ラララ存在証明 | ナノ

  たった1つの後悔


目が醒めると、今自分が置かれている状況を確認する。辺りを見渡すが、隣に座っていたはずの煉獄さんはおらず、その付近にいた炭治郎君や、伊之助君、金髪の少年もいない。

「…、私もしかして1番最後?」

がっくりと肩を落とした。首に縛られた縄が燃えちぎられている。近くに何人かの乗客が倒れていて、1人1人の状態を確認していく。みんなしっかりと呼吸していて、致命傷を負っている人もいなさそうだ。

「…!」
「あなたは…」

とててっと足音を立てて、禰豆子ちゃんが私に近寄ってくる。その右手には小さな炎が宿っていた。

「もしかして、貴女が助けてくれたの?」

その問いには答えず、いや口で竹を噛んでいるため、話すことが出来ないのだろう。その代わりなのか、優しい手つきで私は頭を撫でられた。

「ありがとう。…煉獄さんは何処にいるか分かる?」

首を傾げて問うも、やっぱり彼女には何も分からないようだ。

「?…何持って?」

炎を出していない左手を一瞥すると、何やら紙を握っていた。その紙に並べられている文字の筆跡は見覚えがある。煉獄さんの字だ。煉獄さんは後方の5両の守護、残り3両をあの新人隊士の金髪少年と禰豆子ちゃんが対応。炭治郎君と伊之助君は、禰豆子ちゃんたちが守っている3両を注視しつつ、鬼の頸を探していると書かれている。

「どうしようかな、」

各隊士たちの状況だけ記して、私への指示が無いということは、私は自由に動いて良いということだろう。とりあえず、怪我人の救護に当たるべきか、私も鬼の頸を探すべきか。

「う、」

くらり、と立ちくらみがして、その場に膝をついた。しっかりしろと自分の頬を叩く。私はお館様に認められた鬼殺隊の香柱なのだ。私が立ち止まっていて良いわけが無い。炭治郎君たちに鬼の頸を探させているということは、彼等を成長させる為の狙いもあるのだろう。ならば私は、怪我人の救護に当たりつつ、新人たちの補佐に回ろう。

「"香の呼吸 弐ノ型 薫香"」

気休め程度にしかならないけれど、どうか少しでも苦しみから解放されますように。そう願いながら技を放った。幸いにもここにいる乗客たちは、みんな軽傷だ。命に関わることはない。

「禰豆子ちゃん、私は貴女のお兄さんたちの補佐に行く。ここの人たちをよろしくね」

にっこり微笑んで、そう告げると、前方車両に向かって歩を進めた。それにしても信じられない光景だけど、あの鬼の少女は、乗客をきちんと守り、私をも助けてくれたのか。近くにいた乗客が致命傷を受けていないのが、その証拠だ。前方へと近づけば近づく程、鬼の気配が強くなる。この邪気はなかなかのものだ。夢を見させる血鬼術もかなりのものだったし、此処にいる鬼はきっと十二鬼月で間違いないはず。上弦か下弦かは、わからないけれど。

「"香の呼吸 肆ノ型 沈香の海"」

チョロチョロと出てくる目玉のついた触手のようなものが、気持ち悪すぎる。その上、鬼に洗脳されているのか、一般の乗客が夢の邪魔をするなと言わんばかりに私に襲いかかってくるものだから、なかなか思うように足を進められない。目玉の化け物は問答無用で斬り刻めるけれど、一般市民をそうするわけにもいかない。

「あーもう!イライラする!」

そもそも幻術に長けた香の呼吸の使い手である私に、似たような血鬼術で対抗してくるなんて、腹立たしいにも程がある。

「"香の呼吸 壱ノ型 幻影"」
「"香の呼吸 弐ノ型 薫香"」

何発も技を繰り出すと本調子じゃない身体は悲鳴を上げるかのように、私を苦しめる。なんとか気迫だけで意識を保ってる状態だ。

______お前は自己犠牲が過ぎるぞ。

まだ継子だった頃、師範に叱られた時の記憶が過ぎる。ごめんなさい師範。だってもう守れないのは嫌だから。こうすることしか、私には出来ることがないから。もう少しで先頭車両に辿り着くと思ったその時、

「ギャアアアア!!!」

鬼の断末魔が聞こえ、先頭車両から火の粉が上がった。私は付近にいた乗客たちを守るように囲い込む。

(不味い、横転する!!)

