「いゃあ!!」

赤く赤く、燃え上がる炎。
家が焼ける臭い。
血まみれで倒れる信乃、荘介と四白。大量の煙で息ができない、瀕死状態のわたし。その隣で泣き崩れる浜路。

「信乃兄さま!!荘介!!なまえ!!浜路を一人にしないで!!」

そんな浜路の声に答えようとしても、声さえ出ない。信乃や荘介に手を伸ばそうとしても、身体が動かない。ひとりぼっちだったわたしを救ってくれた、大切な大切な彼ら。
まだまだみんなに恩返ししていない、のに…くやし、い。

「…なまえ。」

そんな、赤く染まった絶望の景色の中で、見知らぬ声がわたしを呼ぶ。

「なまえ。」

その声が誰かはわからなかったけれど、わたしは、なんだかその声がとても懐かしく感じたのだった。

***

「……ん。」

目の前には、先程まで見ていた赤色の風景はなく、いつもどおりの居間。どうやらわたしはまた、居間のソファーで眠ってしまっていたみたいだ。なんだか最近、昔の夢をよく見ている気がする。ついこの間も、幼い頃の夢を見た、し。この間見た夢も今日見た夢も、どちらも…いい夢ではないけれど。

「なまえ?」
「ん…あ、信乃。おはよう。」
「はよ。」

目を擦りながら起き上がると、今起きた様子の信乃がきょろきょろ周りを見回しながら居間に入って来た。

「なんだ、なまえ寝てたのか?」
「うん…一回起きたんだけど、いつの間にか。」
「あんまりぼけぼけすんなよ。」
「わ、わかってる…!」

わたしをからかっている信乃にそう言い返したけれど、目を擦りながら言ってもやはりあまり説得力がないようで、また笑われてしまった…少し、悔しい。

「あ、そうそう。荘介達は?」
「…あれ、どこ行ったんだろ?」
「ま、寝てたなまえに聞いても意味ないよな。ここにいないってことは、外にでもいるんだろ。」
「外か…」

カーテンが開けられた窓の向こうを見ると、空には大きな灰色の雲が浮かんでいる。雲が太陽を隠し、あまりいい天気とは言えない。信乃もそんな空を見て眉をしかめた…そういえば今日は、信乃の隣に村雨がいないなぁ。

「あー腹減った。荘介んとこ行くか。」
「あ、うん!行く…!」

わたしがそんなことを考えている間に、先を歩く信乃の背を慌てて追いかけた。

***

「オハヨー」
「あら、おはよう。なまえも起きたのね。ちょうど良かったわ。」
「わあ、いい匂い…!」

テーブルに並ぶ朝食の匂いがとても食欲をそそった。天気は悪いけれど、偶には外で食べるのもいいかもしれない。

「それにしても、こんな天気なのに外で朝メシ?」
「そうですよ。気分だけでも、ね。」
「どうせ、しばらくは外出れないもの。」

はあ、と溜め息混じりに空を見上げる浜路。

「それに、信乃のその腕。村雨が出てこれないってことは、相当ね。」

首を傾げているわたしと信乃に、先生が乾いた笑いをこぼしながら言う。

「先手を打たれましたね。」
「先手?」
「ええ。私や蜑崎神父などかなわない相手です。いや、見事というか神技というか…」
「神技…?」

わたしと信乃の目線を逸らそうとする先生。そんな先生をじっと見つめると、先生は観念したように、笑いながら言った。

「教会を含むこの森全体が、五カ所の守からなる結界で完全に外から閉じ込められちゃって。」

…あははは、と笑いをこぼしながら言う先生だけれども…閉じ込められたなんて、本当に大丈夫なのだろうか。

「ついでにいらっしゃったようですよ。
例の出迎えの方々が。」

わたし達の前に現れたのは、狐の面をつけ布を被った、人ではないもの。

「犬塚信乃、犬川荘介、銀髪のなまえ。主の命によって迎えに来た。今すぐ出立の用意を。」

彼ら、の声は、やはり人の声と呼べるものではない…しかし、意味不明の狐に呼び捨てにされるのはあまりいい気分ではない。

「……銀髪のなまえ、って。」
「本当、突然来たと思えば、失礼な方々ですね。」
「…ほんっとな。」

わたし達を見つめていた五匹の狐達は、荘介に目を止めて、くすりと笑った。

「…成程、二つで一つの命か。一人は犬畜生とはな。」
「…この狐野郎!」

声を上げた信乃を荘介が止める。
そんな信乃を見た狐達は、またくすくすと笑いだした。

「おぉ、こちらの子供は我らと同じ。」
「お主はなにと命を共にした?」
「臭う、臭うぞ。」

相変わらず笑っている狐達は、信乃に向かって次々に指をさす。

「お主、それと共に時を止めたな。何故なら我らも時とは無縁。」
「その姿のままで、お主はそれと共に生き続ける。」

その場に響く狐達の笑い声は、言うまでもなく不気味だ。
最後に、わたしに視線を向けた、彼ら。

「銀色の異端の髪。我らの目をも惹きつける、その色。」
「その髪の主が…こんなところにいたとは……」
 
わたしに向けられた言葉と、からかうような笑い声。
鳥とかに好かれるのはいいけれど、突然狐に惹かれる、なんて言われてもなあ…惹かれると言っても、この髪に、なのだけれども。

