純々さん達に髪飾りが見つかったということの報告と、一緒に探してくれたお礼をするため、純々さん達の部屋に訪れたわたし。髪飾りが見つかったということはとても嬉しいけれど…わたしは、先程の皇帝様のこちらを見るぎょろりとした恐ろしい目が頭から離れない。

「まあなまえ、皇帝様にお会いになったの?」
「は、はい…」

皇帝様、紅徳様は紅覇さまのお父様。
けれど皇帝様のわたしへの視線は、紅覇さまが向ける温かい視線とは真逆のものだった。直接言葉をかけられてはいないけれど、わたしはわかる。あの視線は異端な人間への"軽蔑"の視線だ。

「わたし、今日初めて皇帝様の姿を拝見したので…少しびっくりしてしまって。」
「そうねえ。私達も紅覇様にお仕えするまで、皇帝様の姿は見た事はなかったわ。」
「私達も、あなたと同じように施設にいたしね。」

この世の中、貧しい人間が裕福な人間…ましてや皇族なんて見る機会がない。それにわたしのような"異端"の人間はなおさら。わたしが今ここにいるのは紅覇さまのおかげ。もしあの雨の日、わたしが紅覇さまに見つけてもらっていなかったら、わたしは今も貧しい町で暮らしていたはずだから。

「けれど皇帝様が白徳様から紅徳様に変わって、もう随分経つのね…」
「白徳様…」
「皇帝様が変わった時は紅覇さまも大変だった筈なのに、それでも私達を召し抱えてくださって……うぅ…紅覇様…!」

白徳様の暗殺。それがきっかけで、煌帝国の皇帝様が紅徳様へと変わった。白徳様暗殺の事件は煌帝国を賑わせた大きな事件だったから、わたしでも知っている。けれどよく考えてみると、その事件が起こったことで皇帝様が紅徳様になったということは紅覇さまの身分も跳ね上がった…ということになる。紅覇さまだって煌帝国第三皇子と言っても、わたしとそれほど年が変わらないくらい。自分のことでも大変なのにそれに加えてわたしのような者の世話もしてくださっている。

"おまえは、ずうっと僕の傍にいればいい。言葉も意味も、僕があげる。"

ふと思い出したのはこの間紅覇さまがわたしにかけた言葉。あの時の紅覇さまはいつもと違ってどこか不安げで、弱々しかった。
わたしは紅覇さまがあまりに優しくて温かくて、忘れかけていた…紅覇さま。彼もわたしとおんなじように一人の男の子なんだ。

***

「あ、なまえ!」
「紅覇さま…?」

純々さんに頼まれた本を持って行くために廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れた声に名前を呼ばれた。振り返るとそこにはわたしの主である紅覇さまの姿が。紅覇さまは最近、お勉強やら鍛練やらで忙しいそうであまり言葉を交わしていなかったので、なんだか久々だ。特に変わった様子のない彼の姿にわたしも安心する。

「はあ〜やっと今日の分の勉強終わったんだよねえ。」
「お疲れ様です紅覇さま。」
「ってゆうかおまえ、僕が忙しい間に色々あったんだって?」
「え…?」

色々…あったといえばあったけれど。わたしの色々なんて他の人に比べればちっぽけなものだろうし…首を傾げるわたしに、紅覇さまは純々から聞いたよと言って話を始める。

「髪飾り落としたり親父に会ったりしたんだって?災難だったねぇ。」
「純々さんから…はい。でも髪飾りも無事に見つかったので…良かったです。皇帝様には少しびっくりしてしまいましたけれど……」
「びっくりかあ。まあ、びっくりするよねぇ。あれでも一応皇帝だし。」
「え…?」

わたしの言葉に紅覇さまはくすりと笑って、その笑みを深くした。紅覇さまはわたしと同じくらいの歳なのに、時々こういうとても妖艶な笑みを見せる。綺麗なお顔も合わさってその笑みは幼さを感じさせない…わたしには絶対こんな綺麗な顔はできないなあ。
ぼうっと紅覇さまに見とれるわたしに、彼はまたひとつ笑みをこぼして言葉を紡ぐ。

「おまえは"あれ"を見てどう思った?」
「あれ…?」
「"皇帝様"僕の親父のこと。この間初めて見たんでしょ?」
「あ…」

その質問にわたしはどくんと心臓が速まる。こちらを見て笑っている紅覇さまは、まるでわたしの気持ちが見えているかのよう。けれど、皇帝様に向かって"怖い"だなんて思ったこと、紅覇さまに言ってもいいのかな。紅覇さまはあまり皇帝様が好きではないようだけれど、それでも皇帝様は紅覇さまの実の父親なのだ。

「あ、細かいことなら別に気にしなくてもいいよぉ?僕親父のこと好きじゃないし。それに、おまえは僕のでしょ?」
「は、はい…」

あまりに直球な言葉に、わたしも正直に言ってしまっても大丈夫かななんて気持ちになる。とりあえず周りを見て人がいないことを確認する…皇帝様の陰口、なんて言っていることが誰かに聞かれてしまったら紅覇さまはともかく、わたしのような者だったらすぐに城から追い出されてしまうもの。

「…こわいと思いました。」
「へえ〜こわいねえ。」
「わたしの幼い頃の想像の中では、皇帝様ってもっと、違った人…で……ごめんなさい。わたし…」
「いや、別に大丈夫だと思うよぉ?僕もそんな風に思ってたし。ま、確かにあの人が皇帝になったおかげで僕は煌帝国の第三皇子になれたんだけどね〜」

まるで嘲笑うように笑ってみせた紅覇さま。けれど、その顔は少しばかり切なげで。そういえば、こんな表情を紅覇さまは前にも見せたことがあった。こんな紅覇さまの表情はわたしの胸をぎゅうっと強く締めつける…そんな顔しないで。
紅覇さまに失礼だとか細かいことまで頭が回らなくって、わたしは思うままに紅覇さまの手を掴んだ。わたしに手を差し伸べてくれた時と同じ、あたたかい手のひら。

「わたし、紅覇さまが必要としてくださるのなら、ずうっとお傍であなたさまを守ります。ずっとずっと。」

紅覇さまが元気になりますように。そんな願いをこめて手を握る。わたしの手のひらは紅覇さまの手よりずっと冷たくて弱いけれど、それでも。わたしの思いが届きますように。
勝手にこんなことをして怒られてしまうかもしれないと頭の隅で思ったけれど、そんなことを考えていたわたしに降ってきたのは平手打ちではなくて、温かい手。

「…必要だよ。おまえのこと。僕は要らないものをわざわざ拾ったりしないし。」

そう言った紅覇さまの顔からは先程の切なげな表情は消えていて、紅覇さまの体温が伝わってくるかのようにわたしの胸もあたたまった。

***

この間、紅覇さまと皇帝様のおはなしをした日から、わたしは紅覇さまを見るとたくさん運動した後のように心臓の音が早くなってしまう。同時に紅覇さまに微笑まれたり触れられたりなんてしたら、わたしの体はみるみるうちに火照ってわたしの髪にまで力が入って逆立ってしまう。そんなことが頻繁に起こるせいで、最近わたしは仕事を失敗してばかりだ。怒られても頭がぼうっとして内容を全然覚えていないのだから、本当にだめだと思う…なんだかなあ。

「はあ……」

ぼうっとする頭から自然と出てきた溜め息をはっと押し込め、わたしは途中だった仕事を再開した。今日はわたし一人で紅覇さまの服の整理。周りが誰もいないからか、いつも以上に仕事に身が入らないような気もしなくもない。けれど、紅覇さまの大切な服の整理なんだもの…しっかりやらなくちゃ。
そう意気込んでしばらく仕事を続けていると、わたしの名を呼ぶ緩い声とともに部屋の扉が開かれた。

「あ、なまえ。おまえこんなとこにいたんだ〜」
「わ…紅覇さま…!」

今日は服の整理?なんて尋ねながらわたしの手元を覗き込む紅覇さまに、わたしの心臓がどくん、と波打つ。紅覇さまがおまえのこと探してたんだよ〜といつもどおりの間延びした声で続けるけれど、今のわたしにはそれどころではない…紅覇さま、距離ちかいです。

「ん〜?大丈夫、顔赤いよ?」
「は、はい…!だいじょうぶです。申し訳ございません!」
「それなら別にいいけどぉ…」

距離近いので離れてくださいなんて、紅覇さま相手に言えるわけない…それにわたしなんかが言うのもなんだけれど、紅覇さまとずっとこうしていたいという感情も胸の奥の底にあるんだもの。そんなことを考えて俯いているわたしに、紅覇さまはう〜んとなにかを考え込んでから、はっとわたしを手を引いて立ち上がった。突然のことにわたしは間抜けな声を出してしまう。