激しい揺れの中で、先頭車両を捉えた。何も出来ない自分を心底恨めしく思いながら、不甲斐なさに絶望する。それはとてもゆっくりと見えた。

"ガガガガガガッ"

汽車が倒れて揺れが止まった途端に、怪我人の救出へ向かう。

「大丈夫ですかー?わかりますかー?」

新人隊士くんたちも心配だけど、まずは一般市民の保護が優先だ。彼等も新人と言えど、鬼殺の隊士だ。応急処置や呼吸で止血くらいは出来るだろう。

「大丈夫ですよ、必ず助けますからね。"香の呼吸 弐ノ型 薫香"」

救いの手を求める人達の手をそっと握る。身体は休めと私に言ってくるけれど、今、私が倒れるわけには行かないんだ。

______薫。

私を呼ぶ彼等の声。何度もこんな状況を打破してきた。だから柱にまで慣れたのだ。体調不良を言い訳になんてするものか。

「ゆっくり息を吐いてください。大丈夫ですよ。上手です。」

使えるものは全て使って助ける。父から受け継いだこの医療技術も知識も。全てが、私の糧となった。あともう少しなのだ。鬼は倒した。みんなで笑って家に帰りましょう。

______おかえりって言って欲しい。

怪我人の治療を一通り終えたところで、私は煉獄さんの姿を探した。後方の守護をしていたはずなので、後方に行けば会えるかと思ったのだが、彼は既に何処かに移動してしまっているようだ。もしかして、新人隊士たちに会いに行ったのだろうか。だとしたら行き違いになってしまった。

「うう…」

頭が酷く痛む。それもこれも自分のせいだ。鬼からの攻撃は1度も受けていないというのに。

______薫、これ以上はやってはいけないよ。

「ゲホゲホッ、おえっ…」

吐き出した血痰を見つめながら、ヨロヨロする身体を無視して、歩みを進める。早く合流しなければ。なんだか嫌な予感がするのだ。

"ドンッ"

先頭車両がある方に煙が上がった。身体が震える。不味いことになっていると、脳が私に告げている。

(煉獄さん…)

頬をパチりと叩いて、足を速めた。ようやく姿を捉えたところで、名を叫ぶ。

「煉獄さん!!」
「遅いぞ樋野!こやつは上弦の参だ!!」
「え、」

なんだってこんな時に。頭に絶望が浮かんだ。だけど、煉獄さんの足元に転がっている炭治郎くんを見て身を引き締める。上に立つものの不安な気持ちは、下の者に伝染してしまう。しっかりしなければならない。

「樋野、援護を頼むぞ!」
「もちろんです!」
「お前は何者だ?だが、分かるぞ。お前も女の身でありながら、強いな。お前も柱か?」
「私は香柱、樋野薫。悪いけど話しかけないでくれる?私、貴女こと嫌い」
「つれないな。」

足に力を込めて、締まっていた刀を抜いた。

「"香の呼吸 参ノ型 走馬灯"」

(!!かわされた。)

正直、煉獄さんたちの姿を追うだけで精一杯だった。本来ならば、こんなことないのに。これも全て、私が周りの言うことを聞かなかったから。私の動きが鈍いことに、多分煉獄さんは気付いてる。

______何を隠している。話せ。

「鬼になろう杏寿郎、薫。そうすれば、100年でも200年でも鍛錬し続けられる。強くなれる。」

(闘いがそんなに続くなんて御免だ!)

もしも生まれた世界が鬼のいない世界だったらと、どんなに望んだことだろう。そうすれば、有一郎くんは死ぬこともなかったし無一郎が記憶障害になって天涯孤独の身になる事もなかった。病気に罹ったり怪我をすることがあったとしても、私が医者として治してあげて、皺皺のおじいちゃんおばあちゃんになっても手を取り合って、生涯を終えることが出来たのかもしれない。私の父親や母親も死ぬことはなかったし、父親は偉大な医者として、たくさんの人々を救ったことだろう。お前たち、鬼さえいなければ。沸沸と込み上げてくる怒りの感情に、刀を握る両手が震えた。

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ、死ぬからこそ、堪らなく愛おしく尊いのだ。強さというものは、肉体に対してのみ使う言葉ではない。」

(煉獄さん…)

「俺も樋野も、如何なる理由があれど、鬼にはならない。」
「そうか。"術式展開 破壊殺・羅針"」
「煉獄さん!!」
「鬼にならないなら、殺す」

不味いと思ったのと同時に、身体を動かす。

「「"炎の呼吸 壱ノ型 不知火/香の呼吸 伍ノ型 薫水斬り"」」

煉獄さんは鬼の真正面から、私は背後から攻めた。今まで何度か死闘を潜り抜けてきたんだ。力強く逞しい背中に憧れて、教えを請うた事もある。

「ゲホゲホッ…」

舞い上がった土煙が、弱っている肺を刺激して膝をついた。上弦の参の攻撃を避けることが出来ず、脇腹に大きい衝撃を喰らう。なんとか致命傷は避けたが、多分左肺がやられた。