「主が知りたがっている。それは"何"かを。」
「何故、お主達はそのようにして生きるかと。」
「だから迎えに来た、さあ。」

手を差し伸べた彼らに、今度は信乃が挑戦的に笑った。

「お前らゴチャゴチャとうるせえなあ。
コレがなにか知りたいって?」

信乃は村雨が封印された、紋章が入っている右腕を狐達に見せた。

「いいぜ、教えてやるよ。なあ?"村雨"」

信乃の腕から、先程は姿を見せていなかった村雨が姿を現す。黒い翼を広げた村雨は、狐達に向かって飛び立った。村雨が起こした風圧で狐達の姿は消える。

「あ。」
「空…青色に戻ってる。」

灰色に曇っていた空も、いつもどおり、綺麗な青色に戻った。

「ああ、よかったですね。壊れたみたいですよ?結界。」

そんなわたし達に対し、先生はぽかんと口を開けている。

「さて、朝食の支度の途中でした。」
「アラ、いけない!お茶っ葉放置したままだったわ。」
「あ、浜路…わたしも手伝う。」
「じゃあこのお茶、お願い。」

浜路から渡されたお茶をカップに注ぐと、その強烈な臭いのためか、隣で作業していた荘介が顔を歪めた。

「…なまえ、なんか凄い臭いがするんですけど。」
「刺激的な香り?」
「そんな甘いものですかね…」

また、のんびりと過ぎていく時間。こんな平和な時間が続いてくれたらいい、そう感じた。

***

がたがたとなにかがぶつかっている音がして目が覚めた。

「…ん。」

覚めきらない頭で起き上がるが、外は明るいようでまだ薄暗く、朝方のようだ。
音の正体を確かめるために周りを見回すと、なぜか窓が開いていた…たしか、窓は閉めて眠ったはずなんだけど。
風で窓枠が壁にぶつかっているためか、再びがたがたと大きな音が響く。
開いている窓を閉めるためにベッドから下りたわたし。
その時、ふと異変に気がついた。
いつもわたしと一緒の部屋で眠っているはずの、浜路の姿がない…薄暗くてよく見えないだけかもしれない……きっと、そう。
そう自分に言い聞かせて枕元のランプをつけるが、それでも浜路の姿は確認できない。それどころか彼女の布団はなんの膨らみもなく、ただ平らに潰れていた。
慌ててそんな潰れているかけ布団を捲ってみるけれど、やはりそこに彼女の姿はない。ただお手洗いに行っているだけかもしれない…けれど、部屋の外からは誰の足音も聞こえない。
浜路はこんな早起きも、しない。
無意識に悪い方へ悪い方へ考えてしまう自分。そんなことを考えてしまう自分が情けなく感じたけれど、浜路がいないという事実の方がとても怖く感じた。

「浜路、なまえ、これはなんの音です?」
「……そう、すけ。」

そんな音が隣の荘介達の部屋まで聞こえていたのか、荘介が欠伸をしながら部屋に入って来る。荘介は浜路のベッドの前で彼女のかけ布団を握り締めているわたしを見て、欠伸を引っ込めた。

「…なまえ、浜路は?」
「………」
「なまえ?」

荘介の声に言葉で表せないような、なんともいえない気持ちが込み上げてくる。

「わたしもさっき目が覚めた…の。」
「…その時には、もう浜路はいなかった、ということですか?」
「う、ん。」

荘介の目を見ることができなくて俯いていると、荘介はそんなわたしの顔を上げさせた。

「…なんて顔してるんですか。そんな顔してたら信乃に笑われますよ?」
「う。だって、ごめ…なさ…わたし、なにも気づかなくて…」
「なまえは悪くありませんよ。ほら、泣かない。」

無意識のうちにわたしはまた、酷い顔をしていたようで、荘介は宥めるようにわたしの頭を撫でた。

「とにかく、もう少し明るくなったら信乃や先生達とも話をしましょう。」
「う、ん…」

先程よりは少し落ち着き、再び自分の布団に戻ったわたし。荘介は落ち掛けていたわたしの布団をかけ直してくれた。

「なまえがまた眠るまでここにいますから。」
「…いい、の?」
「寂しがり屋のなまえは、誰かが一緒じゃないと眠れませんからね。」

からかうような言葉と共にわたしの手の上に荘介の手が重なる。確かに、荘介の言っていることは正しいと思う…十八歳にもなって恥ずかしい、けれど。

「ありがとう。」

荘介の手の温もりを感じながら、わたしは自然と眠りについていた。


唾をも呑みこむ朝がみたい
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