「ふうん…なまえね。」
「は、い…えっと、紅覇…さま。」

彼の名前を知ることができたのが嬉しくて、わたしは自然と頬が緩んだ。そういえば自分の名前を呼ばれるのはなんだか久しぶりだ。元々知り合いや友達はいなかったため、母以外わたしの名前を呼ぶことはなかったのである。
わたしの名前を呼んだ紅覇さま。彼の姿をよく見ると、彼はとても綺麗な服を着ていた。彼の服は今わたしが着ている服とは比べものにならないくらい綺麗。紅覇さまはお金持ちの家の方なのだろうか。

「なまえ、行くところあるの?」
「行く…ところ…」

首を傾げたわたしに目を細めた紅覇さまはそのまま言葉を続けた。

「帰る家、あるの?」
「……」

家、一番初めに浮かんだのは大好きな母と二人で暮らしていた小さな家。けれどもうあそこにわたしの家はない。施設には引き取られたけれど、わたしはもう用済みの存在。結局、わたしが帰る場所は何処にもない。わかってはいたけれど改めて自覚するとそれはとても悲しくて辛いことで、思わず目に涙が滲む。そんな時、ふと頭に感じた手のひらのぬくもり。

「おまえ、ここで一人で泣いてるのと、僕と一緒に来るの、どっちがいい?」

わたしの頭を撫でる紅覇さまの温かい手のひら。そんなぬくもりとともに降ってきた言葉にわたしは顔を上げた。

「紅覇さまと…一緒に?」
「そう。おまえこんなに綺麗なのに、こんなとこにいたら勿体無いでしょ?」

紅覇さまと一緒に行くか、一人ぼっちでこのまま死ぬか。先程まではこのまま消えてなくなりたいと思っていたけれど、今は…そんな思いは薄まっていた。紅覇さま。彼の存在がわたしの小さな小さな世界を埋め尽くす。人々が"化け物"と蔑むわたしを"綺麗"だと言ってくださった紅覇さま。わたしの力を必要としてくれた紅覇さま。もし彼がわたしを側に置いてくれるのなら、わたしは。

「紅覇さまと一緒に行きたい、です。」

綺麗な笑みとともにわたしに差し伸べられた紅覇さまの手。彼はわたしを綺麗だと言ったけれど、わたしからすると紅覇さまの方が比べものにならないくらい、ずっとずっと綺麗だ。紅覇さまがわたしを必要としてくださるのなら、わたしは紅覇さまためにこの力を使いたい。彼の手のひらは小さいけれど、とてもとても温かかった。

***

紅覇さまによって連れて来られた場所はとてもとても大きな場所。その場所はこんなわたしでも、何度も見たことのある場所だった。空に向かってそびえる大きな屋根、繊細な黄金の細工が所々散りばめられている壁。そして、象徴のように壁を覆う真紅の色。今までは遠くからしか見たことのなかった場所。煌帝国の要でもあり皇帝さまや皇子さま、皇女さまが住んでいる…禁城。

「こ、紅覇さまは、この場所に住んでいるのですか?」
「ん〜?まあ、一応第三皇子だしねぇ。」
「お、皇子、さま…」

紅覇さまを見た時、とても綺麗な服を着ていたから偉い人なのだとは思っていたけれど…まさか煌帝国の皇子さまだったなんて。そんな紅覇さまの隣をみっともないぼろぼろの服を着て、彼に手を引かれながら歩くわたし。皇子さまのような高貴な方の隣に、こんなわたしが歩いていてもいいのだろうか。城の中へと進むにつれて多くなっていく人と、わたしへと突き刺さる様々な視線に思わず紅覇さまの背へ隠れて縮こまった。

「紅覇さま!何処へ行っていたのですか…!」
「あ、おまえ達、ただいま。」

紅覇さまの元へ駆け寄って来たのは、黒い髪を持った三人の女性達。そのうちの一人、顔に包帯を巻いている女性はうわああんと自分よりも小さな紅覇さまに泣きついた。他の二人の女性も心配そうに彼の顔を覗き込む。

「お怪我はありませんか、紅覇さま?」
「怪我?ないない。大丈夫だよ〜」
「気が付いたら城に姿がなかったのでとても心配でした…」
「あはは、ごめんごめん。」

顔に包帯を巻いている女性と同じように紅覇さまの側へ近づく、手に包帯を巻いた女性と足に包帯を巻いた小柄な女性。ほっとした表情をしている三人の女性達。そんな行動から、彼女達三人ともとても紅覇さまのことを慕っているということがわかる。

「あら…紅覇さま、この子は…」
「あ、そうそう。おまえ達にも紹介しなくっちゃね。」

紅覇さまの言葉に、女性達の視線がわたしに集まる。その視線にわたしの身体は自然と強張り、ぎゅっと紅覇さまの服を握ってしまう。

「この子はなまえ。おまえ達を見つけた場所と同じ場所で見つけたんだよ。」
「同じ場所?」

"同じ場所"その一言に、わたしと女性達はお互い顔を見合わせた。

「あなたも、あの施設の?」
「わた、し…」

目線を下げてわたしに話しかける女性達。そういえば女性達は三人とも、身体の一部分に白い包帯をぐるぐると巻きつけている。

「ここの三人の女達はおまえと同じように僕が連れて来た、僕の臣下なんだぁ。目に包帯をつけてるのが純々、手に包帯をつけてるのが麗々、足に包帯をつけてるのが仁々。」

紅覇さまの紹介の言葉とともに、ぺこりと頭を下げた三人。わたしと"同じ"存在。けれど、三人ともとても美しくて、こんな汚いわたしと"同じ"なんてとても思えなかった。

「じゃあなまえ、おまえももっと綺麗にしないとね。」
「え…?」

まるでわたしの心を読み取ったようににっこりと笑みをみせた紅覇さま。わたしを綺麗にするという言葉の意味がよくわからず、首を傾げるばかりのわたしに紅覇さまはまたくすくすと笑った。

***

紅覇さまの付き人さん達に着替えを手伝ってもらい、紅覇さまからいただいた服を着たわたし。

「とても似合っていますよ…!」
「なまえも鏡を見て?」
「う、えと…あの…」

純々さんから貸してもらった鏡を覗くとそこには確かにわたしが写っているけれど、なんだか別人のようだった。

「とても可愛らしいわ、なまえ。」

わたしにそんな言葉をかけてくれる付き人さん達はとても優しくて、こんな素敵な人達が紅覇さまを支えているのかと胸があたたかくなった。けれど、今わたしが身に付けているひらひらとした綺麗な服には、とてもすぐには慣れそうにない。今まで母と貧しい暮らしをしていたわたしはこんな上等な服など今まで着たことがなかったのだから。

「やっぱり、おまえには淡い色の服が似合うねえ。」
「こ、紅覇さま…!」

ひょっこりと扉から顔を出した紅覇さま。思わず純々さんの後ろに隠れるけれど、麗々さんと仁々さんに軽く背を押されて、紅覇さまの目の前に飛び出してしまった。

「う…」
「何恥ずかしがってんのぉ?似合ってるんだから、別に隠れる必要ないじゃん。」
「紅覇さま…」

俯くわたしに、紅覇さまはよしよしと優しく頭を撫でてくれた。紅覇さまにこうやって頭を撫でられると、とても幸せな気分になる…不思議。

「これからも、紅覇さまのお側に居てもいいですか…?」
「もちろん。さっきも言ったでしょ〜?」

綺麗で優しくて、わたしを綺麗だと言う変わった人で。わたしを必要とてくれた、とても温かい人…わたし、これからもこの人のお傍にいたいなあ。

月を削って生まれてきた

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