わたしが臣下となって紅覇さまに仕え始めてから、早いことでもう一月が過ぎていた。
広い広い城にはまだ慣れることはできないけれど、紅覇さまが色々とわたしに気を使ってくださるおかげで、少しは慣れることができたと思う。
与えられる仕事も紅覇さまの近くでできる仕事だけで、この白い髪や赤い目のことを言われることもない。純々さん達のような紅覇さまの部下の人々はわたしのことを快く受け入れて、色々なことをわたしに教えてくれた。紅覇さまの部下の人達は皆紅覇さま直々に集めた人らしく、皆とてもとても紅覇さまを慕っていた。そして、紅覇さまも彼らを必要としていて、彼らを一人一人大切にしている。
そんな紅覇さまと彼らの関係を見て、わたしは、今、自分は本当に紅覇さまの役に立っているのかと考えるようになった。紅覇さまの部下の人達は皆それぞれ長けたものがあって、紅覇さまの役に立っている…わたしはどうなのだろうか。紅覇さまはわたしを必要としてくれたけれど、わたしにできるのは簡単な仕事と戦うことだけ。戦うことに長けているのはわたしだけではない。それに、いくら人体実験で常人離れしていようとわたしはまだまだ幼くて、力なんてすぐ大人に負けてしまう。
わたしを絶望の淵から救ってくれた紅覇さまに恩返しがしたい。大切で大好きな存在だからこそ、彼を守りたい…役に立ちたい。
どうしたら、紅覇さまの役に立てるのだろうか。
考えてもわたしの頭ではすぐに解決策が見つからず、思わず溜め息をついた。

***

「うーん…」

一人、唸っては溜め息をつき、また唸っては溜め息をつき、そんなことを庭の落ち葉を掃除しながら何度も繰り返しているわたし。廊下を通って行く人々はわたしに好奇の目とともに、なんだこの子と言いたげな視線を向けてきた。けれど今のわたしにはそんなことを気に止めている余裕はない。今わたしの頭は"どうやったら紅覇さまのお役に立てるか"でいっぱいなのだ。
そう考えてからこの一週間、今まで以上に今与えられている仕事を頑張ってみたけれど、やっぱりぱっとしない。紅覇さまの部屋の掃除や庭の掃き掃除、どれも紅覇さまから与えられている仕事。確かに掃除をすることで部屋や庭が綺麗になり…これも彼の役に立ったことにはなるのだけれど。

「あ、なまえ〜」
「……!紅覇さま…!」

そんなことを考えてくよくよしていると、鍛練を終えた様子の紅覇さまが、背に大きな剣を背負いながらこちらに向かって来た。紅覇さまの額には汗が光っており、鍛練の厳しさが窺える。

「鍛練お疲れ様です。」
「おまえもお疲れ様。庭の落ち葉、随分綺麗になってんじゃん。」

そんな言葉とともにぽんぽんと頭を撫でられ、またいつものようにぼうっと紅覇さまに見とれてしまいそうになってしまう…いつまでも優しい紅覇さまに甘えてばかりでは駄目。改めて自分に言い聞かせて、ぎゅっと持っていたほうきを握る。

「えと…あの…」
「ん〜?」

必死に今、紅覇さまのためになにをしたらいいのかと考える。汗を拭うものも必要。何か飲み物も必要…考えれば色々思い浮かんだ。けれど、まだ禁城の何処に何があるがあまり把握していないわたしには、汗を拭うものの場所もわからないし、台所の場所も知らない…どれもこれもできないことだらけ。役に立ちたいのに立てない。そんな自分が悔しくて悔しくて、思わず目に涙が滲んだ。出てくるなと思うのに、涙は止まらない…胸がいたい。

「…どうした?なまえ。」
「ごめん、なさい…紅覇さま。」

先程とは違う声の音色で、心配そうにわたしの顔を覗き込む紅覇さま。わたしは紅覇さまに、ただごめんなさいと謝罪の言葉を続けることしかできない。
泣きながら謝罪を繰り返すわたしの背を、紅覇さまの温かい手が撫でてくれた。

「わたし…全然紅覇さまのお役に立てなくて。わたしは、たくさんたくさん、紅覇さまに助けてもらっているのに。」

情けない涙声で呟いたわたし。わたしの言葉に紅覇さまは、はぁと深い溜め息をついた。"呆れた"ようにもとれる溜め息に胸がどくり、と震える。

「おまえ、自分が役立たずだと思ってんの?」
「っ…え?」

想像していた言葉とはまったく別の言葉が紅覇さまから放たれ、わたしはただ目を見開く。

「なまえを役立たずなんて、思った事ないよ。ほんとしょうがないね、おまえって。」

笑いながら言った紅覇さま。先程まではまったく止まらなかったわたしの涙は、紅覇さまの言葉で簡単に止まってしまった。

「おまえが僕のために一生懸命できる事をしてくれるだけで僕は十分。」
「紅覇さま。」

紅覇さまが望んでいるのはわたしが彼のために背伸びをすることではなくて、わたしが今"彼のために"できることを一生懸命やること。

「……ありがと、なまえ。」

あれほど痛かった胸の痛みはいつの間にか退いている。けれど、そのかわりにどきどきと胸が熱くなった…変なの。

「紅覇さまの言葉は、魔法みたい…です。」

そう言ったわたしに紅覇さまはまたくすくすと笑う。やっぱり、胸があつい。

運命に傷を付けたのは

prev next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -