世の罪を除く神の子羊よ
憐れみをお与えください

ステンドグラスから差し込む光を受け、祈りを捧げる司祭姿の里見さん。里見さんの司祭姿は思った以上に神々しくて正に眼福、という言葉がぴったりであった。
そんなことを考えてぼうっとしているとそんなわたしに気がついたのか、里見さんはしっかりしろ、とでも言うように一瞬こちらに視線を向けた。里見さんの視線と合わせて、荘介と信乃の呆れたような視線も突き刺さる……そ、そう、だった。今回ばかりはしっかり仕事をしなくっちゃ。
今日は病者の塗油の日。
体の弱った人や死の危険が迫っている人に力と慰め、そして罪のゆるしを与える儀式。司祭が式文を唱えながら病者の額と両手に香油を塗り、健康の回復を祈るのである。
そんな日に何故わたし達が教会を訪れているかというと、一言で言えば里見さんに仕事を任されたから、である。信乃は見学で来ただけなのだけれども。

「父と子と聖霊なる全能の神の恵みが、常に皆さんとともにありますように。」

そんな言葉を言って微笑む荘介は今日一日限りの司祭だなんて思えないくらいぴたりと枠にはまっていて、流石荘介だなあ、と改めて感心する。わたしは司祭ではないので塗油の儀式は行わないけれど、引きつらない程度に笑みを浮かべてそんな光景を見つめた…こうやって愛想を振りまく仕事って、わたしは苦手、なんだよなあ。

「今日の司祭様はずいぶん見目のいい方達ばかりだし…そこの銀髪の侍者の子も、とっても綺麗な子ね。目の保養だわ。」
「それはよかった。貴方に神のご加護を。」

わたし達にお辞儀をして去って行った女性を見送って、わたしは今はベールで隠れている自分の髪に視線を移した。
里見さんに仕事を貰った時は、わたしの髪の特殊な色が儀式を受けに来る人達に気味悪がられるんじゃないかと不安だったけれど、里見さんの心配ないという言葉どおり気味悪がる人は一人もおらず、むしろ綺麗だと褒められるばかりだ。里見さんによると、信者の人からすればわたしの銀髪は里見さんや尾崎さんも持っている金髪と変わらないらしい……里見さんのお前は笑って立っているだけでいい、という言葉はそういうこと、だったのね。

「…なまえ、大丈夫ですか?まだ儀式に来る方はたくさんいそうですけど。」
「うん…わたしは大丈夫。喋ったりはしないし、立ってるだけだから。」
「そうですか、ならいいんですけど…それにしても人が多いですからね。見てるだけて疲れてきそうです。」

荘介とそうやって少し会話をしている間に、また新しい人達がわたし達の前へとやって来た…里見さんがいるだけでこんなにたくさんの人が来るなんて。そういえば前に尾崎さんが莉芳は人気者だよと話してくれたけれど、ここまで人気者だなんて里見さんってやっぱりすごいんだなあ。荘介はわたしの心配をしてくれたけれども、わたしより荘介の方がずっと疲れが溜まると思う…仕事が終わったら、荘介にお茶でも淹れてあげよう。それにしてもこんなに人がいたらきっと仕事が終わるのはお昼もとっくに過ぎた時間だろう、なあ。そんなことを考えながら、わたしは今も増え続ける列の最後尾を見つめた。

***

仕事を終えて外へ出ると外はもうすっかり暗くなっており、建物に灯る明かりが少し眩しい。あまりの人の多さだったからまさかとは思ったけれど…本当にこんな時間になってしまうなんて。そういえばお昼も食べてないなあ、なんて考えていたら、丁度わたしのお腹がぐうと音を鳴らした。しまったと思って咄嗟にお腹を押さえたけれど、隣にいた荘介にはばっちり聞こえていたようでくすくすと笑いをこぼしている。

「そ、荘介はお腹空いてないの…?」
「いや、空いてますよ。お昼も食べてないですしね。いつの間にかいない信乃もきっと古那屋にお邪魔してるんでしょうし、俺達も今日は古那屋で夕食をいただきましょうか。」
「古那屋の夕食…!」

