ふわふわと沈む意識の中、誰かがわたしの名前を呼ぶ。目蓋が、とても重い。けれど、上の方から聞こえてくるわたしを呼ぶ声は、何度もわたしを呼んでいる。そして、その声は、とても聞き覚えがあるもの。頭は眠い、と訴えているけれど、身体はその声に反応して、わたしはそのまま重い目蓋を開けた。

「おい、なまえ!!」
「……信乃?」

わたしの前にいるのは、とても心配そうな顔をしている信乃。その隣には四白の姿の荘介もいる。周りの景色はわたしが見たことのない所で、今なにが起こっているのかさっぱりわからない。

「はあ…焦った。」
「大丈夫ですか?なまえ。」
「ん…」

とりあえず信乃に支えられていた上半身を自分の力で起こし、二人の言葉にこくり、と頷く…なんだか頭がぼうっとする。

「なまえ、怪我ないか?お前、アイツに捕まってたんだぜ?」
「…?」

信乃が指さす先には長い髪を揺らして、こちらを見つめている、大きななにか。口から覗く鋭い歯に、なにかに耐えるように握られた鋭い爪。その容姿はまさしく"鬼"
それを認識した瞬間、はっと意識が覚醒する。

「わ、たし…なにかの声に呼ばれて……途中で意識がなくなって、気がついたらあの"鬼"に捕まって、て…」

あの"鬼"の声は低くかすれて、とても怖くないとはいいがたいものだったけれど、とても切なげで、まるで、人間のようだった。
あの鬼は"誰か"を強く求めていた。

「…妖には隙みせんなっていつも言ってんだろ。心配したんだからな、馬鹿。」
「こればっかりは信乃と同意見ですね。後で覚悟しといてくださいよ?」
「う、うぅ……ごめんなさい。あと、助けてくれて、ありがとう。」

そんなわたしの言葉に信乃と荘介は安心したように、呆れたように溜め息をつく。二人はわたしをごつん、と軽くどついた後、未だこちらを見つめている鬼と対峙するように立ち上がった。そんな二人に次いで、わたしも服を軽く叩きながら立ち上がる…もうぼうっとしていられない。

「で、信乃はなんであの"鬼"相手にモタモタしてるんです?らしくもない。」
「むやみやたらにバッサリ斬れるか!!ありゃ人、だぞ!?」
「…人。」

やっぱり、信乃の言葉を聞いてわたしの中のあの鬼に対する疑問が消えた。
あの切なげな声は、人でなければ出せるわけがない。あの鬼は人という信乃に対し、荘介は殺しちゃったらマズイか、なんてことを笑顔で言い放っている…荘介は相変わらず真っ黒である。

「…泣くんだよ。」

信乃はなにかと重ねるように、目の前の鬼を見つめた。

「鬼のクセに…鬼になっても、あんな姿になっても泣くんだよ……あんな姿になったからじゃない。あんな姿になっても泣くんだ。俺らと何も変わらない。」

鬼はヒトが作るもの
ヒトのココロが作るもの
ヒトの闇に巣喰うもの
ココロの闇に生まれるもの

ふと、この間村雨が言っていた言葉を思い出した。鬼、がわたし達と変わらないのなら、わたし達も鬼と変わらないものということ、だ。わたし達だって、いつだって鬼になれるということ。
大きく吠えた後、わたし達に向かって突進してきた鬼。間一髪でそれを避けて、鬼の居る方向とは逆に走り出した信乃に続く。

「どうするんですか!?」
「ひとまず逃げる!!」
「こ、怖いもんね、あの鬼…」

やばいやばい、と言って逃げる信乃に対し、荘介は、はあと溜め息をついている。そんなやり取りをしている間にも、鬼はわたし達を追って来る。
その時、どこからか犬の遠吠えが聞こえてきた。どうやらその遠吠えは荘介が協力を要請した犬達のもののようである。

「二人共、大勢で人がこちらに向かってるそうです。鬼狩りだと言っているようですが。」
「鬼狩り!?妖を喰う鬼を何で人が…」

その時、なにかがわたし達に向かって襲いかかった。視界の端に映ったのはいつかも見かけた、トカゲのような妙な生き物。信乃が村雨を振りかざすと、それは力無く地面に落ちた。

