「ほらなまえ!こっちこっち〜」
「こ、紅覇さま…!そんな大声を出されては…」
「大丈夫だよ。ここ城から離れてるし〜」

わたしと紅覇さま、秘密のお出かけのために二人でお揃いの羽織りを着て出てきたはいいけれど…紅覇さまはお忍びにもかかわらず、わたしを手を引いてすっかり城下を楽しんでいた。そんな紅覇さまを、わたしは変装がばれてしまうのではとひやひやしながら追いかける……こ、これってお忍びだよね…?きょろきょろと周りの様子を窺うわたしに、わたしの前を歩いていた紅覇さまが眉間に皺を寄せながら振り返った。

「僕は大丈夫だってば!それよりも、今回の目的はおまえの服でしょ〜?」
「は、はい…」

紅覇さまの言葉に、わたしは目を泳がせながら頷く。紅覇さまの巧みな話術につられて城下に出てきてしまったけれど…こんなきらきらした城下にわたしの似合う服なんてあるのかな。
視線を少し横に向けるだけで目に飛び込んでくる華やかな衣装に金が所々に輝く大きな花の髪飾り。美味しそうな香りを漂わせる屋台もある。わたしが前に住んでいた地区とは大違いだ。わたしが住んでいた場所は食べ物なんて離れた小さなお店に行かないと売っていなくて、服なんてものも適当な布を縫ったものしか売っていなかった。綺麗な柄の着物を着たことも、上等な帯を締めたことも、紅覇さまに仕えるまでなかった…今だに綺麗な着物を着ることが馴れないのに、新しい着物なんて。わたしは、仁々さんから借りた着物に目を落としながらそんなことを考えてしまう。こちらを振り返っていた紅覇さまは、そんなわたしに呆れたように溜め息をつく。それにびくりと肩を揺らすわたしを落ち着かせるように、わたしの頭に紅覇さまの温かい手のひらが乗せられた。その手のひらに、わたしは俯いていた顔を上げる。

「何泣きそうな顔してんのぉ?おまえ、また変な事考えてるでしょ。」
「そ、そんな事…こんな素敵な通りにわたしに似合う着物なんてあるのかなって思って……」
「はあ?またそんな後ろ向きな事考えてたのぉ?」

そう問いかけながらわたしの顔を覗き込む紅覇さま。その相変わらず綺麗なお顔がわたしの目の前にあって、限り無く近い距離にわたしの顔はあつくなる。

「なまえに似合う着物を僕が選んであげるって言ったじゃん。」
「紅覇さま。」
「大丈夫だよ〜僕が綺麗なおまえを見つけてあげるから。」

そう言って笑いかけた紅覇さまは、わたしの頭を撫でていた手で空いていたわたしの手を握った。わたしの一本一本の指の間に紅覇様の指がするりと入ってきて、思わずあ…と声をこぼしてしまう。そんなわたしの声を聞いた紅覇さまが面白そうにその瞳を細めるので、わたしはもう片方の手で慌てて自分の口を塞いだ…わ、わたしのばか。

「なまえ、顔真っ赤じゃん。おまえ、手繋いだ事ないの?」
「え、と…お母さんとずうっと前に繋いだきりで……」
「へえ…」

紅覇さまが何かを考え込むように繋いだ手を見つめるので、紅覇さま?と声をかけると、彼ははっとしたようになんでもない!と声を上げた…紅覇さま、どうしたんだろう。わたしが首を傾げながらちらりと紅覇さまに視線を向けると、ちょっぴり耳が赤くなっているのが見えた…けれどそれは一瞬で。紅覇さまはわたしと繋いだ手を引いて、再び歩き出した。

「ほら、今度こそ行くよ〜?」
「は、はい…!」

手を繋いでいるだけなのに、繋がった手のひらが熱くて。だけれど幸せで…これも、お店に着いたら終わりなのかな。いやだな……ずっとずっと、このままがいい。そんなことを考えるとやっぱり胸が苦しくなって。わたしは紅覇さまの背を追いかけながら、思考を止めるようにぎゅっと目をつむった。