わたしは普段少食でも過食でもないけれど、今なら信乃と同じくらい食べれるような気もしなくもない…信乃がいたら今日の古那屋でのご飯はお肉、かなあ。頭の中で古那屋での豪華な夕食を想像していたら、わたしのお腹はまたぐうと音を鳴らす。

「お腹が空くのは健康な証拠ですよ、なまえ。」
「う…でも、これから美味しいご飯食べるもの。ご飯、楽しみ。」
「全く…単純なんですから。」

わたしを呆れたように笑う荘介だけれど、なんだかんだで荘介だってお腹が空いてるの、わたしは知ってるんだから。だって荘介、今日の仕事も頑張ってたもの。
他愛もない掛け合いをしながら、荘介とわたしは古那屋へと向かうのだった。

***

古那屋を訪れたわたし達を迎えてくれたのは、まだお仕事中らしい小文吾さん。信乃のことを尋ねたらやはり信乃は古那屋にいるらしく、わたし達が仕事をしていた昼間からお邪魔していたようだ。

「やっぱり信乃はここでしたか。今日は夕食の用意もしてなかったし、こんな時間だからまさかとは思ったんですけど…」
「二人共泊まってくだろ?信乃なら今兄貴と飯食ってる。丁度よかったな。」

そういえば最近、古那屋にはお世話になりすぎてすっかり常連になってしまったなあ。
とんとん拍子で進む荘介と小文吾さんの話に、わたしは話を聞いているのがやっとだ。

「は…あ。現八さんのお宅は…?」
「犬飼の屋敷はデカイのがあるけどよ、今は誰も住んでねぇし。どーせ仕事先は旧市街だから、ウチの母屋で寝起きしてんだよ。」
「そうなんですか…」

どうりで古那屋に泊まるとほぼ現八さんに遭遇するわけ、だ。もうすっかり慣れたように答える小文吾さんに、苦労してるんだなあ、と改めて感じる。

「今日は朝から教会のお仕事だったんだって?お疲れサマ。」
「あーいえ。俺達はただのお手伝いのようなものですから。まあ、なまえはなまえにしては頑張っていましたよ。ドジも踏みませんでしたし。」
「へえ、そうなのかなまえ。偉いな。」
「ド、ドジ…」

これ、褒められてるの、貶されてるの。考えながら首を傾げるわたしに構わず、小文吾さんは笑いながらわたしの頭をくしゃくしゃと撫でた。確かに今日はなにも問題を起こさなかったけれども、それはわたしがただ立っているだけだったからで…もう。

「それにしてもよ。俺、今まで教会の人間の説教も、何言ってっか判んねー歌も苦手だったワケ!だけど信乃のあの歌!」
「歌……?」

小文吾さんはわたしの頭から手を離し、思い返すように顎に手を当てる。信乃の歌、ってなんなんだろう。荘介とわたしが顔を見合わせた時、小文吾さんの口から、わたし達もよく知っているフレーズが紡がれた。

「埴生の宿もわが宿…ってヤツ?」
「その歌…」
「なまえも知ってんのか?客が感動して泣いてたぜ?アレなら俺にも判る。いい歌だな。」

小文吾さんが紡いだフレーズから、わたしの頭の中には何度も聞いたやさしい歌が流れる。

埴生の宿もわが宿
玉のよそおい うらやまじ
のどかなりや 春の空
花はあるじ 鳥は友
おおわが宿よ 
楽しとも たのもしや
書よむ窓も わが窓
瑠璃の床も うらやまじ

「浜路が……幼なじみがよく歌っていたんです。俺達は四人共故郷を失ったので。」

浜路が教えてくれた。浜路が歌うその歌は、もう帰ることのできない故郷を懐かしむ歌、なのだと。わたし達四人が暮らした、小さかったけれど、とても美しかった大塚村。村に来る以前の記憶がなかったわたしにとって、大塚村は"故郷"と呼べるただひとつのものだった。けれどそんな大塚村は、五年前に全て焼き尽くされてしまった。浄化の炎の名のもとに、跡形もなく。村を赤く、燃え尽くしたあの日の炎をわたしは今でも覚えている。 

「…お前ら、あの大塚村の出身だと言ったな。何でお前達だけ…」
「あー!!村雨が俺の肉食ったー!!」

小文吾さんが言いかけた言葉は、信乃の怒りを含んだ叫び声によって見事にかき消されてしまった…信乃が肉、って言ってるってことは今日のご飯はやっばまりお肉、なのね。

「テメエ!!吐け!!吐きやがれ!!俺の牛フィレ!!」
「……信乃、ホレ。俺のをやるから、それは諦めろ。」

部屋には、村雨の首を掴みながら鬼のような剣幕で村雨に向かって言葉を吐く信乃。そして、そんな信乃にお肉を差し出している現八さん。最初からあまりに激しい光景に、わたし達三人は扉の前で固まってしまった。

「あ、荘介!!なまえ!!」

扉の前で固まっていたわたし達に気がついた信乃だけれど、荘介とわたしの名前を呼んだ信乃は村雨の首を掴みながらわたし達に手招きするので、村雨が今にも死んでしまいそうな顔をしている。

「し、信乃…とりあえず村雨の首、離してあげて……」
「村雨ならちょっとくらい大丈夫だって。大体、コイツが俺の肉食ったんだぜ!?」
「お行儀が悪いですよ。人様の分まで奪うんじゃありません!」

荘介は信乃の手から村雨を離し、現八さんから信乃へのお肉を再び元の場所へと返す。そんなわたし達のやり取りを、小文吾さんは呆れたように見つめていた。そんな視線も気にせずに再び現八さんからお肉を貰った信乃は、お肉を箸で掴みながらげ、と顔を歪ませる。

「現八のコレ、レアじゃん!!気持ち悪ィ!!しっかり焼いとけ!」
「これはレアが一番美味い食い方だと思うんだがな。こう…血がしたたるカンジで!」
「ち、血が…」

現八さんはそう言うけれど、わたしもちゃんと焼いていない肉は苦手、である。なんだか生肉、って怖いんだもの…それにしても血がしたたる感じ、って……よくわからない、なあ。
首を傾げているわたしに、現八さんは自分の赤いお肉を箸で掴みながら口を開く。

「なんだ、なまえも生肉嫌なのか?こんなに美味いのに…あ、試しに食ってみるか?」
「え…!?えと…」

ひらひら、とわたしの前で揺れる生肉。真っ赤な生肉は、やっぱり怖くて直視できない。どうしようか、と迷っていたわたしに助け舟を出してくれたのは信乃。

「おい現八!なまえに生肉差し出してんじゃねーよ!!自分で食ってろ!」
「なんだ、信乃もなまえも冷たいな。」
「兄貴、そろそろ止めろって…アンタが生肉だとか血がしたたるだとか云うと何かイロイロヤバイんだよ……」
「イロイロ食べそうですもんね…レアで。」

はあ、と深い溜め息をつかれながら色々を言われている現八さんだけど、やっぱり本人は全く自覚がないよだ。この後、わたしと荘介と小文吾さんも参加しての夕食が始まったのだけれども、現八さんの暴走や信乃と村雨のお肉争奪戦が加速して、煩いくらい賑やかな夕食となった。
なんだか最近こんなのばかりだなあ…賑やかで楽しいからいいけれど。

***

「あんなに言ったのに…全くなまえは……」
「冷や冷やさせんなよ…」
「う、うぅ…ごめんなさい……」

夕食後、わたしは夜風に当たるために信乃と荘介と一緒に古那屋の庭を散策していた。外へ出る時、暗いから足下には気をつけろと聞き飽きてしまうくらい信乃と荘介に言われたのだけれど、先程、わたしは石で足を滑らせて転びそうになってしまったのである。間一髪のところで荘介が支えてくれなかったら、わたしは盛大に顔面から地面へぶつかっていた、だろう…顔面からぶつかる、なんて考えただけでいたい。

