夕方、わたし達は里見さんに案内されて大きく、絢爛豪華な建物に連れて来られた。どうやらその建物は噂の四家、の御屋敷で、ここに浜路がいるらしい。

「…何つーの?イメージそのまんま?」
「…教会って、お金余ってるのか、な?」
「はい。」

きらきらとしたエフェクトがかかっているかのような屋敷は、帝都でもさぞや目立つことだろう。そんな屋敷を三人で見上げていると、どたばた、なんていう足音とともに、わたし達の名を呼ぶソプラノの声が聞こえてきた。

「遅いわよ!!一体今まで何してたのアンタ達ー!!」
「は、浜路…!」

案の定屋敷の扉から姿を見せたのは浜路で、自分の靴を信乃に投げ、わたし達をびしっ、と指さしている。確かに、なんだかんだで浜路を迎えに行くのが夕方になってしまったため、なんだかとても申し訳ない。

「え…えと、ちょっとヤボ用で…」
「観光気分で一人ノン気に迷子になっていましたね。」
「何ですってー!?」

眉を釣り上げながらそんなことを言った浜路だったけれど、浜路は綺麗な服の裾をぎゅっと掴んで、俯く。なんだか心配になって数歩前に出ると、次の瞬間浜路が駆けてきて、わたしの腰と信乃の首に勢いよく抱きついた。

「浜路…?」
「なまえ…」

少しだけ、顔を上げた時に見えた浜路の顔は安心しきっていて、やっぱり、知らない所に一人連れて来られて、不安だった、ということがわかった。ぎゅっと抱きついている浜路の背にもう大丈夫、という思いをこめて手を回す。

「ど、どっか痛いの?それとも何か嫌なことされたのか!?あ…のキツネ共、やっぱただじゃおかねえ!!」
「ううん、狐ちゃん達は悪くないの。
新しいお洋服や靴もここぞとばかりに買ってもらえたし。三食昼寝付きでけっこー楽しかったわ。このセレブな生活も今日で終わりかと思うと…」
「あ、あはは…じゃあ、今着てる服も?」
「ええ、可愛いでしょ?」

最後の最後に、そんな冗談をかました浜路。なんだかんだで、浜路はやっぱりすごいなぁ、と改めて感じる。

「いつまでもそこで何をしている?
さっさと中に入れと言ったはずだが?」

一足先を歩いていた里見さんが痺れを切らしたように振り返った。その声で浜路もわたしと信乃から離れる。

「すみません里見さん。ほら、三人とも、行きますよ。」
「あ…」

先に歩き始める信乃と荘介だが、浜路は首を傾げながら、ぼうっと里見さんの姿を見つめている。

「…どうしたの?浜路。」
「ううん…大したことじゃないんだけど……あの顔、どこかで見たことある気がして。」

浜路のそんな言葉に思わず目を見開く。
浜路もそう言う、なんて。信乃も里見さんと過去に会ったことがある、ようなことを言っていたし…荘介の四白のことも、知っていた、し。

「…ま、気のせいかもね。私達も行きましょ、なまえ。」
「うん…」

ここまでくると、今日の朝わたしが見た、里見さんの夢も実際にあったことなのかも、しれない。

***

すっかり太陽が沈み、太陽の代わりに、窓からは月の光が差し込む静かな夜。同じく、人が数えられる程しかいない様子のこの屋敷も、静寂に包まれつついた。

「……ここの御屋敷、なんでこんなに広いんだろう…」

溜め息をつきながら一人、とぼとぼと今まで住んでいた教会の何十倍もある屋敷を歩く。浜路と入れ替わりで、同じく広い屋敷のお風呂を借りたわたし。
しかし屋敷が広すぎて、帰り道がわからなくなってしまったのだ……浜路に大丈夫、なんて言うんじゃなかった、なあ。
今更そんな後悔をしつつ、とりあえず誰かいないか、と屋敷を歩いているのだけれど、全く人に会わない。誰かに道を聞くにも、人がいなければどうしようもない。

「…どうし、よう。」

一人途方に暮れていると、背後でつい先程通り過ぎた扉が音を立てて開いた。良かった、と胸をなで下ろしたわたしだったけれど、扉から姿を現したのは……里見さんであった。

「こんな所で何をしている。」
「さ、里見さん…」

呆れたような目でこちらを見る里見さん。こうやって里見さんと二人きりで話すのは初めてで、どうしようと思いながら口ごもっていると、そんなわたしを見かねてか、里見さんが口を開いた。

「ここは客間とは逆方向だが。」
「は、はい…」
「………」
「…迷って、しまいました。」

里見さんからの呆れたようは視線をさらにびしばしと感じる。はあ、と溜め息をついた里見さんは、着いてこい、と里見さんが向かおうとしていた方向とは反対方向に歩き出した。

「え、えと…あの、いいんですか?」
「何がだ。」
「行く方向…反対、なのに…」
「方向音痴はこうしないと帰れないかと思ってな。」
「う、うぅ…」

うっすらと、笑みを浮かべた里見さん。里見さんの笑みはなんだか新鮮で思わず見つめていると、何だ、と言いたげに視線が向けられたので、慌てて視線を逸らす。

「…ああ、そういえばお前に言い忘れていたことがあった。」
「なんでしょう?」

里見さんは急に歩みを止めて、こちらを振り返る。その顔は、先程の笑みを全く感じさせない、まるで人形のように無表情で、なんだか怖かった。

「教会の爺共が、お前の"銀色の髪"を欲しがっている。」
「…え?」
「…まあ、今の所は突然連行される、とかはないと思うが…精々、気をつけることだな……着いたぞ。」
「あ、部屋…」

里見さんが指さす方向にあるのは、確かにわたしが出てきた浜路と一緒の部屋…まさか、こんなに近かった、なんて。
無事に辿り着いたのはいいけれど、それよりも、里見さんの言葉が気になった。既に後ろを向いて数歩歩き始めている彼に、慌てて言葉を投げかける。

「ま、待ってください…!」
「…なんだ?」
「何故、教会の人間がこの髪を欲しがるのですか?…わたしには妖を惹きつけるだけのこの髪を何故教会が欲しがるのか、わかりません。」

わたしの言葉に、里見さんは再びこちらを振り返った。わたしは答えを期待してじっと彼を見つめる。

「…さあ?」
「………え?」

里見さんのことだから絶対なにか知っているだろうと思いわくわくしていた分、たった一言の"さあ?"という返答に、急に力が抜けてしまった。

「爺共の考えていることなど、私にはわからないな。」
「そ、そうですか…」
「では、私は行く。」
「あ…送っていただいて、ありがとうございました。」

すたすたと歩き出した里見さんの後ろ姿を見つめながらまた一つ、溜息。結局わかったのは、わたしの銀色の髪を教会が欲しがっているということだけだ…まあ、銀髪についてわたしが知った所で特になにが起こるわけではないのだけれども。

「なんだか、なあ…」

そんなわたしの声は、静寂に飲み込まれて消えた。

***

「ん…」

部屋の窓から入っているであろう柔らかな日差しを感じて、もう朝か、と目を開けたわたし。隣のベッドに寝ていた浜路はもういなくて、朝早くからまたなにか作ってるのかなあ、なんて考えながらわたしもベッドを降りる。
昨晩は泊まらせてもらっている、この大きな四家の屋敷で迷った、ということもあり、先に戻っていた浜路にとても心配されたり、その声でわたし達の部屋にやってきた荘介と信乃にまで呆れられたり、と色々あったけれど、なんだかんだでゆっくり眠れた気がする。
服を着替えて、ふと後ろを振り向くと、そこには大きな大きな白い、もの。こ、れは、なんなの。

「ひ、え…」

思わず叫びそうになったわたしを、その白いもの、は妙にもふもふした身体でベッドの上に押し倒す。お互いの距離が近くなり、その白いものをよく見ると、それには二つの目に黒い鼻、ピンと立った耳がついていた。

「…あれ、あなた、里見さんの…」

わたしの言葉が理解できたのか、例の白いもの、里見の大きな白い犬は、まるで頷くように黒く濡れた瞳でこちらを見つめている。大きな身体だけ見たから驚いてしまったけれど、ここまで姿が確認できれば、もう驚くことはない、と思う。

「どうしたの?もしかして、わたし、里見さんに呼ばれてたり…?」

そっと頭を撫でながら尋ねると、彼、はベッドに倒れているわたしの身体をその大きな身体で掬うと、わたしを世に乗せてそのままどこかへと歩き出す……あ、れ?

「え、あ…あの、どこ行くの?」

わたしの言葉に返答が返ってくることはもちろんなく、そのかわりに彼は大きく欠伸をしてみせた。

「う、うーん…?」

その意味はもちろんよくわからなかったけれど、なんだか黙って着いてこい、と言われているような気がしたので、とりあえず黙ってその背に乗っていることにした。

***

彼に連れられて、辿り着いた場所は、本に囲まれた、少し小さめの落ち着いた部屋。そんな部屋には、わたしもよく知る三人の姿があった。

「なまえ?」
「そ、荘介…!それに信乃と…里見さん…?」

わたしを連れて来た張本人の彼、は、わたしを下ろすとお行儀良く里見さんの隣に座り込む。

「八房…どこに行ったかと思えば…」
「え、えと…?」

この反応からして八房、と呼ばれた彼、がわたしを連れて来たのは里見さんの頼みでもないようである…それにしても、この子、八房っていう名前だったのね。

「あの…朝起きたら、この子が、いて…それで、連れられて、来たのですけれども……?」
「なまえ八房に乗ったのか!?ずりー!!」
「し、信乃…」

信乃は、昨日のように頬を膨らませて拗ねており、そんな信乃を荘介が宥める。確かに、八房の背はとてもふかふかで気持ちよかったけれど、結局わたしは何故、連れてこられたのか、いまいち理由がわからない。

「随分八房に気に入られたな、なまえ。犬神は人には懐かない筈なのだが…まあ、お前は例外か。」
「う、うーん?」

確かに"銀色の髪"は何故だか動物や妖を惹きつけるけれども…八房がわたしに惹かれて理由もなく、わたしをここへ連れて来たのだろうか。よくわからないけれど考えてもわからないので、とりあえずこのことは置いておくことに、しよう…うん、そうしよう。
悩んでいるわたしを見つめている八房の黒く濡れた瞳は、なにかを訴えかけているようにも見えた。

***

少しずつ落ち着きを取り戻してきたわたし。そんなわたしの目にまず飛び込んできたのは、信乃が持つ二つのきらきらした玉。その赤と青の玉にはどこか見覚えがあった。

「信乃、その玉…」
「ああ、無くしたと思ってたんだけど、見つかったんだよ。」
「そうなんだ!よかったね…!」

信乃の笑みとともに、再びきらりと光った二つの玉。そういえば、ずっと前にも信乃が見せてくれた気がする。赤くて"孝"という文字が見える玉が信乃のもの。青くて"義"という文字が見える玉が荘介のもの。二人とも、この玉を生まれた時から持っていたらしい。

「これと同じような玉と、その持ち主を探さなくてはいけないようですよ。」
「え?」
「信乃が里見さんと約束、したらしいです。ねえ、信乃?」

真っ黒なオーラをまき散らしながら笑う荘介に、信乃はけっ、とこぼしながらそっぽを向いた。けれどたくさんの人の中からこの玉と持ち主を探すのは、とても大変なのではないだろうか。

「あの、わたしも手伝うよ…!玉探し。わたし、信乃と荘介が頑張って探してるの、ぼうっと見てられないと、思う、し。」
「はあ!?お前まで荘介と同じこと言いやがって…!」
「だ、だめ…?」

"玉を探す"ということは、信乃と荘介はしばらく帝都に残るということだろう。浜路がいるにしても、二人を残して村に帰るなんて嫌だ。四家の屋敷で二人の玉探しを黙って見てる、という案もあるけれど、なにもせず屋敷にいるのは嫌、だし…しかも迷ってしまう、し。
それに、わたしだって偶には二人の役に立ちたい。
信乃を黙って見つめるわたし。そんなわたしに、当の信乃は唸りながらなんだか色々考え込んでいる様子だ。

「そ、荘介…!」

助けを求めて荘介の方を向くと、荘介はそんなわたしを見て呆れたように笑いながら口を開いた。

「浜路もしばらくここに残るそうですよ。」
「え!?」
「浜路…も?」
「はい。学校に通いたいそうです。」

信乃と荘介は玉探しのため帝都に残る。浜路は学校に通うため帝都に残る…と、いうことは。
わたしが期待の目で荘介を見つめると荘介ははい、と頷き、言葉を続ける。

「方向音痴で寂しがり屋のなまえは一人で屋敷に残るのはなかなか難しいですし、帰るなんて無理ですよ。ねえ?」
「う、うん…!」
「と、いうことです、信乃。」
「たしか、に…」

流石、荘介…!自然と浮かぶ笑みとともにありがとう、と荘介の袖を握ると、荘介も柔らかい笑みを見せてくれた。

「良かったですね、なまえ。」
「うん!」

方向音痴とか寂しがりとか、一人で帰れるわけない、とか、色々とマイナスなことを散々言われたけれど、これで信乃と荘介と浜路と一緒にいられるなら、このくらい全然平気だ…へい、き。

「少しでも無茶して怪我でもしたら、即玉探し協力はなしだからな!!」
「まあ、それは俺も同意見ですね。危ないことはしない、それが約束、です。」
「うん、わかった…!」

嬉しさが込み上げてきて、自然と身体が揺れる。そんなわたしの隣で信乃がじいちゃん達に何て言うかな…と考え込んでいたけれど、とりあえず、今は喜びに浸っておくことにした。


落日の余映に滲む
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