「わたしがまもってあげる」


ちさき、ちさき。いつもいつも、小さくてまだ幼さが残る声で私の名前を呼んで、控えめに服の裾をつかんでくる可愛い私の幼なじみのなまえ。
まなかとはまた違う感じで私のことを慕ってくるなまえは、間違いなく私の中で"特別"な存在だった。

「ちさき。」

オレンジ色の夕日が差す、放課後の教室。私達は誰もいないのをいいことに、二人並んで机の上に座りながら先生の手伝いをしている光達を待っていた。その、隣にいたなまえが唐突に私の名前を呼ぶ。ちさき。いつものように小さな声で、私の服の裾をぎゅっと握りながら私を呼んだなまえに、私はなまえの方へ向き直りながらなあに?と答えた。するとなまえは返答代わりにぎゅうっと私に抱きついてくる。なまえの、女の子特有の柔らかい感触が私を包んだ。それにちょっぴりどきりとした私だったけれど、なまえはそのまま黙って私に抱きついている。ちらりとなまえを盗み見すると、閉じられた目蓋と安心しきったように頬を緩めた表情が見えて、思わず私も頬を緩ませた。
少しの間そうしてくっつき合っていた私達だったけれど、ふと黙っていたなまえが再びちさきと私を呼んだ。

「…ちさき、やわらかい。」

口を開いたと思ったら突然そんなことを言い出すなまえに、私は少しむっとしながら言葉を返す…なまえったら。私がそういう言葉を気にしてること知ってる筈なのに。

「む、なあにそれ。嫌味?」
「違うよ。ちさきはふわふわでいい匂いがして、安心するんだもん。」
「そ、そうなの?」

ふわふわでいい匂いなんて。けろっとした顔でそんなことを言うなまえに、私は呆れてしまった。こういうのを世間では"天然"って言うのかな…でも、ふわふわでいい匂いがするのはなまえも同じ。今でも漂ってくる甘い花のような、私を惑わせる毒のような香りはなまえ特有の匂いだ。そんなことを考えていた私に、私にくっつきながらにこにこと話していたなまえはまた突然私の胸に爆弾を落としていく。

「うん。わたし、ちさきの傍だいすき。」

ちょっぴり首を傾げながら、にっこりと嬉しそうに笑っているなまえはとっても可愛い。ねえなまえ。他の子もそうやって可愛い顔で誘惑してるの?そんな言葉が頭を巡ったけれど、私は何事もなかったように言葉を返した。

「私も、なまえの傍にいるの、大好きだよ。」
「ほんとうに…?」
「本当。なんでわざわざ嘘つく必要があるの?」
「そっか、そうだね。えへへ…わたし、すごくすごく嬉しい。」

少し照れたように笑うなまえの頬はちょっぴり赤く染まっていて。それがすごく可愛くて、なまえが意味は深くなくても私を撰んでくれたことが嬉しくて、私は思わず隣にあったなまえの小さな手をぎゅっと握ってしまった。それを見て、また嬉しそうに笑みを浮かべたなまえは、あのねと言葉を続ける。

「わたし、陸に出てきて…いっぱいいっぱい色んな人に会ったり、色んな物を見たりしたけれど、まだ少し"こわい"って思う時もあるの。」
「怖い?」
「…うん。そりゃあ新しいことを知ることはわくわくするけど、前から知ってることがどんどん新しいことに塗り替えられていくのは、やっぱりこわいよ。」
「なまえ…」

不安に揺れるなまえの瞳に、私はぎゅうっと胸が締め付けられる…でも、なまえの"こわい"という気持ちは私にも理解することができた。だって陸に出てから、私達は確かに"変わった"。いつの間にかどこでも私達だけの幼なじみの世界は消えていて、私達は当たり前のように陸に溶け込んでる……私も、怖い。だって私の大事なずっとずっと私に着いてきていたなまえが、誰かの手によって私の傍から消えてしまうんじゃないかって、そう思ってしまうから。だからこそ私は、なまえがちさきと前と変わらずに私の傍にいてくれて"こわい"と私を頼ってくれるなまえに安心感を覚えるのだ…"なまえは私の"って実感できるから。

「なまえ。」
「なあに…?」
「…大丈夫。なにも怖くなんてないよ。」

そう口にした私は、繋がっていたなまえの手を引いてなまえを私の方へ引き寄せた。鼻をくすぐるやわらかい花の香り。ゆっくりとなまえの細い腰に手を回すとその香りは更に強くなった。甘い香りに少しだけくらくらする。なまえなまえなまえ、その小さな身体も、瞳も唇も、私を掴む手のひらも。真っ白ななまえを、みんなみんな私が奪ってしまいたい。誰にもあげたくない。なまえは私のなの。だいすきなの。

「私が、守ってあげる。」
「…ほんと?わたしを守ってくれるの?」
「うん。どんな怖いことからも、私がなまえを守るから。だからなまえ、ずっとずっと私の傍から離れていかないで。」
「わたし、ずっとちさきの傍にいるよ…?だいすきだから。」

にっこりと目を細めながら笑うなまえ。強くなる花の香りは、まるで私を誘っているよう。"だいすき"。そんななまえの言葉をいいようにとらえる私は、いつかなまえに嫌われちゃうかな。

「私も、だいすき。」

なまえの頬に手を滑らせた私は、なまえの小さな唇にそっと口づけを落とした。

しらはなのドレスと花

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