母は娘のわたしにもあまり父の話をしなかった。だからわたしも母には父の話はタブーだと勝手に理解してあまり父のことを尋ねなかったのだ…それに、わたし自身も父のことを好ましく思っていなかったから。だからこそ、若い頃の父が里抜けした後の若い頃の母が上司である綱手様やシズネさんに父の話をしていたことが、なんだか意外だった。そんなわたしの疑問を見透かしてか、綱手様はくすくすと笑いをこぼす。

「意外だろう?」
「は、はい。母は父の話はあまりしない人だと思っていたので…」
「確かに昔も、普段はイタチのことは一切口に出さなかったね。イタチがうちはの者を皆殺しにして里を抜けた時も、犯罪組織"暁"に入ったことが発覚した時も。なまえは泣かなかったし、泣き言一つ言わなかった。任務に私情は挟まない…今思えば、あいつは私なんかよりも優秀な忍なのかもしれない。」

"私なんかよりも"…そうこぼした綱手様の横顔はわたしが何度も見てきた横顔によく似ていた。寂しそうな横顔、もういない"大切な誰か"を想う横顔。
"うちは一族の抹殺事件" "犯罪組織『暁』"…わたしのような第四次忍界大戦が終了した後に育った者ならば資料の中でしか知らない出来事。綱手様の話を聞くと、今となっては一部の者にのみ"うちはイタチの真実"が明らかとなり、様々な意味を込めて優秀な忍だと言われている父だが、母が忍をしていたあの頃はS級の"犯罪者"だったということを思い知る。"犯罪者"だった父の話を気軽に出来る筈がないことも、痛いほどに理解できた。
それなら尚更…そんな"優秀な忍"であった母が何故、綱手様とシズネさんに父のことをこぼしていたのだろうか。

「私達も最初はいい顔をしなかったんだけど……でも。なまえが、本当に嬉しそうにイタチのことを話すから。だからいつの間にか私も綱手様も、笑いながら話を聞いてたんですよね。」
「今思えば、なまえは最初から知っていたのかもしれないな…イタチの本当の想いを。まあ、イタチのやったことが本当に正義だったのかは私にも、誰にも判断することはできないが。」
「…本当の、想い。」

綱手様の言葉を聞いてわたしの中に自然と巡って来たのは、"心が深く通じ合っていた二人だったからこそ、わたしが生まれることが出来た"…という、この間カカシさんが言ってくれた言葉だった。
母は父が犯罪者になって里を抜けても、幼い頃から一緒に過ごしてきて、父が本当は誰より優しい人だって知っていたから。だから、たとえ里の者が、世界中の誰もがうちはイタチを犯罪者だと言っても、父のことを信じていたのかもしれない。もしかしたら父も。誰も信じてくれなくても、母が自分を信じてくれていると知っていたから。だからこそ、重たい枷を背負っても生きていられたのだろうか。

「…わたし。」

最近、わたしの瞳は少し緩くなっているのかもしれない。瞳から涙がこぼれそうになったけれど、なんとか堪えながらわたしは言葉を続ける。

「互いを誰よりも強く想い合ってる…そんな二人から、わたしは生まれたんですね。」

今まであんなにあの男のことを恨めしく思っていたのに。大好きな母と恨めしかった父の話を聞いてこんな気持ちになるなんて。
突然そんなことを呟いたわたしに目を見開いた二人だったけれど、すぐにその優しい手のひらで頭を撫でてくれた。この間撫でてくれたカカシさんの手とはまた違って、女性の二人の手のひらはやわらかくてとても優しい…まるで、母さんの手のひらのようだ。

「じゃあ最後に、とっておきの話を教えてやろう。」
「え…?」

きょとんとするわたしに対し、言い出しっぺの綱手様は笑みを浮かべ、シズネさんは心当たりがあるように綱手様が持っている桜色の酒瓶を見つめる。

「下戸のなまえが"霞桜"と名の付いたこの酒だけ飲めたのは、イタチが桜の中でも遠くから見た時に霞のように見える霞桜がなまえによく似合うと言っていたかららしい。」
「桜…」
「ああ。因みに、霞桜の原種の山桜の花言葉は"あなたに微笑む"。お前の父親は随分、キザな男のようだな。」

「…あの人がね、言ってくれたの。私には、桜の花がよく似合うって。」

目の前の桜色と記憶の中の母の笑みが、わたしの中できれいに重なった。


花に沈む魔法

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