「ほら、手繋いでやるからもう転けんなよ。」
「う、うん…」
「なまえもですけど、信乃も気をつけてくださいよ?二人一緒に転んだら意味ないですからね。」
「俺は転けねえって。」

そう言ってわたしの手を引きながら先を行く信乃に着いて歩いていると、わたし達の前でなにかがきらり、と光った。それが刃だということに気がついた信乃が叫び声をあげながら後ろに飛び退く。

「げ!!あっぶね!!」
「何だ、おまえらか。」

信乃の声に答えたのはわたし達もよく知っている人物、毛野さん。彼は振り回していた刀をしまいながらわたし達へと視線を向ける。

「こんな時間にウロついてると叩き斬られるぞ?」
「誰に!?つーかここ宿の敷地内だし!!」

信乃の言葉に、今さっきまで刀を振り回していた毛野さんはそういえばそうだな、と呑気に答えた…毛野さん、こんな暗い中刀を振り回していて、本当に人を斬ってしまったりとかしたらどうするん、だろう。毛野さんの刀を見つめながら物騒なことを考えていると、そんなわたしの視線に気がついた毛野さんがわたしの頭をぽんぽん、と撫でながら目を細めた。

「なまえ、お前俺が刀を振り回して人を斬らないんじゃないかとか心配してるだろ?」
「え…!?ど、どうしてわかったんですか?」
「やっぱり。お前はホントわかりやすいからな。信乃じゃあるまいし、俺はそんなヘマしない。」
「何だと!?」

売り言葉に買い言葉。毛野さんの挑発に信乃は見事に乗せられて、二人の間にはバチバチと火花がなる。この間のうさくま事件の時もそうだったけれど…この二人、似たもの同士だから言い争いを始めるとなかなか終わらないのよ、ね。どうしようと荘介を見つめると、荘介は苦笑いを見せながら口を開いた。

「この間から思っていましたが、見事な太刀筋ですね。どなたからご指南を?」
「荘介。」
「嫌味にしちゃ上出来だな、犬川荘介。先日の件はとっくに謝った筈だろう?」

上手く話を反らした荘介だけれども、荘介の言葉を聞いた毛野さんは口元に弧を描きながら笑みを見せた。その笑みからは殺気がただ洩れ、である。そういえば数週間前、わたし達はほまちの村で毛野さんに斬られかけたんだよね…毛野さん目、こわいよ。

「……ああ、イエ。純粋な好奇心だったんですけど?」
「毛野!目が本気!!」
「さ、殺気洩れてます、毛野さん…」

殺気立っていた毛野さんはわたし達の反応を見て拍子抜けしたようにはあ、と溜め息をつく。そして、持っている刀を見つめながら口を開いた。

「犬阪の家には代々伝わる宝刀があってな。真剣なんぞ本気で扱う世でもないが、それに見合うだけの力をつけるのが我が家の家訓だ。」
「……家訓、ですか。」
「これ、を持つならその力を操るだけの技量は必要だ。でなければこちらの命さえ危うくなる。」

確かに、刀は人を殺すこともできる、武器だ。扱う力がなければ毛野さんの言っていたとおり自分も傷つけるし、自分が守りたい人までも傷つけてしまうかもしれない。信乃の村雨もそうだけれど"大きな力"って、やっぱり怖いもの、なんだなあ。

「九重が言ってたぞ、信乃。お前は類い希なる刀を持っていると。」
「村雨のことかよ?」
「俺に見せてみ?」
「ヤだね。」

信乃の拒否の言葉に、毛野さんは不機嫌そうな表情を見せながら小さく可愛くねぇ、と呟く。烏の姿の村雨、なら、たった今木の上で眠たそうに欠伸をしているけど、ね。毛野さんに刃向かった信乃は、再び口元に弧を描いた毛野さんに一瞬にして首根っこを掴まれ、頭を拳でぐりぐりと攻撃されていた。声にならない声をあげている信乃は見てるだけで痛そう…毛野さん、容赦ないもの。

「あ、あとお前のことも言ってたな、なまえ。」
「わ、わたし、ですか?」
「お前のその髪、相当貴重なものらしいから、大事にした方がいいぞ。」
「わたしの髪、が…?」

