柔らかい日差しが差し込む、朝。
わたしは、荘介が立っている台所から漂ってくる香りに思わずお腹がなりそうになるのを押さえた。少しでも空腹感を紛らわせるため、今日は荘介が淹れてくれたお茶を飲む。

「それで、息子さん探しはどうなったんですか?」
「どうもこうも…あんなクモの化物の死骸を見せつけられたら、息子さん達はお気の毒でしたと言うしかないでしょう?」

荘介の質問に先生は苦笑を浮かべながら答えた。
昨日、行方不明の若者のことで教会に押し寄せていた村人達は、信乃が倒してくれたという、クモの死骸を見たらすぐに帰ってくれたらしい。確かに、クモの死骸なんかを見たら、帰りたくなるよね。そしてそのクモが、最近森から感じていた違和感の正体だったようだ。

「クモって、どれくらい大きかったの?」
「普通のクモの数十倍でしたよ。見ない方がいいと思います。」
「す、数十倍…」
「えー私は見たかったな〜」

残念そうに溜め息をついた浜路。大きなクモが見たいなんて、相変わらず浜路は変わってる…なあ。

「しかし頭いいですね。エサを誘い寄せるために体を疑似形態させるとは……」

荘介から聞いた話だと、信乃が倒したクモは、信乃の五年前の姿を使って人間をおびき寄せていたらしい。

「でも、どうして信乃なんでしょうねえ。」
「そりゃやっぱり一番、身近だからでしょう?」
「身…近?」
「そう。人なんて絶対立ち入らない森の奥を、自分の庭みたいにウロついている人間なんて、限られていますからね。」

そんな言葉とともに向けられた荘介の視線に、思わず言葉が詰まる…荘介ってば、いちいち怖いよ。

「しかもクモが真似ていた信乃の姿は五年前のものでした。」

信乃の五年前の姿、というと、やはり浮かぶのは女装していた頃の信乃の姿。確かにあの綺麗な姿なら人間をおびき寄せるのに向いているものね。

「あれほど一人で森へ入るなと言い含めていたのに。あれで信乃がどれだけはやい時期から言いつけを破っていたのか、よーく判りましたよ。」

そんなことを言っている荘介の横顔は、先程までの姿とは全く正反対でとても恐ろしい。そんな恐ろしい顔がいつわたしの方へ向けられてしまうのかびくびくしていると、浜路がいいタイミングで話を逸らしてくれた。

「あ…アラ、そーいえば信乃は!?まだ寝てるの!?」
「そ、そういえば、いないね…!」
「信乃なら今朝早く、健太に誘われて釣りに行きました。」
「健太くんと?」

昨日森へ飛び込んで行ってしまった健太くんは、森をうろついていたクモに襲われたが信乃に助けられ、怪我はなかったらしい。本当に、無事でなによりだ。

「最近ずいぶん仲いいじゃない?」
「そうですね。やっぱり、子供は子供同士がいいんじゃないですか?」
「…子供って。」

荘介は悪びれる様子もなく、けろっとした表情でお茶を飲んでいる。

「…それ、信乃がいる時に言ったらすごく怒ってたと、思う。」
「そうでしょうね。まあ、心配しなくても、なまえも信乃と同じくらい子供ですから。」
「わ、わたし、荘介と一つしか変わらないよ?」
「でも、中身は子供でしょう?」
「う…」

自分でも自覚はあるため反論できず、言葉に詰まってしまった…うーん。
けれど、信乃に仲の良い友達が増えることはいいこと、だ。信乃と健太くん、二人並んで釣りをしているところを想像すると、とても微笑ましく感じた。
わたしも次健太くんに会った時に仲直りしなくちゃ。


穢れしらずのほほえみ
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