「莉芳!オモシロイ報告書が届いたよん!」
片手に紙束を持った白い服に短い金色の髪の男、要は、大量の本に囲まれた部屋の奥に座っている莉芳に、持っていた紙束をひらひらと見せた。莉芳も部屋に入って来た男と同じく、白い服に身を包んでいる。こちらは、肩につく程の金色の髪の持ち主だ。
「数年前から子供のまま姿の変わらない男のコと、犬に変身する青年の話なんだけど、なんか興味そそられない?」
「成長不良の子供と人面犬の話が?」
要の言葉に莉芳は目を通していた書類から目も離さず、気怠そうに言葉を返した。
「あのね…犬塚信乃、犬川荘介。共にあの大塚村の生き残りだそうだけど。
五年前の大塚村っていったらキミの担当だったよね?」
「そうだったっけ?」
確信したように莉芳に尋ねる要に対し、莉芳は面倒そうに疑問を疑問で返した。そんな莉芳に要は持っていた紙束を指さしながら声をあげる。
「何トボケてんの!?あの"村雨"だってあれで行方知れずになっちゃって、アンタ上から大目玉くらったでしょーが!!」
そんな要にも莉芳は、はあ、と一見興味がないように振る舞う。
「あ、そうそう。あとね…その例の生き残りに、銀色の髪を持った女の子がいるらしいよ?」
「そうか。」
「ちょ、なんでそんなに反応薄いんだよ!この情報、結構びっくりしてくれると思ったんだけどなあ。」
相変わらずマイペースに机の上に積み上げられている書類の整理をしている莉芳に、要は溜め息混じりに続ける。
「"銀色の髪"って、結構前に突然いなくなっちゃった、里見家の特別な巫女様の特徴とおんなじだよ?中々いないと思うけどなあ…銀色の髪なんて。」
つまんないの、そう呟いた要は、莉芳の机に持っていた紙束を置いた。
「とりあえずコレ置いとくから、興味あったら見てみてよ。」
「じゃあな。」
要が部屋から出て行ったのを見届けると、莉芳は、要が置いていった紙束に手を伸ばした。
「へ……え、まだ生きてたのか。お気の毒に。」
その言葉とともに莉芳、里見莉芳の手を離れた紙達はひらひらと机に散らばった。
***
「お?」
「あ、やっぱり…雨。」
先程まで青かった空は、今はすっかり灰色に染まっている。きらきらと輝いていた太陽も雲に覆い隠されていた。
「信乃のヤツ一体どこほっつき歩いてんだよ。」
教会に遊びに来ていた健太くんが窓の外を見て、顔をしかめながら言った。せっかく遊びに来てくれたけれど、信乃は今ちょうどお出かけしているのである。
「この暑さだから、沼の方に泳ぎにでも行ったんだと思うよ。」
「えー!?じゃ、なんで俺誘わないんだよ!?」
荘介の言葉に健太くんは残念そうに声をあげる。そんな健太くんに、浜路が笑いながら答えを返す。
「あはは、それは無理でしょ?」
「なんで!?」
「なんで…って…」
健太くんを見て、荘介と浜路は面白そうに笑った……なんだか微妙な気持ちになった。見てるわたし達はおもしろいから、いいのだけれど。
「やだわ、ケンタったら。信乃が男のコの前で肌をさらすなんて。」
「……あ!!」
にやりと笑いながら言った浜路に、健太くんは顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。そんな健太くんの後ろで、わたし達はこそこそと話を続ける。
「信乃が男の子だってこと、教えてあげなくていいの?」
「健太くん俯いちゃったけ…ど。」
「おもしろいけど、だんだん気の毒になってきたわ。」
荘介から聞いた話。この間の事件の時、信乃は健太くんに女の子だと誤解されてしまったらしい…確かに、信乃は綺麗な顔をしているけれど、あんなに言葉遣いが悪い女の子は中々いないのではないだろうか……
「大丈夫大丈夫。誰も最初から、信乃は"女"だなんて言ってませんよ?」
信乃が女の子に間違われてしまった原因を作った一人の荘介は、他人事のように笑っている。
「今のうちに教えておいた方が傷は浅いわよ?」
「ああ、初恋は実らないと言いますしね。」
そう。健太くんは、信乃にすっかり惹かれてしまったようである…本当は、男の子同士なのに、ね。
「荘介、すっごく楽しそう。」
「そうですか?」
「…悪魔…」
浜路にそんなことを言われている荘介だけれど、荘介の笑顔はきらきらと輝いている。
そんなのんびりとした空気の中、先生が複雑そうな顔で居間に入って来た。
「荘介?信乃はまだ帰ってませんか?」
「じきに戻ると思いますが…手紙?」
先生の手には、一通の手紙。こんな森の奥に手紙なんて珍しいけれど、どうやらただの手紙ではないようだ。
「なんと、君達二人と…なまえへ帝国教会本部から。」
「…わ、わたしも?」
「はい。一体どこから嗅ぎ付けたのやら、名指しで。」
信乃と荘介はともかく、何故、わたしまで呼ばれているのだろうか。まさかこの髪のことが原因…なわけは、ない…と思うのだけれども。
「本部も嫌なところに目をつけてきましたね。印もサインも本物。これは君らへの正式な召喚状です。」
これはまた、面倒なことになりそう…わたし達は思わず溜め息をついた。
***
先程までの重たい空気とは一変。
わたし達は、居間の窓に張り付いて…いや、今にも居間の窓を破壊しそうな、大きな目玉の物体に目を奪われていた。
「………これ、なんだろう、ね。」
「なまえの友達じゃないんですか?」
「こ、こんな友達はいません…!」
「じゃあ、しーちゃんのお友達かしら?」
目を逸らしていた窓にもう一度視線を向けたけれど……一体この子はどこの子なのか、全く検討がつかない。
「たーだいまー」
ちょうどその時、そんな声とともに居間へ駆けて来た信乃。信乃が雨で濡れていることも信乃に視線を向けてしまう原因の一つだったけれど、今はまた違った原因があるのだ。
「いやー急に降ってきたよなー…って、ナニ?」
「お、おかえり、信乃…!」
「ただいま?」
当たり前だけれど、今の状況を理解できていない様子の信乃。そんな信乃を荘介が誘導する。
「…とりあえず、信乃はバスルームへ。
お客様の方は、俺がなんとかしておきます。」
「ハ?お客様?」
「お友達じゃないんですか?ずいぶん熱心なようですから。」
首を傾げている信乃は、どうやら心当たりがないみたいだ。
「ああ。でも、信乃から一言なにか言って下さると助かりますよ。」
「?」
信乃は、荘介が指をさす方向、窓の方へ目を向けた。
「ー!!?」
「窓枠とガラス代、支払ってくれますかねえ、あの方。」
相変わらず、窓枠から響いてくるメキメキという、嫌な音。ガラスはもうほとんど壊れており、これは絶対修理が必要だ。遊びに来ている健太くんは、そんな目玉の物体を見て気絶しそうになっている。
「やっぱり、信乃の友達…なの?」
「はあ!?そんなわけねぇだろ!」
信乃に尋ねると、勢いよく否定されてしまった…まあ、こんな不思議な子が友達でも、びっくりだけれど。
「ずいぶんと変わった友人をお持ちで…」
「だから、友人じゃねぇ!!」
「ハイハイ、どいてー」
窓の前にいたわたし達を押しのけた浜路は、窓を破壊している、目玉の物体に向かって勢いよくドライヤーを吹きかけた。ドライヤーを吹きかけ続けていると、徐々に小さくなっていく目玉の物体。先程までな目玉しか見えなかったその子、は、ふさふさとした黒い毛と大きな一つ目を持った、手乗りサイズの不思議な子だった。小さくなったその子を見て、信乃はあ!!と指をさす。
「コイツさっきの!!」
「やっぱり知り合いなんじゃないですか。」
信乃の話によると、どうやら信乃が見つけた時とサイズが違ったらしい。浜路が村雨から聞いた話によると、目玉の物体は水分を含むと大きくなり、水分が減ると小さくなる仕組みのようだ。
「…でもこの子、小さくなるとちょっと可愛いかも。」
「はぁ!?」
わたしの言葉を聞いた信乃は、意味がわからないという風に目玉の物体を見つめた。机の上に転がっているその子を手の上に乗せて覗き込むと、一つ目でぱちり、とまばたきをする。
「わ…まばたきもするんだ…」
「はぁ…とりあえず荘介、瓶!」
「ハイハイ。」
信乃は荘介が持って来てくれた小さな瓶にその子を入れて封をしてしまう。
「まあ、一応これで大丈夫だろ。」
「とりあえず、コレはさっさと森に戻した方が良さそうですね。」
…まあ万が一、またこの子に大量の水がかかって、家が破壊されたら困るものね。
***
「で、信乃、ここからが本題です。」
バスルームで濡れた服を着替えてきた信乃に、先生が彼が帰って来る前まで話をしていた召喚状について話した。
「荘介はともかく、なんで俺となまえに?」
「……」
荘介はもう十九歳だから、教会の仕事の関係で呼び出すこともあるかもしれないけれど…何故、今更教会がわたし達に関わる必要があるのだろうか。
「判りません。けれど書類は本物です。」
「んなモン無視しちまえば?」
「それはできません。すでに迎えの者が来ているようなので…」
先生は、壊れかけの窓の外に目を向けながら言った。その言葉の意味はよく、わからなかったけれど、窓の向こうに…微かに青い光が見えた気がした。
散らばった光の移ろいを追う
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