***

今、わたしの前に並んでいるのはたくさんの、色とりどりの着物。
大きな服屋さんに入ったきり、紅覇さまはたくさんの着物を楽しそうに選別していた。その着物はもちろんわたしが着るものなのだけれど、本人のわたしは一つ一つの着物が眩しくてただぽかんとその光景を見つめることしかできない。
わたしがそうしている間にも紅覇さまの中でどんどん買う物が決まっていっているようで…口を開く間もなく、わたしは上等な着物を片手ににやりと笑った紅覇さまの着せ替え人形に早変わりしてしまった。

「こ、紅覇さま。」
「ん〜?わあ、この着物も似合うじゃん。おまえって桃色とか水色とか、本当似合うよねえ。」
「そ、そんな…」

紅覇さまにそんなことを言われて、なんだか恥ずかしくなって思わず俯くわたし。その時にちょうど紅覇さまが選んでくださった綺麗な着物が目に入って、わたしは改めてその着物の美しさに見入ってしまった。白地を基本にした着物に桃色の帯。さらにその上から金色の帯が重なって腰から下にはふわっとした水色も重なる。紅覇さまが選んでくれた着物はどれも素敵だったけれど、わたしはこの着物がたくさんの着物の中で一番魅力的に思えた。

「気に入った?この着物。」
「はい…!でも、とても素敵でわたしには勿体ないです。他のもっと落ち着いた…」
「よし!じゃあこれにしよっかあ。」
「え…ええっ!」

別の着物に視線を移す間もなく、紅覇さまはにっこりと笑ってそう言う。わたしが紅覇さま!と彼に声を上げても、彼は聞こえないふりをして店員さんにこれくださいーなんて声をかけている。それに加えてわたしが着ている着物以外の、それはまた綺麗な着物まで追加で注文してしまっており……ここは感謝をするべきなのだろうけれど貧民のわたしには戸惑いの方が大きくて、思わず倒れそうになってしまった。そんなわたしを受け止めて面白そうに笑ったのは、わたしをこんなにしている張本人の紅覇さまだったのだけれど。

**

城下に出る前は青かった空はすっかり茜色に染まって、空のてっぺんにあった太陽ももう少しで沈んでしまいそう。お城への帰り道を紅覇さまと並んで歩いていたわたしは、そんな空を見てなんだかちょっぴり寂しい気持ちになった。

「どうしたの、なまえ。」
「わ…!紅覇さま。い、いえ。なんでもないです。」
「…ふうん?」

わたしの心を読んでしまったかのような、正に絶妙のタイミングでわたしの顔を覗き込んできた紅覇さま。大したことではないので、そんな彼を心臓をどきどきさせつつかわしたわたしだったけれど、紅覇さまは納得してないような表情でわたしを見つめてくる。

「おまえは楽しくなかった?城下。」
「そんな…!とっても、とっても楽しかったです!素敵な着物もたくさんいただいて…わたし、こんなこと初めてで…でも、」
「でも?」

最初は、こんなことを話したら失礼じゃいかとか話す必要ないとか。そんなことを思っていたわたしなのに。わたしを見つめてくる紅覇さまの綺麗な瞳に吸い込まれるように、わたしは言葉を続けた。

「…紅覇さまとの時間はあっという間で。もう帰らなきゃいけないんだなあって思ってしまって。ご、こめんなさい…!変な事言って。」
「変な事じゃないよ。」

そう言ってにっこりと笑みを見せた紅覇さまは、繋がっていた手を更にぎゅっと握った。紅覇さまの手はやっぱり暖かくて落ち着く。それに幸せな気分になれて、ずっとずっと握ってたいって思ってしまう。

「ねえなまえ、今日のことは僕達だけの秘密ね?」
「ひ、みつ…はい!秘密です。」

繋いでない方の手を出した紅覇さまは、指切り、と自分の手の小指を立てた。わたしはそれにこくりと頷きながら、紅覇さまの小指に自分の小指を絡ませる。

「また行こうね、なまえ。」

目を細めて笑った紅覇さまの顔が夕陽に照らされてとても綺麗で、指切りした小指が震えてしまったのはわたしだけの秘密だ。

楽園の収束地点

prev next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -