「もう…信乃ったらどこ行ったの…」

一人、そんなことを呟きながら、わたしははあ…と深い深い溜め息をつく。わたしが今いる場所は、旧市街の大通り…複雑な道がたくさんある旧市街にまたわたし一人、というのは迷子になる可能性も高いのだけれど、今日は裏道には入っていないから大丈夫な筈、だ。なぜ、わたしがまた迷子になる可能性があるのに一人で旧市街を歩いているかというと、その原因は信乃、だ。
先程、濡れた服をなんとかするために毛野さん達と集まっていた時、毛野さんと小文吾さんに見つけた"花の痣"。その"痣"は信乃と荘介が持っているものとまったく同じもの、で。信乃はその痣を見た後、なにかに気がついたように出て行ってしまったのだ。朝もどこか急いでいる様子だったから、なにか重要な用事があるのかもしれないけれど…信乃の表情からして、その"用事"は、きっと荘介の"影"に関することの筈。この間わたしが影と会った時、影は信乃にも会っているようだったから、あの時影と信乃が顔を合わせてなにか重要なことを話したことは間違い、ない。
"影"そして"花の痣"…"影"といっても、全てが荘介と同じとは限らない。きっと信乃は、影に荘介と"同じ"痣があるのか、確認しに行った筈…いくら外見が同じだからって荘介の"半身"だとは限らない、もの。
信乃は影を追いかけている。つまり、信乃を追いかければ、わたしも…影と話をすることができる。
この間会った時は彼が怖くて仕方なくて、最後には気を失ってしまったみたいだけれど…わたしも、きちんと事実を確かめたいから。

あの時の"約束"俺は今でも忘れてない。だから、荘介のこともお前は心配すんな。

意志を固めるわたしの中で、前に信乃に言われた言葉が過ぎった。わたしを守ると言ってくれた、信乃。確かにわたしは、その信乃の言葉に数え切れないくらい救われてる。でもやっぱり、わたしだって大切なひとを守りたい気持ちがあるから…荘介と影のことを信乃一人に押し付けることなんて、できっこない。
なんて、信乃にそんなことを言ったらまた前みたいに似合わない、と笑われるだろうけれど。信乃の呆れたような笑みがわたしの中で簡単に想像できてしまって、わたしは思わずくすりと笑みをこぼす…さて。気を取り直して信乃を探さなくちゃ。そう思って再び一歩踏み出した、その、時。
わたしの前に、大きな一台の車が止まった。いつの間にかわたしがいるのは大通りを抜けた開けた道…わたし、ぼうっとして大通りを過ぎちゃった、のかな。呑気にそんなことを考えるわたしの前で、その大きな車の扉が開いて教会の服を着た人達がぞろぞろと降りてきた。彼らは車を降りるなり、わたしをじっと見つめてくる。この、人達…?
逃げなきゃ、と頭の中では反射的に思っているのに、わたしの足は彼らの冷たい目に恐怖を感じて竦んでしまい、動かない。そんなわたしを彼らがもちろん待ってくれる筈もなく、彼らはわたしを見つめながら口を開いた。

「銀色のなまえ。本部からお前を召喚せよ、との命が下った。これからお前を教会本部へと連行する。」
「あ…わ、わたし…」
「拒否は認めない。」

そう言った彼らは動けないわたしと距離を詰めて、黒い服に包まれた腕を伸ばしてくる。その光景は自分でも覚えていないけれど、心の深い所に刻まれているいつか、の記憶と重なる…わから、ない。けれどこわい。
わたしは呼吸を乱しながらその腕を振り払って後ろに下がった。息が苦しくて、頭は真っ白で、わたしはその場に座り込んでしまう。
反抗的な態度をとったわたしに眉をしかめた彼らは、数人でなにかを話した後、車からある"物"を持ってきた。その"物"に、ぼんやりとしていたわたしの頭はなにかに弾かれたようにはっとする。

「その、神楽、鈴…!」

彼が車から持ってきたもの、は、"神楽鈴"だった。神楽鈴の実物を見たのは、毛野さんと出会ったほまちの山の件の時、の筈。
けれどその"鈴"は、なんだかずっと昔から知っているかのような、そんな不思議な感覚をわたしに与えてきた。

「少しは抵抗する気も失せたか?」
「…あ、」
「さて、一緒に来てもらおうか。」

ちりん、ちりん。わたしの頭に響くのは鈴の音。いつもは優しい筈の音なのに、今日はわたしの深い所にあるものを無理矢理引きずり出すような、苦しい感覚をわたしに与えてくる。教会の人間達は、意識が沈んでいるわたしにどんどん近付いて、あっという間に車に乗せてしまう。
わたしは抵抗する力もなく、いつの間にか意識を失った。


「はあ…ったく、なんなんだよ…」

つい先程まで全力疾走で旧市街の大通りを駆け抜けてきた信乃は、古那屋に戻るなりはあ、と深い溜め息をついた。
影、"蒼"に会うことができたところまではよかった筈なのに、重要なことははぐらかされ、仕舞いには蒼と一緒にいるところを毛野に見られてしまい…しかも、蒼の妙な言葉にそそのかされて、荘介の"影"である蒼を庇うことにもなってしまった信乃。そんなに長い時間は外に出ていなかった筈なのに、どっと疲れてしまった信乃は、再びはあ、と溜め息をついた。と、その時。障子に寄りかかっていた信乃を聞き慣れた声が呼ぶ。

「ああ信乃、丁度よかった。探していたんですよ。」

先程の血気盛んだった毛野に比べてとても穏やかな幼なじみに、信乃は少しばかりほっとして胸をなでおろした。そして、その"血気盛んな人物"に遭遇しないように、毛野にならいないって云って、と荘介に頼み込む。それを聞いた荘介は、不思議そうに首を傾げながら言葉を続けた。

「毛野さん?違いますよ。教会本部から信乃となまえに召喚状だそうです。」

それを聞いた信乃は先程までの疲れた顔はどこへやら、すぐに目をつり上げてああ?と強気に言葉を返す。

「今さら何で俺となまえに?里見はどうした?」
「その里見さんとは本部に行ったきり連絡が途絶えたそうで。要さんが迎えに出かけられたそうですが。」

いつもなら、信乃やなまえになにか用事がある時は、後見人である里見が伝えに来る筈…それに、召喚状の件は以前にも断った筈なのに。

「どうやら花街での一件が伝わったようです。死んだ筈の子供が生きていると。」

それを聞いた信乃は、ゲ、とあからさまに顔をしかめた。そんな信乃に荘介は呆れたように自業自得です、と吐き出す。
確かにその件を持ち出されてしまったら、いくらあの里見莉芳でも本部に意見することは難しいのだろう。信乃が召喚される理由は"花街での一件のこと"…じゃあ、なまえが召喚される訳、は?
信乃と荘介は全く同じことを考えていたようで、息ぴったりに顔を見合わせた。

「本部はそんなになまえの髪の力が欲しいんでしょうかねぇ。以前失敗して、もう諦めたかと思っていたんですけど。」
「ったく…"人成らざるもの"を惹きつける髪をどうしてあんなに欲しがんだろうな。その力以外はただの髪なのに。それとも、他になにかなまえを召喚したい理由があるのか…?」

そこまで考えた信乃の脳裏に過ぎったのは、以前、里見に尋ねたとある付喪神のこと。ちかげがなまえと似ている、と言っていた神…"鈴彦姫"
里見は"鈴彦姫"にはなまえと同じような力はないと言って、二人の関係を否定していたけれど、信乃にはこの二つが関係していると思えてならなかった。
そう考える理由はもう一つ、ほまちの山を訪ねて、刀を持った毛野と斬り合いになった時のこと。信乃は後に荘介からこの話を聞いたのだが、荘介を庇って毛野に斬られそうになったなまえを、神楽鈴が守ったのだという。"鈴"と"鈴彦姫"、この二つは、関係していない訳がない…なまえと、"鈴彦姫"。
一人で眉をしかめながら考え込んでいる信乃。それを見ていた荘介は大丈夫ですか?と信乃を心配するように声をかける。信乃はその声に顔を上げてああ、と頷く。

「…そういえば荘。お前、なまえと一緒じゃないのか?俺はさっきまで旧市街に出てたから、なまえはてっきりお前と一緒にいるんだと思ってたんだけど。」
「それはこっちのセリフですよ、信乃。俺は今日一度もなまえに会っていませんよ?だから、てっきり信乃と一緒にいると思ってたんですが…」

そこまで聞いた信乃は、まさか、と顔色を変える…まさかなまえは、自分に着いてきていたのでは、ないか。この間の"花街の事件"の時も、なまえは信乃が知らないうちに着いてきていたのだ。この可能性だって十分ありえる。今、信乃が帰ってきているのに、なまえは帰ってきていない……つまりあの幼なじみは今迷子になっているのではないか。
そこまで仮定した二人は、きょろきょろと周りを見回しながら旧市街をさ迷っているなまえが簡単に想像できてしまい、二人揃って頭を抱えた。

「…ったくあんの馬鹿。一人で出かけんなって散々言ってんのに…!」
「帰ったらお説教、ですね。でも、またなまえは嫌なタイミングで迷子になりましたねぇ…もしかしたら、教会の人間が信乃となまえを探すために旧市街の方にも行っているかもしれないのに。」
「そうだな。なら…村雨。迷子のなまえを探して来い。」

信乃の言葉に、信乃の肩に乗っていた村雨はラジャ、といつもどおりの片言で返事をして飛去っていく…これで、無事迷子が回収できればいいのだが。いつもは信乃が村雨を自身から離すと納得いかないような顔をする荘介も、今回ばかりはしょうがない、となにも言わなかった。
ひとまずなまえのことは村雨に任せるとして、次に問題なのは教会本部への対象だ。

「さて、どうしましょうね?ここにいてもこちらの方々に迷惑をかけるでしょうし。」
「バカ正直に顔出して、あれこれ探られんのもゴメンだね!」

教会本部の人間は、あの里見でさえも手を焼く人物。素直に召喚状に応じれば、知っていることを全部話すまで帰してくれないに違いない。荘介は腕を組みながら話を続けた。

「村雨のことは何がなんでも秘密にしておく必要がありますね。彼らにとって喉から手が出る程欲しいものだそうですから。見つかれば一体どんな扱いを受けるのやら。」
「悪魔憑きって云われて焼かれてもおかしかねーな…」

信乃は自分で言った言葉を改めて想像して、ないわ、と首を振る。そうならない為にも、なにか手段を考えなくてはいけないのだ。

「どーにも嫌な予感がしますね。信乃となまえを探し出すなら里見さんと四家の屋敷…その他を押さえるとなると……」

そう言いかけて、荘介ははっとあることに気がついた。その荘介の反応に、信乃も気がついたようにはっとする。
里見に四家の屋敷の要。その他で信乃となまえと親しい人物……

「…浜路!」

それは言うまでもなく、幼なじみの浜路である。この間女学校に入ったばかりの浜路。まずは彼女の無事を確認するため、二人は浜路が通う女学校に向かった。

***

「荘介、いたか?」

浜路の無事を確認するために浜路が通う女学校を訪れている信乃と荘介。信乃は、学校の窓口に浜路のことを尋ねに行っていた荘介の姿が見えると、すぐさま結果を尋ねた。

「…いえ、お昼前に里見さんの名で教会の人間が迎えに来たそうです。」
「…いい度胸だな。」

信乃が普段とは一段と低い声でそう言った時、今度は空からシノー、と彼の名前を呼ぶ声。信乃にとっては随分と聞き慣れた片言は言うまでもなく、先程なまえの行方を探しに行かせた村雨のものだ。
村雨が差し出された信乃の腕に止まるなり、信乃はどうだった、と結果を聞く。

「なまえ、いない。どこにも。」
「…くそっ、アイツどこ行ったんだ!」
「でも、話してるの、聞いた。」
「話してるの?」

村雨が言った引っかかる言葉に、二人は顔を見合わせた…どういうこと、なのだろうか。答えを待つ二人に村雨は話を続ける。

「銀色の髪の女が、教会の人間に車に乗せられてた、って。」

村雨の答えに、話を聞いていた二人は揃って眉間に皺を寄せた。浜路、それになまえまで。しかもなまえには元々召喚状が出されていた…なにをされるか、わからない。
村雨の話を聞いてからそっぽを向いて話さない信乃。そんな信乃の頭には、この間なまえと話した"約束"が渦巻いていた。

なまえ、もうお前を傷つけることは絶対にしない。お前は俺が守る。俺がずっと、傍にいる…約束だ

ついこの間そう言ったばかりなのに…また、守れなかった。しかも今回は、彼女自身が本当に危ないかもしれないのに。信乃は思わず自分の拳をぎゅっと握った。そんな信乃を見つめていた荘介は、自分もふうと一息ついた後、静かに信乃に尋ねる。

「どうします?」
「…決まってるじゃねーか。」

そう尋ねた荘介に、信乃はゆっくりと俯き気味だった顔を顔を上げてにっ、と笑ってみせた。その笑みは妙に凶悪で、荘介も一瞬驚いたように目を丸くする。

「死ぬほど、後悔させてやる。」

***

「う、ん…」

わたしは、妙な苦しさを感じながら目を開けた。まだ覚醒していない頭はぼうっとしていて、それに加えて目の焦点も合わない…ぐるぐる。なんだか目が回る。
しばらくこめかみを押さえて俯いていると、少しずつその息苦しさも引いてきた。それとともにぼうっとしていた頭も覚醒してきて、今自分がどんな状況なのかを把握する。

「…わ、たし、教会の人に連れて行かれたん、だっけ。」

そ、う。わたしは、旧市街で信乃を探していて、でもその時に教会の人間に会ってしまって。わたしに召喚状が出されたことを告げられて、その、あと…神楽鈴が……そこまで思い出した瞬間、ぴしり、と頭を裂くような頭痛を感じて、わたしは思わず唸り声を出してしまう。その痛みは少しの間続いたけれど、少し時間が経つとなにごともなかったように消えていって、わたしははあ、とひとまず安堵の溜め息ついた…それにしても。

「ここは、どこ…?」

周りを確認すると、そこは小さな礼拝堂だということに気がついた。
わたしは礼拝堂の長椅子にいて、部屋の奥には光が差し込むステンドグラスに大きな十字架。そして、その十字架の前にはきつく紐で縛られた妙な箱が置かれていた。
そういえば、連れて来られる時に"教会本部からの召喚状"と言っていたから、この場所は教会本部、ということで間違いないのだろうけれど…どうして、わたしなんかを召喚したんだろう。確かに、以前もわたしは信乃と荘介とともに教会本部に召喚を命じられたことがある。でも、あの時に里見さんが上手くまとめてくれて、それでもう大丈夫だと思っていたのに。それに、あの"妖刀村雨"を身体に宿す信乃と違って、わたしはそんな大きな力は持っていない。

「どうして…?」

そう尋ねたところで、もちろん答えは返ってはこない…それより今はなぜ、召喚されたかを考えるよりも、ここからどうやったら出られるか、の方が重要だ。里見さんの話からして、教会本部に捕まったらいいようにはされないのは確か、だし。わたしはこんな場所に閉じ込められているわけにはいかないのだ。

「扉、は…」

そう考えて周りを見回した時、一番に目についたのはステンドグラスがある方とは反対側の奥の大きな扉。それ以外には扉は見当たらない。わたしはとりあえず、その扉を開けてみることにした…けれど。

「開かない…」

そう。どんなに力を入れても開かないのだ。普通の扉だったら簡単に開くはず、なのに。めげずに扉を普段前後ろに動かしてみるけれど、扉はかちゃかちゃと鍵がかかっている音を出すだけ。
他に扉はないか。わたしは周りを見回して、目についたところを全て確認してみたけれど、どこにも出口はなかった…つまり。

「わたし…閉じ込め、られた…」

確かに無理矢理連れて来られたから、荘簡単に出られるとは思っていなかったけれど…ここは完全な密室。しかも恐らくとても広いであろう教会本部のどこかの部屋……つまりわたしは、誰かが来てくれなければここを出ることができない。
信乃や荘介だったら、こんな時でもなんとかできる術や力を持っているんだろうけれど…わたしは、なんの力もない。無力な自分が悔しくて、わたしは思わずその場にへたり込んで服の裾をぎゅっと掴んだ。そしていつの間にかこぼれ落ちてくるのは、涙。

「…泣いちゃ、だめ。わたし、」

そんなわたしの声は誰の耳に入ることなく小さな礼拝堂に響いて静かに消えていく。ここには、わたしひとりだけしかいない。

「し、の…」

わたしの頭に浮かぶのはいつもいつも、わたしのことを支えてくれる彼の姿…わたしを守ると言ってくれた、とても大切なひと。
信乃はわたしがいなくなったことに気がついてくれているのかな。今頃荘介と一緒に探してくれているのかな。

お前は俺が守る。

ぎゅっと握った拳にわたしの瞳からこぼれた涙がまた一粒、落ちた。

***

教会に連れ去られた浜路となまえを助けるため、信乃と荘介は早速教会本部を訪れていた。しかし、なぜか肝心の本来"そこ"にある筈の建物の姿は見あたらず、見えるのは周りを囲む高い柵だけだ。そんな奇妙な光景を、信乃と荘介は不思議そうに見つめる。

「……何も見えない。」
「結界でしょうねえ…ずいぶん複雑そうです。」
「ちかげや狐共とは違うのな。」

奇妙な光景を作り出す"原因"となっている結界の仕組みに気がついた二人は、早速四家の神達が作り出す結界と目の前の結界の違いにも気がついた。

「媒体が違うのかもしれません。こちらはもっと…血生臭い。」
「あーヤダヤダ。人間て怖いのな。」

荘介の言葉に、信乃はぶるりと身体を震わせながら首を振った。
"人間"と"神"、力の在り方の違う二つは、やはり力の媒体も異なる…所詮"人間"はどう足掻いても神の力には届かない。"人間"が"神"に近付くには、それなりの代償を伴う。ただ一人の神以外は受け付けない教会の結界は、"十二人"の人柱を立てて作ったものだ……血生臭くないわけが、ない。
そんな会話をしながら、この結界をどうしようかと考えていた二人。すると突然、信乃の隣からすうって真っ白な耳が飛び出した。あまりに突然の出来事にわ、と声を上げた信乃だが、徐々にその正体が見慣れた"彼"だということに気がつく。

「八房!」

いつもどおり少しばかり気怠そうにひとつ欠伸をした八房は、信乃の隣にいる四白の姿の荘介に近付くとなにやら会話を始めた。

「そーですか。あー里見さんはずっと中なんですね…浜路と要さんも?なまえもここに?え、なまえ気絶してたんですか?」
「ちょっと!!そこで何二人っきりで話し込んでんの?」

"犬同士"の二人の会話がわからない信乃は、とんとん拍子で会話を進めていく二人を恨めしそうに見つめる。まあどちらかというと信乃は、八房と会話をすることができる荘介が羨ましいのだ。
そんな信乃の視線に気がついたのか、会話を終えた様子の荘介は早速信乃に八房との会話を報告する。

「要さんが一緒なら浜路は一安心ですが…気絶していたって言うなまえは心配ですね……どうします?召喚状に応じて来たと知らせますか?」
「そだなーどのみち八房も入れないんじゃ…」

どうしようもない、と続くはずだった信乃の言葉は、突然隣から聞こえてきたガキン、という何かが割れるような凄まじい音によって掻き消される。何事かと思ってその音の方に視線を向けた信乃は…その光景に言葉を失った。
信乃の視線の先には、きょとんとした表情であの結界に首を突っ込んでいる村雨。この結界は、八房も入れないような強固なものではなかっただろうか…? 
その光景をぽかんと見ていることしかできない信乃と荘介の目の前で、結界に突き刺さった首をぐるぐると回転させた村雨。その衝撃で更に結界の罅は大きくなり、遂に。バリン、耳をつんざくような凄まじい音とともに、十二人の賢者達が十二人の人柱を立てて作った、強固な筈の結界は簡単に壊れてしまった。
その衝撃に外にいた信乃と荘介だけでなく、建物の中にいた里見、本国から帰還したばかりのフェネガン枢機卿、賢者達、それに浜路と要。そして複数の結界が張り巡らされている礼拝堂に閉じ込められていたなまえまでも、"なにかが起こった"ことに気がついて目を見開いた。
結界が壊れたことにより、先程まで見かえなかった本来の教会本部が姿を現す。それを見た信乃はいまいち意味がわかっていないようにん?と首を傾げた。

「……何か壊れたみたいだけど?」
「…そーですね。」
「じゃあま、とっとと浜路となまえを迎えに行くか!」

そう言った信乃に頷いた荘介、そして八房も続く。その信乃が向かう建物の中では、里見が一人歩いていた足を止めて深い溜め息をついていた。

「どうしてこう大人しくしていないものかな…どいつもこいつも。」

里見の言葉が指しているのは信乃になまえ…それに荘介。つまり信乃の周りにいる人物のことである。先程の結界のことといい、どうやら里見の苦労は留まることを知らないらしい。再びこぼれた里見の深い溜め息は、誰にも聞かれることなく消えていくのだった。


虹霓に彩られた泡の刹那
prev next
back