「樋野!」
「大丈夫です!私のことはきにしないでください!」

共闘の相性としては良くないかもしれないけれど、それは武器にもなる。どちらかの攻撃が鬼には弱くても、どちらかはきっと強い。お互いを補い合える。

「今まで殺してきた柱たちに、炎も香もいなかったな。そして、俺の誘いに頷く者もいなかった。…なぜだろうな?同じ武の道を極める者として理解しかねる。選ばれた者しか、鬼になれないというのに」
「誰が鬼になんてなりたいと思うか!鬼になれるだなんて、屈辱以外のなにものでもない!!」

ニタニタと笑いながら、心底理解できないと言う鬼に、私は言い返した。

「素晴らしき才能を持つ者が、醜く衰えていく。俺は辛い。耐えられない、死んでくれ杏寿郎。若く強いまま。"破壊殺・空式"」
「1度下がれ樋野!!」
「煉獄さん!!」

一瞬交えた煉獄さんとの瞳。彼の表情を一瞥すると、口元がパクパクと動いた。

"間合いを詰める"

コクリと頷くと、煉獄さんと同時に地面を蹴る。

「「"炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり/香の呼吸 肆ノ型 沈香の海"」」

ザシュッと攻撃が貫通した感覚があるのに、倒れない。ドガッと頭に衝撃を喰らう。

「この素晴らしい反応速度。この素晴らしい剣技も失われていくのだ。悲しくはないのか。」
「誰もがそうだ!人間なら!当然のことだ!!」

煉獄さんが、私の後ろにいる炭治郎くんを一瞥する。分かってる、絶対に後ろは守る。

「動くな!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!」
「弱者に構うな杏寿郎。全力を出せ!俺に集中しろ」

一瞬だけ混ざり合った瞳に、力強く頷いて見せた。任務の前に、一緒にお弁当を食べた時に誓った。

______この私が来た以上、絶対に死者は出しません。

煉獄さんの渾身の一撃と鬼の攻撃が激突する。土煙が上がり、それは彼等の姿を隠した。援護しようにも、これでは技が出せない!

「煉獄さん!!」

やがて視界が明瞭になった時、見えた景色は、私を追い込むのには充分だった。

「死ぬな杏寿郎」

回復の技を、繰り出そうとした時、持っていた刀が腕から滑り落ちた。こんな時に!動け身体と思いながら、地面を殴る。キンキンと頭に響く耳鳴りが酷く気持ち悪い。

「おえっ…」

地べたに再び血痰を吐いた。私を呼ぶ声が聞こえてくる。頭を打ったのが不味かったんだ。

「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

そんなこと百も承知で、憎しみの心を糧に変えて、刃を研ぎ澄ませてきた。守りたい者を、今度こそちゃんと守れるように。何度も逃げたくなるような辛い鍛錬だって、乗り越えてきたんだ。

「俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」

再び煉獄さんたちの拳が激突する。援護しようと足に力を込めたのに立ち上がることが出来なかった。悔しさで自分自身を責め立てた。柱という立場にいながら、守られてどうする。

「煉獄さん!」

煉獄さんの左胸が損傷した。明らかに負わされた致命傷に屈することなく、煉獄さんは上弦の参を両腕で拘束して離そうとしない。

(…もうすぐ夜明けだ)

例え、此処で自分が果ててしまっても。奴を倒して、責務を全うしようとしているのか。待機命令を受けていたというのに、炭治郎くんたちが動き出す。私も助太刀に行きたいのに、身体が動くことを許してくれない。煉獄さんの拘束から免れた上弦の参が逃げていく。

「逃げるな!卑怯者!!いつだって鬼殺隊は、お前らに有利な夜の闇の中で戦ってるんだ。」

逃げるな卑怯者と、悲痛な声で叫ぶ炭治郎くん。そんなに叫んでは、お腹の傷が開いてしまうよと咎めたいのに、声を発することが出来ない。お前なんかより、私たちの方が凄いんだと、心の声を代弁するように叫んでいる。

(凄いのは私じゃなくて…煉獄さんだよ…)

______自己犠牲で、人を助けて満足か。そんなものただの自己満足にしか過ぎない。そういう奴は大事な場面で人を守れない。

(今更になって、師範が言っていたことが分かるなんて…)

心の中で、何度も何度も謝罪を繰り返しながら、重くなってきた目蓋に抗うことが出来なかった。







20200426





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