「ずっといっしょだよ」


"ずっといっしょ"
そう約束したのは、今から何年前のことだろう。地上からの光が差し込む珊瑚畑の中、幼い日のわたし達が交わした小さな約束。幼い日は絶対忘れないほどの大切な大切な記憶だったけれど、今となってはもうなかなか思い出せないほど遠い記憶となってしまっていた。

***

わたしの双子の兄である光は、幼なじみのまなかのことが好きだ。本人は気づいていないみたいだけれど、わたしは知ってる。光はまなかが男の子と話していると機嫌が悪くなるし、まなかがどこかにいなくなるとまなかのことばかりだし。それはそれはわかりやすくて、光がまなかのことが好きだということに気がついていないのは、当の本人である光と、鈍感なまなかだけだ。そしてわたしは、そんな双子の兄である光のことが"好き"。それは家族としての"好き"ではなくて、一人の男の子としての…"好き"。つまりその気持ちは抱いてはならない、禁忌の感情だ。わたしがそう思っているなんてもちろん気がつくはずもない光は、今もわたしの目の前で寝転がって、呑気にアイスを食べている。今日学校はおやすみ。予定もなし。こんな日は、わたしがずっと光の傍にいられるから好きだ。わたしは転がっている光にそっと近づいて、光が持っている涼しげなソーダ味のアイスを一口かじった。すると、ぼうっと転がっていた光は慌てて体を起こして、なまえ!!とわたしに向かって声をあげる。思った通りに反応してくれた光に、わたしは嬉しくなって思わず笑みがこぼれた。

「ふふっ、もーらい。ソーダ味食べたくなっちゃって。」
「なまえが梨がいいって言ったんだろ!…まあ一口くらいいいけどさ。」
「はい、わたしのも一口あげる。これで一緒でしょ?」

くすくすと笑うわたしに少し呆れ気味の光。けれど、今度はわたしから差し出された梨味のアイスはじゃあもらう、と当たり前のようにかじっていってしまった。こういうのって恋人同士だったら関節キス、なのかなあ、なんて頭の端っこで考えるわたしだけれど、わたしと光の間にそんな甘い空気は存在しない…こんなのは、"家族として当たり前"だから。
光によってかじられた梨味のアイス。わたしにとってはちょっぴり特別なこのアイスも、光にとってはわたしがかじったアイスなんてなんでもないものなんだろう。

「おいどうした?溶けるぞ。」
「…ん、なんでもない。」

光の声にはっとしたわたしは、アイスを滑る甘い色の雫が下に落ちる前に、慌てて舌で舐めとった…あまい。

「あ。そういえば、まなかが今度皆でアイス食べに行きたいって言ってた。海の近くでいいとこを見つけたんだと。」
「…うん、いいね。皆で行こうよ。」
「まなかのやつ、小さい時は外でアイスなんて食ったら落としまくって泣いて、大変だったよな…あいつ、ドジなとこは本当昔から変わんないよな。」

光は幼い頃を思い返すように目を細めながら笑みを浮かべた。すごく、優しい笑み。口ぶりは少しつっぱねて面倒そうだけど、光がまなかと一緒にいられて嬉しい、と感じていることは、黙っていても伝わってきた……だって要やちさきといる時も、わたしといる時も、あんな優しい笑みは見せないもの。

「そういえば、小さい時はなまえもめちゃくちゃ泣き虫だったよな。転ぶとすぐぴーぴー泣いてさ!」
「…それは小さい時の話でしょ。今はわたし、光よりしっかりしてるもの。」
「…なんかムカつくけど、確かにそうかもな。なまえ、いつの間にか家事も勉強もなんでもできるようになってたし。」

双子なのになんでこんなに違うんだろうなあ、なんてため息混じりに言う光。そんな彼の中では全く悪意はないはずの言葉は、わたしの中では強い毒のように、ぐさりと突き刺さった。わたしが、小さい時。気が弱かったわたしはいつもいつも光にくっついて、光の後ろに隠れてばかりだった。そして、そんなわたしに光はいつも手を差し伸べてくれた。わたしを守ってくれた。けれど、そんな甘ったれた時間はいつの間にか終わりを告げて。光はわたしよりずっとずっと可愛くて小さなまなかを守るようになった。わたしを守ってくれる人は誰もいなくなって、わたしは一人で立たざるをえなくなった。

「…だって、あかり姉にばっかり負担かけられないし、自分のことぐらいは自分でやらないとだめでしょう?」
「まあ確かにそうだけどさ…それにしてもまあ……偉いよな、って。」

わたしの問いに少し照れたように顔を背けながら答えた光。そんな彼の手は、まるで幼い頃のようにわたしの頭の上にのせられていた。その行為はなんだかんだ久しぶりで、わたしまで固まってしまう…多分光はこうやって優しい言葉をかけるのが上手いから、真っ直ぐに言葉を届けてくれるから、人の心を惹きつけるのだと、わたしは思う。だからわたしは、そんな光に想ってもらえるまなかが幼い頃からずっとずっと羨ましかった…誰も支えてくれないなら、自分一人で立ってみせる。その一心でなんでも頑張ったわたしだったけれど、結局光はわたしを見てくれなかった。

「ずっと一緒だよ」

幼い頃、おかあさんが亡くなったばかりの時。あかり姉に隠れて、珊瑚畑で二人で泣いていた時に交わした小さな約束。その約束があったから、わたしは光がどこにもいかないと勝手に勘違いをしていた。そんな保証はどこにもないのに。遠い日の記憶を思い出しながら、わたしは自分の手のひらをぎゅうっと握った。手の中にはすっかり食べてなくなったアイスの棒。棒の先には小さな文字で"はずれ"と刻まれていた。

「ねえ光、」

"光は、あの日の約束を覚えてる?"
そう言いかけそうになった唇をぎゅっと閉ざして、わたしはその代わりに手に握っていた"はずれ"のアイス棒を光の前にかざした。もしわたしと光の血が繋がってなかったら、光はわたしを見てくれたのだろうか。それの答えはきっと"はずれ"。光は光によく似て真っ直ぐで素直で、誰よりも優しいまなかだから、惹かれたのだ。そんなまなかの代わりなんて、どこを探してもいない。

「わたし、"はずれ"だって。」
「なんだ、なまえもかよ…オレも"はずれ"。くっそー、なんか悔しいな。もう一本食う!!」

声をあげながら立ち上がった光は、わたしの手からするりと"はずれ"のアイス棒を取ると、自分の分と一緒にごみ箱に捨ててしまった…最後まで選んでもらえることのない"はずれ棒"。なんだか、誰かさんにそっくりだ。慌ただしく冷蔵庫にアイスを取りに行く光を見送ったわたしは、地上から差し込む眩しい光を見上げてそっと目を閉じた。

きれいなままの夢に蓋

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