わたしの髪を見つめながら言った毛野さんに、わたしも自分の髪に視線を向けた。なんだかんだで帝都に来てから、この髪は気味悪がられるだけでなく、褒められたりすることが多くなった気がする…そういえば、前に里見さんにも教会の人間がこの髪を欲しがっているから注意しろ、なんて言われたっけ。

「ま、今でも結構大事にしてるみたいだけどな。綺麗に伸びてるし。」
「あ、ありがとうございます…」

毛野さんはそう言ってわたしの髪を撫でた。褒められたことが嬉しくって思わず頬を緩ませると、毛野さんに首を掴まれている信乃ににやけてるぞ、と指摘されてしまう。わたしが髪を大切にしているのは、そんな信乃の影響、なのだけれども…わたしは最初、自分の髪があまり好きではなかった。
動物を惹きつけるのは害がないからいいけれど、時にこの髪は本当に危ない"人成らざるもの"を惹きつけてしまう時もある。そのせいで何度も危ない目にあって、信乃達を巻き込んでしまう時もあった…今は信乃の村雨のおかげで、弱い妖はあまり近寄って来なくなったけれど。
それに、わたしの髪は一部の人から"気持ち悪い"と気味悪がられた。だから、悪いことばかり惹きつける髪なら切ってしまえばいいと何度も思ったけれど、なんだか切ってはいけないような気がして、結局切ることができなかった。
けれどそんな時、信乃がわたしに言ってくれた。"なまえの髪は星のようににきれい"だと。
そんなことを言われたことがなかったわたしは、言葉にできないくらい嬉しくて、その日から自分の髪を大切にするようになったのだ。

「…なまえ、随分嬉しそうですね。」
「え…そう、かな…?」
「お前、一人でにやけすぎ。なに考えてんだよ。」
「な、なんでもない…!」

そんなに顔に出てたかなあ。信乃ににやけてると指摘された顔を自分の手で包むと、にやけている以前に熱が集まって熱い…なんで、だろ。一人でそんなことをしていると、わたしを見ていた毛野さんはにやにやしながら後で詳しく、なんてこっそり言ってきた……毛野さんが考えているような面白いことはない、と思うのだけれど。

「そういえば…荘介、お前兄弟はいるか?」
「俺ですか?」

唐突にそんな質問してきた毛野さんに、荘介は不思議そうな顔をしながら判りません、と答えた。曖昧な答えのせいか、彼は判りません?と眉間に皺を寄せながら聞き返す。

「…ハァ、俺は子供の頃の記憶が半分ないんで。まあ、母からそんな話も聞かなかったし、いないと思いますが。」
「じゃあ、やっぱり赤の他人か。とりあえずこれで清々しく殺れる。」
「や…やれ、る……?」
「肝心の主語がねーよ…毛野。」

信乃の頭にぐりぐりと力を込めながら、真顔で物騒なことを言う毛野さんに、わたし達の顔は引きつる。それにしても、なぜ毛野さんは荘介に過去のことを聞いたの、だろうか。首を傾げているわたしに対し、荘介は察したようにああ、と頷いた。 

「俺と瓜二つという男ですか?」
「気になるか?少しは。心配するな、赤の他人のことだろう。」

"赤の他人"
そんな言葉が毛野さんの口からこぼれた時、それと重ね合わさるように毛野さんに首を掴まれていた信乃が表情を変えた。信乃は毛野、と彼の名前を呼ぶと、彼の胸にとん、と自分の手を当てる…信乃、どうしたんだろう。

「……何で、何でお前の中から他人の気配がするんだ?」

不思議そうに信乃を見つめていた毛野さんは、信乃の質問を聞いて、表情を変えた。それはまるで、なにかを思い返しているかのよう。
けれど"毛野さんの中から他人の気配がする"って、どういうこと、だろう。意味がわからずに信乃が手を当てている毛野さんの胸に視線を移す……トクン。なにか、鼓動のようなものが聞こえたような気がした。


償いの代わりの証を憶えていて
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