この間の書物庫での一件から紅覇さまはよくわたしの髪を弄るようになった。こんな髪を紅覇さまに気に入っていただけて、綺麗にしてもらえるのは嬉しい。けれど髪を弄っている間にあんまり距離が近くなると、わたしの心臓がもたないの。

「こ、紅覇…さま。」
「ん〜どうしたのぉなまえ?」
「わわ…」

恒例となりつつある三つ編みをわたしの長く伸びた髪でひたすら作っている紅覇さま。紅覇さまが楽しいならいいのだけれど…距離がちかい。時間が経つにつれて紅覇さまの顔が首元や耳元に近づいて、彼の吐息それらの部分にかかるのだ。

「髪弄られるの嫌になった?」
「いえ…!全然!!」
「そう?それならいいんだけどぉ…」

紅覇さまがあまりに楽しそうにわたしの髪を弄るので、距離が近いなんて彼の作業を中断させるようなこと…できない。首元紅覇さまの吐息でどきどきやくすぐったさを感じるけれど、それより紅覇さまの笑顔の方が大切だもの。

「おまえの髪、すっごくさらさらだよねえ。何か特別な手入れとかしてるのぉ?」
「い、いえ…特には…櫛でとかしているだけですよ。」
「へえ…!それだけでこんなにさらさらなんだ〜!」

紅覇さまは目をきらきらとさせながらわたしの髪を撫でる。わたしの髪を綺麗だと言う紅覇さまだけれども、紅覇さまの髪だってとってもさらさらで綺麗だ。わたしなんて紅覇さまに拾われるまで身だしなみは必要最低限しか気にしていなかったもの。施設にいる時は戦闘訓練ばかりで"戦闘道具"の髪はいつもぐしゃぐしゃのぼさぼさだった。今のような髪になったのは紅覇さまに拾われてからである。
今までわたし一人でやっているだけではなんの意味のなかった行動も、紅覇さまが隣にいるだけでここまで意味が変わる。思い返してみれば、亡くなってしまった大切な母もこうやってわたしの髪を編んでくれた。紅覇さまと同じように綺麗と言いながら。

「わたしがこうやって綺麗な格好で過ごせるのは、全部全部紅覇さまのおかげです。紅覇さまが褒めてくださったこの髪も、ここまで綺麗になったのは紅覇さまがいたからです。」
「あはは、なまえのそういう言葉聞いてると安心する。」

わたしの後ろに座る紅覇さまは、わたしの頭にこつんと自分の額をくつっけた。三つ編みを編んでいた手を止め、その手はまるで縋るようにわたしの手を握り締める。普段はあまり見せない、弱々しくも感じる姿にぎゅっとわたしの胸は先程とはまったく違う意味で締め付けられる。

「紅覇さま…?」
「おまえは、ずうっと僕の傍にいればいい。言葉も意味も、ぜんぶ僕があげるから。」

耳元でどこか切なげに囁かれた言葉は、わたしの頭や心の中全部にじんわりと染み渡った。

***


「うーん…どこいっちゃったんだろう…」

廊下で一人必要以上にきょろきょろと周りを見回すわたしに、廊下を通る人達は好奇の目を向けてくる。そんな視線は慣れっこであまり気にならないけれど…それより、今日わたしがなくしてしまった髪留めはどこへいってしまったんだろう。
わたしが朝から付けていた髪留めをなくしたことに気がついたのはお昼。純々さん達の魔法の実験のお手伝いをして、部屋に戻ってきてからだ。一番いた時間が長い純々さん達がいた部屋を確認したけれど、髪留めは見つからなかった。次になくした可能性がある場所は、わたしが通った廊下。その廊下をけっこうな時間探しているのにまだ見つからない。

「どうしよう…」

あれは大切な髪留め。何故ならあの髪留めはわたしがここへ来て、純々さん達にいただいたものだから。わたしにとても優しく接してくれる三人。三人はわたしにとって先輩で、姉のような存在。おさがりでごめんなさいなんて言われて貰ったものだけれど、わたしにとってはおさがりなんていうことよりも、贈り物を貰ったということがとても嬉しかったのだ…頑張って探さなくっちゃ。もう一度自分に言い聞かせて、今まで以上に目をこらす。
すると、柱の後ろの板と板の隙間になにかが挟まっているのが確認できた。それはちらりと覗く金色の飾り。

「あ、あった…!」

近くで手にとってみると、それは確かにわたしが落とした髪飾り。どこも壊れてはいないみたいでほっと一安心…よかった。

「おいお前、頭を下げろ!皇帝様のお通りだぞ!」
「も、申し訳ございません…」

そっと髪飾りを握り締めていると、突然わたしにかけられた怒鳴り声。思わず身体がびくりと震える。 急いで頭を下げつつ周りの様子を窺うと、周りの人達は皆頭を下げている。皇帝さまといったら、煌帝国で一番偉い人である。今までは雲の上の存在で全く身近に感じなかったけれど、今は違う。何故なら皇帝様はわたしの主である紅覇さまの父なのだから。
どんな方なんだろうとどきどきしながら少しだけ視線を上に向ける。重たそうな衣装、そして、紅覇さまの髪とはまた違う燃えるような真っ赤な髪。ぎょろりとした目…この人が紅覇さまのお父様。
そんなわたしの視線に気がついたのか、わたしが気味悪いと思ったのか。皇帝様はわたしをぎょろりとした目で睨んだ。その視線に、わたしは急いで視線を下に向ける。その瞳をわたしは単純に"こわい"と思った。

願わくばを願わねば

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