「何コレ…?蟲…?」

近づいてきた何匹かは村雨のおかげで落ちたけれど、妙な羽音に空を見上げると、同じような蟲が空一面に飛んでいた…もしも、信乃が隣にいなかったら、妖に好かれやすいわたしはあの大量の蟲のような妖に纏わりつかれていただろう。考えただけで…ぞっとする。そんな大量の蟲を従えるように明かりををこちらに向ける、なにかの影。

「成程、"村雨"か。妖共が騒ぐ訳よの。」

影、の正体は、その容姿からして寺の坊主のようだ。こちらを見て嫌な笑みを浮かべる坊主。彼からはなにかとても嫌な感じがして、思わず一歩後ずさりする。

「小僧。その刀、一体どこで手に入れた?」
「坊主に小僧よばわりされる筋合はねえよ、クソ坊主。」

坊主に向かってそんな口の聞き方をした信乃に、荘介は一言多いです、と信乃を注意する。けれど、確かに汚い言葉を遣いたくなるほどこの人…嫌な人、だ。
相変わらず変な蟲を飛ばしている彼に、自然と顔が歪む。

「信乃、あの人…なんか…」
「ああ。お前の言いたいことすげえわかる。ったく、前も後ろも化物かよ。帝都って一体どんなトコなんだ?」
「そろそろ戻らないと、浜路と里見さんが心配しますねぇ。」

もう一度、前の坊主と後ろの鬼に目を向けて言った荘介。そういえばもうすっかり日が暮れているし、帰ったら浜路にたっぷりお説教されそう。

「ずいぶんと口の利き方がなっていない子供だな…ああ、いや。所詮お前も、妙に妖を引きつけるそこの女も、人ではないか。」

信乃、そしてわたしにも、向けられた視線。確かに目の前の蟲達はすっかり銀髪の髪に惹かれているようである。そのことに蟲の親玉である坊主が気が着かないわけがないだろう…けれど、"人ではない"は流石に行き過ぎである。
わたしだって信乃だって坊主さんよりは断然"人"だもの。彼を睨み返すわたし達。そんな坊主の後ろに今度は、弓矢を持った大勢の坊主達が駆けつけた。

「青蘭殿、いかがいたしました?」
「…丁度いい、こやつらを射て。」

坊主、青蘭の言葉に、わたし達の後ろにいる鬼は威嚇するように大きく吠えた。その姿に青蘭の部下の坊主達は持っていた弓矢を構える。しかし、彼らはわたし達がいるため、矢を射つことに戸惑っている。けれど、このままでは青蘭の命でこちらに向かって矢が放たれるであろう。

「信乃…」
「…よし。」

わたし達がいるのはちょうど橋の真ん中。そして橋の下には大きな川が流れている。信乃は横目で橋の手すりを確認すると、わたしの手を引き、そちらに向かって走りだした。

「信乃?」
「なまえ!!荘介!!川に飛び込むぞ!!」
「え、え…え…?」
「ここから!?ちょっと高すぎじゃないですか?」

ちょっとどころじゃ…ないと思う…けれど他に方法もないためやらざるを、えない。こうしている間にも坊主達がわたし達に向かって矢を構えている。

「なまえ、お前目ぇつぶっとけよ!」
「う…うん…!」

信乃の手をぎゅっと握って、目をつぶる…大丈夫、大丈夫。わたしと信乃が橋に足を掛けた時、わたし達の後ろで青蘭の射て、という声が響く。それと同時に聞こえた、矢が放たれる音。その音に、一度つぶった目を開けて後ろを振り向く。

「…!」

わたしと信乃に迫る、数本の矢。
それを確認した荘介が信乃の首元を掴んでわたし達をそのまま橋の下に落とす。

ざくり、嫌な音が、した。

***

押されるように橋の上から、真下の川に落ちたわたし達。わたし達は水の音に包まれながらどんどん水面から遠ざかっていく。
その時、信乃のポケットからなにかの入った袋がこぼれ落ちた。袋の中のなにかは、水に触れた瞬間、その質量を増す。

「ぶあ!」
「げほっ…!」

そのなにか、に押し出されて、わたし達は水面に出ることができたようだ。わたしの隣には信乃と荘介もしっかりといて、まず一安心だ。

「二人とも、大丈夫ですか?」
「な、ん…とか。」
「な…なん、なん…んなっ!?」
「…こ、れ…?」

信乃は、わたし達を水の中から押し出したものわたし達が乗っている黒いものを見て、目を見開いた。そういえば、よく見るとこの黒いもふもふにはどこか見覚えがある。

「この子って…目玉の子?」
「はい、助かりましたー信乃の上着のポケットに入れたまますっかり忘れてましたね。」
「勝手に入れんな!」

信乃は目玉の子を気持ち悪そうに見ながら、その毛並みを確かめるようにもふもふと手を乗せる。わたしはそれよりも水で髪の毛や服など、色んなものが張り付いて気持ちが悪い。
とりあえず水分を吸って重たくなっている髪を絞っていると、そんなわたしを見て信乃は自分が着ていた上着を脱ぎだした。そして、その脱いだ上着をわたしに差し出す。

「…信乃?」
「濡れてるし小さいけど、ないよりは絶対いいから。肩にかけてろ。」
「で、でも…信乃が…!」
「俺は大丈夫だよ。」

そんな言葉とともに、肩にかけられた信乃の上着。信乃は小さい、とは言っていたけれど、丈の長い上着のため、わたしにはそこまで小さくもならないようだ。本当に着ていて大丈夫かな…と思いつつも、信乃は言い出したらなかなか折れることはないので、今は信乃の厚意を受け取っておくことにした。

「それにしたってこんなトコ誰かに見つかったら…」

ふと、荘介の方を見た信乃は、荘介の背に青蘭が放った矢が刺さっていることに気づく…そう、だ。あの時荘介は、わたしと信乃を庇ったのだ。

「荘!!お前…背中!!」
「大丈夫ですよ。そんなに深くありませんから。」
「で、でも、血が…!」

大丈夫と言う荘介だけれど、矢が刺さっていて、大丈夫なわけがない。早く手当をしないと。慌てているわたしと信乃に対し、荘介はまあまあと言ってわたし達を落ち着ける。

「鬼の方はどうするんです?放っといていいんですか?」
「鬼…?」
「そんなん知るかー!!」

そんなわたし達に、荘介は無言である方向を向く。わたし達もその方向を確認すると、そこには目玉の子のしっぽ…に絡まれて気を失っている人、の姿。この人はおそらく、さっきわたし達を追い回していた鬼だろう。
信乃は目玉の子のしっぽを見てうえー、っと気持ち悪そうに顔を歪めている。わたしもこの子にしっぽ、があるなんて、思っていなかった、なあ。
信乃とわたしで鬼の人を引っ張り、やっとのことで目玉の子の上に寝かせる。彼はとても綺麗な顔立ちをしていて、普通なら彼が鬼だなんて言う人はいないだろう。

「…ったく、このままじゃ埒があかねえな。村雨、里見に知らせてきてくれ。」
「ラジャー」

信乃が村雨を飛ばすと村雨は信乃の言葉どおり、四家の屋敷の方へ飛んで行った。確かにずっとここにいたらまた青蘭に見つかってしまうし、もしも捕まるなんてことになってしまったら荘介の手当もできないし、とても面倒だ。
そんなことをしているうちに荘介の口数も減っていく。やっぱり大丈夫だなんて、嘘じゃないの。

「…もう少し我慢しろよ。今医者に…」
「俺よりその人です。どうもこの矢…薬か毒が…」
  
荘介は、開いていた目を閉じる。

「荘!?」
「荘介…!!」

そう言いかけて、そのまま気を失ってしまった荘介。薬か毒が仕込まれていたなんて命に関わることかも、しれない…もし、荘介がいなくなってしまったら、なんて。考えるだけで怖い。
荘、信乃が何度も名前を呼ぶ。けれど、荘介がそれに答えることはない。
優しくて強くて、いつだってわたしを助けてくれた、荘介。わたしはまだ荘介になんにも返していないのに。
目を、開けて。ただ、そう強く願った。

***

窓の外から聞こえてくる鳥の声が朝を知らせる。
あれから何時間経っただろう。なにも考えられない頭で考えてみるけれど、少なくとも実際に経った時間よりも感じている時間の方が長いことは確か。
昨日の夜、わたしと信乃でどうしようかと途方に暮れていた時、ちょうどその場を通りかかった小文吾さんと出会い、怪我をした荘介を手当してもらったわたし達はそのまま一晩小文吾さんにお世話になることになった。
一晩経ったけれど、未だ荘介は目を覚まさない。わたしと信乃は荘介が眠るベッドの下で彼の様子を見つめていた。一向に目を覚まさない荘介に、わたしの不安は大きくなるばかり…荘介がこのまま目を覚まさなかったら、どうしよう、どうしよう。
そんなことを考えていた時、わたしの手を信乃がぎゅっと握った。

「大丈夫…荘介は、きっと大丈夫だ。」
「う、ん…」

泣いては、駄目。思わず滲みそうになる涙を必死に堪える…信乃だって不安なのは一緒、だもの。ありがとう、ごめんなさい…色々な意味をこめて、握られた手を握り返す。
繋がった手から伝わる温もりに安心して、わたしはそのまま、微睡みに身をまかせた。

***

「荘!!」
「…ん?」

ふと、そう声をあげて信乃が立ち上がった。その行動で、わたしの閉じられていた目蓋が開く。隣の信乃が立ち上がったことで、信乃に寄りかかり気味で眠っていたわたしはそのまま横に倒れた。
けれどベッドの上で呆れた様子でこちらを見る荘介に、寝起きでぼうっとしていた頭がはっと覚醒する。

「荘介!?」
「はい、荘介ですよ。」

わたしの言葉に、いつもどおり返ってきた返事。一晩ですっかり傷も癒えた様子の荘介に信乃は勢いよく飛びついた。

「荘介!!よかったー生きてるー!!」
「いだいだいだっ、死にそうです!!」

ぎゅううっと荘介を抱き締める信乃に、荘介はぐえっと苦しげな声をあげる。けれど、元気そう。

「もう痛いところない?大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ。というか、元からそこまで深い傷じゃないですしねぇ。」
「よかった…!」

安心して思わずこぼれる溜め息。それとともに荘介が目覚めたことが嬉しくて、自然と笑みがこぼれた。
そんな感動のやりとりをしていると、ふと現れた白いもの。視線を上に向けると、そこには丸い二つの瞳。もふもふの毛並み、八房である。外からは昨晩信乃が里見さんのところへ飛ばした村雨が、あけてと窓ガラスにへばりついている…八房がその大きな身体で部屋をぱんぱんにしてしまっているので、窓を開けるのはなかなか難しいのだけれども。信乃と荘介とどうしようか、と顔を見合わせていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。きっと小文吾さんだろう。

「おう!信乃、朝飯でき…!?」

部屋に入ろうとしてなにかにぶつかった様子の彼。衝撃を感じて身体を動かした八房。ちょうど小文吾さんの方に八房の瞳が向いてしまったようで、彼はその場で叫び声をあげる…あらら。

「こ、小文吾さん…」
「…なんだか悪いことしましたねぇ。」
「腹減ったー!!朝飯ー!」

苦笑いのわたしと荘介とは正反対に、すっかりご飯のことで頭がいっぱいの信乃。相変わらずだなあ、なんて思ったけれど、やっぱり信乃がこのくらい元気な方が、雰囲気が明るくなるななんて感じた。

***

「よーし、いっぱい食えよお前ら!」
「わーい!いただきまーす!!」
「い、いただきます…!」

とりあえず八房に移動してもらい、小文吾さんに広間へ案内してもらったわたし達に用意されていたのは、これまたとても美味しそうな朝食。荘介が作る料理も美味しいけれど、今わたし達の目の前にある朝食はまず食材が違う…さすが、お金があるところは違うの、ね。
というか、昨晩の夕飯も御馳走してもらったのに今日も御馳走してもらってしまっていいのだろうか。わたしが一人戸惑っていると、小文吾さんは遠慮するなと言葉をかけてくれた。小文吾さんといい古那屋の女将さんといい、犬田家の方…本当に、いい人。

「おー兄貴、目覚めたかよ。飯できてんぜ?」

わたし達が朝食を食べ始めてから少しして広間に現れたのは、着流しを着た男性。彼は昨日、わたし達と鬼ごっこをしていた鬼の人である…昨晩確信していたけれど、この方はやっぱり人だったみたいだ。そんな彼は広間の光景を見るなり、顔を引きつらせた。

「オハヨーくらい云えよ現八!!」
「……や、オハヨ…つーか俺、もしかしてまだ寝てる?」  
「いや、コレ夢じゃないから。」

鬼の人、現八さんが広間の光景を、夢かと疑うのも無理はないと思う。
なんたって今目の前にいるのは、村雨を宿す信乃に喋る犬である荘介、里見家の犬神の八房。それに、銀髪のわたし。まさに"普通"じゃないものばかりなのだから。まあ鬼である現八さんも、同じものを感じる小文吾さんもまた、普通の人に分類されることはないのだろうけれど。
昨晩はよく見ていなかったけれど、現八さんの右頬にある、花の形の痣…そういえば、信乃と荘介にも同じような痣があった気がする。

「兄貴、ちゃんと昨日のこと覚えてんのかー?」
「昨日?笙月院のクソ坊主共のことか?」
「ったく、こいつらだよ。」

呆れ気味に答えた小文吾さんは、わたしと信乃の頭に手をぽんと置く。

「アンタ昨日は"喰う喰う"つってこのガキんちょ追いかけ回したり、こっちのモヤシっ子連れ回したそうじゃねーか!!」

小文吾さんの言葉に、現八さんはへぇと、笑ってみせる。彼の笑みは昨日の鬼の姿とどこか重なって見える気もした…わたし、信乃と荘介が来てくれなかったら、この人に食べられてたかもしれないのだものね。
食べられる、なんて改めて考えてみるとなんだかとても恐ろしく感じる。

「"鬼"が喰うと言ったからには、お前らも妖の類か?人間の子供に女とはよく化けたもんだな。」
「俺達はもとから人間だ!!」
「そんな匂いは全然しないがな。」

なんだか最近、人間扱いされること、少なくなった気がする…なんだか複雑な気分。

「それより、何故里見の犬神を連れている?それともお前達の飼い主もこれと同じ男か?」
「言っていることがわからない。八房は使いに来ただけだし、俺は里見の探し物を手伝ってるだけだ。ついでに俺達は人だっての!!」
「そんな匂いをさせてよく言うな。」

現八さんはわたし達を見下げて言った。けれどわたし達は彼がどれだけ否定しようと結局、人である…たとえ、妖と混ざっているとしても。

「それでも、あんたと同じ、俺はただの"人"でしかない。」

信乃の一言に、わたし達は顔を上げる。
身体は"子供"だけれど、そう言った信乃の顔は確かに"子供"ではなかった。その変化に、小文吾さんと現八さんの二人も気づいたようだ。

「…成程ね。この俺を"ただの人"だというお前。昨日は俺の姿を見なかったのか?おい、お前もこの子供と一緒にいたなら見ただろ?」
「……はい。けれどわたし、"鬼"の姿のあなたの声を聞きました。あの声は妖には、出せない。」
「声…ねぇ。」

"ぬい"…今でも思い出せるあの切なげな声。あの声には、確かに誰かへの想いが込められていたのだ。

「…外見は何の判断材料にもならない。
人を人と決めるのは姿形じゃない…惑わされるな。」

信乃の言葉に、現八さんの瞳が金色に鈍く光った…その姿はまるで。

「人がたった独りになった時。誰も必要としなくなって愛する人間が一人もいなくなった時。誰にも必要とされず、愛してくれる人間が一人もいなくなった時…人は人であることを棄てる。
アンタはそう、か?犬飼現八。」

人は人であることを棄てる、それこそつまり"妖"になること。誰だって"妖"になってしまう可能性はある。
"ひとりぼっち"だったわたしだって、信乃達と出会わなければそれこそ人ではなくなっていたかもしれないから。


見透かした瞳の底の寂しさ
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