ラララ存在証明 | ナノ

  遅れてきた救世主




ねんねんころりこんころり
鬼が来ようとこんころり
息も忘れてこんころり
腹の中でもこんころり

目覚めることは______。


「……、…?…!!」

身体をゆさゆさと揺さぶられる感覚がして、重たく感じる目蓋をこじ開ける。すると、目の前には心配そうな顔をした無一郎がいた。私の額にそっと触れると、大丈夫かと問う。

「へ…?私、」
「寝ていたのに起こしてごめん。でも、魘されていたから放って置けなくて…」

しゅん…と眉を八の字にした無一郎が、私の顔色を伺いながらそう言った。私は覚醒しきれない頭で、辺りを見渡す。そこには、懐かしい光景が広がっていた。

「懐かしい…?」

なんでそう思うのだろう。無一郎が言うには、私は先程まで此処で寝ていたというのに。お父様が鬼殺隊の長期任務に出ている間、寂しいからと私が無一郎たちの家に泊まるって言ったんじゃないか。何してるんだろう。なんだか大切なことを忘れているような気がする。私は何処に行って、何をしようとしていたんだっけ、思い出せない。

「思い出せない?…!む、無一郎!!?私のことが分かるの!!?」
「…何言ってるの、薫。」
「…!」

______薫。

その声で、久しく呼ばれていなかった名前。私はどうやら、とても深い眠りに落ちていたようだ。

「薫?」
「…もっと。」
「え、」
「もっと呼んで。」
「悪い夢でも見た?今日の薫は珍しく甘えん坊だね。」

頬を赤く染めた無一郎が困ったように微笑んだ。私は震える手を伸ばして、彼の着物の袖をギュッと握りしめる。そんな私の頭を、優しく撫でてくれた無一郎のせいで、胸から湧き上がった感情を抑えることが出来ない。

「ごめ、んなさっ…」

______もう泣かないって決めたのに。

零れ落ちる雫を止まる術がなくて、こんな顔を見られたくなくて、無一郎の胸の中に顔を埋めた。きっと、困らせてしまっている。また、いつもみたいに何事もなかったように顔を上げて、苦しいことも我慢して大事だよって笑ってあげなくちゃ。そうしないといけないのに。

「また泣いてんのか、この泣き虫。」

無一郎よりも少し高い声が後ろから聴こえてきて、ビクリと身体を震わせた。

「だから、そんな酷いこと言うなよ兄さん。薫は、おばさんが亡くなってから情緒不安定なんだって!おじさんが言ってただろう。」
「…何年間情緒不安定なんだよ。こいつのおばさんは亡くなってもう6年。俺らは親を亡くして、まだ半年なんだぞ。」
「む、無一郎…私は大丈夫だから!ごめんね、有くん。」
「フン…」

私たちを睨みつけた後、有一郎くんは再び外へと歩みを進めてしまう。

「兄さん何処行くんだよ!」

無一郎のその問い掛けにも何も答えず、スタスタと出て行ってしまった。再び悲しそうな顔をした無一郎を見て、私はその背を優しく叩いた。

「大丈夫だよ。私が連れて戻ってくるから、無一郎は温かいお茶を入れて待っててよ。」

何となく行きそうな場所が分かる私は、無一郎にそう告げると、有一郎くんの背を慌てて追いかけた。

「薫…」

無一郎と、その双子の兄である有一郎くんは、顔や背格好は生き写しかと言うくらいそっくりなのに、性格はこれでもかと言うくらい正反対だった。無一郎が他人の顔色を伺いながら発言したり行動するのに対し、有一郎くんはあまりそのことを気にしない。だけど、私は知っている。その行動には全く悪意がないことを。

「待って、薪拾いでしょ。私も手伝うよ。」
「何でお前が来るんだよ。無一郎より力無い癖に。」

深く溜息を吐かれて、心底嫌そうにされたが、先程よりも歩く速さがゆったりになったのを私は見逃さなかった。

「お前が家で家事やって、無一郎と俺で薪拾う方が効率が良いだろう。そんなことも分からないのかよ、この馬鹿。」
「だって、無一郎が来たら、また喧嘩するでしょ?」
「するかよ、」