「え、えと…紅覇さま?」
「おまえ疲れてるんだよ〜だから、僕と気分転換しようよ。」
「気分転換…?」
「そ。なんだかんだでおまえと僕、一回も手合わせしたことなかったし、手合わせしない〜?」 

にっこりと微笑みながら軽い口調で言った紅覇さまにわたしも自然に頷きそうになるけれど、少し考えるととんでもないことを言われていることに気がつく。

「て、て…手合わせなんて…!そんな、わたし紅覇さまに攻撃するなんてできません!」
「ただの手合わせでしょ〜?細かいことは気にしないの。それに、おまえが髪を使ってるところ、もっと見たいし。」
「そ、そうですか…?」

紅覇さまはいつもわたしの髪の毛を綺麗だと言ってくれる。この髪は色も全部抜けてしまっているし、枝毛や切れ毛がたくさんある髪なのに。

「ね、手合わせしよ〜?」
 
紅覇さまのきらきらした笑顔に、またどくんと高鳴った心臓…ああもう。紅覇さまって、本当に素敵なひとだなあ。紅覇さまに見とれながらわたしは小さく首を縦に振ったのだった。

***

紅覇さまの開始のかけ声から何分たっただろうか。
紅覇さまは紅覇さまと同じくらいの丈の大剣でわたしにすごい勢いで迫ってくるけれどわたしは手合わせが始まってからというもの、紅覇さまの攻撃を防いでいるだけだ…ああもう、さっき調子に乗って紅覇さまのお誘いに乗ってしまった自分を思い切り殴りたい。
そうやっていつまでたっても攻撃をしないわたしに、痺れを切らした紅覇さまが苛々したような表情を見せながら口を開いた。

「なまえ、おまえの本気はこんなモンなのぉ〜?僕、全然つまんないんだけど。」
「も、申し訳ございません…!」
「謝るくらいだったら本気出しなよ!」

いつの間にかわたしの目の前にいた紅覇さまは、わたしに向かってその大剣を振り下ろした。わたしはすぐさま自分の剣の髪を盾にして防ぐけれど、紅覇さまの見た目とは正反対の力にわたしは防ぐしかない。いつもの戦い方だったら空いている相手の背に髪を伸ばして攻撃するけれど、そんな戦い方をしたら紅覇さまを傷つけてしまうかもしれない。
わたしがまだ施設にいた頃、実験として何百人何千人、数え切れないくらいの人と戦わされたけれど、わたしと戦って傷つけられた人は身体中傷だらけで、とても見るに耐えない状態になってしまったのを覚えている…わたしの力で紅覇さまをあんな風にしたくない。

「何考えてんのぉ?」
「あ、く…っ。」
「考え事してる暇があったら反撃しないと、倒されちゃうよ?」

そう言った紅覇さまはもう一度後ろへ下がると、先程よりも大きく剣を振り上げてわたしへと振り下ろした。その衝撃に耐えきれず、わたしは思わず尻餅をついてしまう。それと同時に突き刺さる紅覇さまの視線にわたしは俯くしかない。
なんだかんだで結局わたしは手合わせに了承したのに…情けないな。わたしがこんな弱くって、紅覇さまは失望したかもしれない。呆れたかもしれない。
そう考えたら先程まで手を抜いていた自分が恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなくて。思わず目に涙が溜まったけれど、歯を食いしばって涙が零れないように耐える。

「…紅覇さま。」
「……なにぃ?降参〜?」
「もう一度、もう一度…手合わせお願いします。」

わたしの言葉の後、わたし達の間には空白の時間が流れる。時間で考えればそれはほんの数分なのだろうけれど、今のわたしにはそれがとてもとても長く感じられた。

「なまえ。」

やっと聞こえた声に恐る恐る顔を上げると、紅覇さまの手が尻餅をついているわたしの頭へと置かれる。わたしの目に映ったのは紅覇さまの不敵な、楽しそうな笑み。

「それでこそ、僕のなまえだよねぇ。」
「あ…は、はい…!わたし、頑張りますっ!」

紅覇さまの言葉が嬉しくて、少し声が裏返ってしまったわたしを、紅覇さまはくすくすと笑う…ああ、本当紅覇さまは素敵だなあ。わたしはそのまま尻餅をついていた身体を持ち上げて、立ち上がった。次こそ頑張らなくっちゃ。

器用貧乏が環になって

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