「決まった?この子の名前。」

なまえはいつものような無邪気な笑みを浮かべながら、目の前にいるイタチに向けて問いかけた。くるりと回った拍子になまえの淡い色の髪が相変わらず幻想的に舞い上がり、その光景を見る度に、イタチは目の前の美しい女は幼い頃から変わっていないということを実感させられた。イタチは長い付き合いで大切なひとであるなまえに会ったことで久々に出た苦笑をその顔に浮かべながら、静かに言葉を返す。

「…正直に言ってしまえば、まだしっかりとは決まっていない。」
「そんなに思い詰めなくてもイタチがつけてくれた名前なら、私も"この子"も……どんな名前でも嬉しいのに。」
「お前はこんな大切な事でも相変わらずだな。」
「大切な事だからだよ。」

真面目な言葉を返したイタチに対し、なまえはその顔に無邪気な色を浮かべたままくすくすと笑いをこぼした。

「名前は確かにとても大切なものだけど…どんな名前だとしても、この子の全てを決めるわけじゃない。イタチがつけてくれたっていう事が、この子にとっても…私にとっても……とても大切なの。」

無邪気な顔に似合わないとても優しい言葉を紡いだなまえは、イタチより一足先に"母の顔"をしていた。そんななまえの顔を見たイタチの脳裏に浮かんだのは、自らの手で殺めた両親の姿。実の子に殺されるというあまりに残酷な最後を迎えてもなお、イタチを決して責めることなく死んでいった両親を思い返しながら、イタチは改めてなまえを見つめた。
イタチが思考の奥で様々な想いを巡らせていることを知ってか、知らずか。なまえの瞳は硝子玉のようにきらめいている。自分を真っ直ぐに見つめるイタチの姿を、なまえはというとただ"きれい"だと呑気に思いながら見つめ返していた。なまえの中のイタチという存在は、幼い頃から男のくせに恐ろしいほど美しく、男のくせに花がよく似合う儚い男だった。イタチはたまになまえのことを"触れたら消えてしまいそう"だとか"儚い桜の花が似合う"だとか、キザな言葉で言って来るが、自分なんかよりイタチの方がよっぽど儚いひとだといつも、いつも思っていた。
現に今は目の前にいるうちはイタチという男は…あとほんの少しで、なまえの前から永遠に消えてしまうのだから。

「…教えて。あなたが考えた、名前。」

なまえは懐から小さな紙と小筆を取り出すと、そのままイタチに向けて差し出した。その行動でなまえの意図を理解したイタチは紙と筆を受け取りながら、考え込むように一度瞳を閉じた。
たった一人の自分の子供。まだ性別さえ聞かされていない小さな命。その命がこの世に生まれて来る時、自分はもういない。小さな命につける名前は、自分が最後に送る我が子への贈り物。
やがて、ゆっくりと閉じていた瞳を開いたイタチは、手の中にある紙にそっと我が子に送る"名前"を記した。イタチから名前が記されたばかりの紙を受け取ったなまえはその名前に細い指をすべらせると、何も口にすることなくそっと微笑む。

「…何も言わないのか?」
「だって…とてもすてきな名前だって、そう思ったから。」

静かに…小さな声でそう紡いだなまえの声は震えていた。小さな肩も細い体も、それと呼応して同じように震えていた。しかしその両手は小さな命の名が書かれた紙をしっかりと抱きしめている。

「ありがとう。」

なまえはこんな時でもいつもと同じように笑っていた。ただ一つだけ違うのは、今まで何があったとしても決して見せることのなかった涙が、なまえの頬に伝っているということ。
幼い頃から今までなまえの傍にいたイタチも、なまえの涙を一度も見たことがなかった。いつもなまえはイタチの傍で微笑んでいた。本当は寂しがり屋のくせに、イタチの前では決して弱い部分を見せなかった。

「なまえ。」

イタチは、今だけは忍であることもS級の犯罪者であることも…これから弟に殺されに行くということも忘れて、なまえの震える肩を抱き寄せた。なまえも、いつものように自分の感情を押し殺すことなく本来の心で、イタチの背に震える腕を回す。

「私が、どんなことがあってもこの子を守るから。たくさんの事を教えるから。イタチの分まで…傍にいるから。」
「…ああ。」
「たとえ世界中の人がイタチを悪者だと言っても、冷酷な人間だと蔑んでも…私は、イタチを永遠に愛してる。イタチは誰よりも優しい、私の大切なひとだから。」
「…ありがとう、なまえ。」

今まで堪えてきた想いを全て吐き出すかのように嗚咽まみれになりながら、なまえは言葉を紡いだ。その一言一言を噛み締めるように聞いていたイタチは、たくさんの言葉を続けたなまえとは対象的に、真っ直ぐに感謝の言葉だけを伝える。
なまえがイタチに頼み事をする時のように、今度はイタチがなまえの美しい瞳を迷いなく射抜いた。なまえもイタチに答えるように視線を合わせようとするが、流れ出る涙が邪魔でなかなか顔を上げることができない。今度はずるずると鼻をすすり始めたなまえに、イタチはとうとう呆れたように笑みを浮かべた。それでも…その笑みの中には、本来は慈愛に満ちた人物であるイタチの愛情が満ち溢れている。

「たとえこの命が消えたとしても、オレの想いが変わる事はない。」

イタチの顔に浮かべられた優しい表情を見たなまえは、はっと流していた涙を止める。

「オレはなまえを、そしてお前の中で育まれている小さな命を…永遠に愛している。」

優しく愛情が滲むその表情は、なまえが幼い頃に"傍にいたい"と強く願った少年の笑みと全く変わっていなかった。


幽かに触れた

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