絶対嘘だーとケラケラ笑いながら、有一郎くんの横に並んで山奥へと歩みを進める。

「なあ、」
「んー?」
「お前はいつまで、此処にいる気なんだ。」

急に歩みを止めた有一郎くんは、怒気を隠そうともせず、私を睨みつけた。

「お父様の任務、あともう少しかかるって言ってたじゃない。お父様が戻ってきたら、私も家に戻っ「馬鹿が!」…、有くん?」

ペチンと頬を叩かれる。

「目を覚ませ、このグズ!」

思いの外、痛みを感じず、手加減してくれたのかと首を傾げた。…手加減?そんな訳ない。有くんは、どんな時でも容赦がない。だって、それは全て優しさの裏返しなのだから。

「ゆ、有くん?」

戸惑いながら、名前を呼んだ。

「このままでいいのかよ。このままがいいのか!見損なったぞ!!」
「な、なんで怒って…」
「約束、忘れたのかよ…」

______弟を…むい、ちろを…頼む。

「!!!」

急に頭に浮かび上がってきたのは、有一郎くんの最期の姿。何度も何度も止血を試みて、何重にも布を当てたのに、止まらない血液。息も絶え絶えになりながら、神様仏様なんているかどうかも変わらないのに、ずっと無一郎の無事を祈ってた。

______薫、あいつと幸せに…。お前なら、任せられる…から、

______その横に、有くんがいなきゃ嫌だよ。

______、るせぇ。こ、の…泣き…む、し

やがて、下顎呼吸がはじまって、苦しそうな喘鳴が部屋の中に響いた。私の横にいた無一郎が、必死に私の指示を仰ぐ。医者の娘として、持っている知識を全て活用した。いかないでと泣き叫びながら、必死に彼が楽になれるように治療に当たったのに、努力も虚しく有一郎くんの脈が触れなくなる。

______戻ってきて、有くん!!

私は、あの日。あまね様やその娘様たちが、無一郎の家を訪れるまで、人工呼吸の手を止めなかった。私たちの身体に蛆虫が湧いているのにも気づかずに、何度も何度も胸骨圧迫を繰り返して、彼の唇に触れて、空気を送り込み続けた。そうだ、あの日、有一郎くんは…。

「その顔やめろ。泣くと不細工だって言っただろう。」

目の前には、ちゃんと足の生えた状態で有一郎くんが立っているのに。あの時、何度ももう一度聞きたいと思った声で、言葉を発しているのに。これが、現実ではないと言うのか。有一郎くんは、私から顔を背けて、拾ってきた木の枝たちを擦り合わせはじめる。

「ねえ、私にちゃんと出来てるかな。無一郎は、もう私には笑いかけてくれないの。そうなっても仕方ないし、ただただ生きていてくれたら良いって思ってたのに、私欲張りみたいだ。」
「…んなこと、今にはじまったことかよ。こっちの気も知らないで。」
「私は私なりの方法で、無一郎を絶対に守るよ。大丈夫、ちゃんと約束守るから」
「この馬鹿。その横に薫が居なきゃ、駄目なことを忘れんなグズ」

深く深く溜息を吐かれる。あの頃よりも有一郎くんの背中が小さく感じた。

「だから、剣士になんてなるなって言ったのに、なんでお前もアイツも俺の言う通りにしないんだよ。柱にまでなりやがって馬鹿が。」

くるりと振り返って有一郎くんが、火のついた枝を私に向ける。ゆっくりと衣類が燃えていき、やがてそれは私の身体を包み込んだ。

「有くん!」
「生きててほしい。お前ら2人だけは、生きてて欲しいんだ…」

ぼやけていく有一郎くんの姿。一瞬見えたその瞳からは、涙がこぼれ落ちているように見えた。最初からそう言えばいいのに、本当に不器用で優しい人だ。不安にさせてごめんね。いつも見守っててくれてありがとう。私のもう1人の特別な人。








20200423

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