ラララ存在証明 | ナノ

  いしなど存在しない


______お前ら2人で幸せになれ。

暗闇に落ちそうになると、いつだって君の声が遮ってくれるんだ。




息を吸うと酷く肺が傷んだ。朦朧とする意識の中、金属音が鼓膜を刺激する。血の臭いが鼻を掠めてきた途端、一気に思考が鮮明になる。私は先程まで、上弦の壱と戦闘していた筈だ。それで、致命傷まではいかないが深傷を負って、もう駄目だと思っていたら、無一郎が来て、それで.........?

「樋野、分かるかァ?」

ゆさゆさと誰かに身体を揺すられた。重い目蓋をなんとか気力でこじ開ける。私の顔を覗き込んでいた不死川さんは、いつもはだけさせている胸元から、血を流していた。別れる前は、こんなにも重症ではなかったはずだ。

「どうしたんですか、この傷!?」

バッと駆け寄ろうとした途端、くらりと目眩がして、へたり込んだ。

「っと、危ねぇなァ、おい………」

不死川さんは、そんな私の腰に腕を回してくださり、支えてくれた。忘れていたが、多分自分の方が重傷なのだ。今、どんな状況なのかと辺りを見渡すと、私の思いを汲んでくれたのか、状況を説明してくださった。

「安心しろォ、時透は無事だぜェ。お前には、玄弥の治療を頼みたい。お前にしか頼めねェ。」

鴉からの伝令を受けて駆けつけてくれた不死川さんは、弟さんが斬りつけられた所で到着したらしい。そして、時を同じくして悲鳴嶼さんも合流。無一郎と悲鳴嶼さんに少しの間の戦闘を頼み、私と玄弥くんの様子を見に来た、とのことだった。

「お前の幻術は、彼奴と相性が良いらしいなァ。だいぶ、動きが鈍ってるぜェ」

ガシガシと私の頭を撫でた不死川さんは、険しい表情で一点を見つめていた。その先にいるのは、玄弥くんだ。

「………っ!?」

思わず息を呑んだ。あの状態で、まだ、息があるというのか。小さく、胸部が動いているのが分かった。しのぶさんから、玄弥くんが鬼喰いをしているということは、聞いていたけれど、その生命力には脱帽だ。

「わかり、ました。」
「あァ。樋野、……頼む。お前しか、もう。」

戦況は混沌としてきている。此処にはいない仲間たちは、どうなっているのだろうか。

「………全力を、尽くします。」
「、あァ。」

不死川さんは、私の言葉を聞いて頷くと、上弦の壱と闘っている無一郎と悲鳴嶼さんの元へと加勢していった。私は重たい身体を引きずりながら、玄弥くんの元へ向かった。

「玄弥くん、分かる?」
「………はい、樋野さん、あの、俺の身体、くっつけてもらっても良いですか?」

分断された上半身と下半身を、私の持てる力でくっつける。すると、それはみるみる内にくっついていったのだから驚きだ。最早、身体の創りが人間とは異なっているようにすら見えてしまう。しのぶさんから頂いた即効性の回復薬を打とうかとも思ったが、アレには鬼の毒に対する抗毒作用もある。身体が鬼のものへと順応しかけている今、それを彼に打つのは、彼の生命力を弱らせてしまう可能性の方が高いのではないかと思い止めた。

「樋野さん、あと、そこに転がってる鬼の髪、食べさせてもらえないですかね?」
「………玄弥くん、これ以上、鬼喰いをするのは、」
「兄貴を守りたいんです。樋野さんならこの気持ち、分かるでしょう?」

例えこの身が果ててしまっても、生きていて欲しい。昔、しのぶさんにそのようなことを言った事がある。その言葉に過るのは、いつだって優しい無一郎の顔。

「分かった。」

不死川さんへの謝罪の念を呑み込んだ。床に転がっていた上弦の壱の髪の毛を、玄弥くんの口元へ差し出す。ムシャムシャとそれを咀嚼した彼の纏う雰囲気が変わっていくのが見て取れた。玄弥くんから放たれる匂いは、もう鬼に近いと言える。

「大丈夫?玄弥くん。」

______そろそろこちらにおいでよ、薫。

「!」
「樋野さん?」
「だい、じょぶ…」

正気を失うわけにはいかないのだ。私も、彼も。

「よし、行くよ。」

玄弥くんは玄弥くんのやり方で、私は私のやり方で、みんなを守る。そして、上弦の壱を倒して見せる。

フワアア…フワアア…

「”香の呼吸 弐ノ型 薫香”」

悪しき鬼には毒の欺きを。大事な味方には癒しを。

「下がってください!」

私の声を聞いた3人の足が一瞬止まる。その瞬きの間に、床を蹴り駆け出した。私が奴の動きを止める!

フワアア…フワアア…

鬼さんこちら。香りのする方へ。やさしい香りで、偽りの世界へ導いて差し上げましょう。

「”香の呼吸 漆ノ型 夢幻香”」

今だよ、玄弥くん。心の中でそう呟いた。その途端、上弦の壱にめきめきと大木のようなものが生えていく。私はそれに巻き込まれた。

「良いから構わず撃って!」

その言葉に頷いた玄弥くんが、続けて銃弾を放つ。それを見た悲鳴嶼さん、不死川さん、無一郎が3人同時に駆け出し、技を放った。それを見た上弦の壱が身動いで技を放とうと身体に力が入ったのが分かる。でも、絶対に逃げない。この身が果てたとしても、此奴を離すものか。私が此処でみんなを守る!

「”月の呼吸 拾陸ノ型 ………」
「薫っ!」
「庇ってくれなくて良いから!自分のことだけ考えて!」

上弦の鬼が斬撃を放つ音で、私の声はかき消された。斬撃をすり抜けて、私が刺している真横の辺りを狙った無一郎が、そこを突き刺す。その途端、ボロボロと上弦の壱に刺さっていた大木が落ちていった。...不味い、きっと玄弥くんが限界なんだ。

「うっ…」
「樋野!」

よそ見をしてしまった途端、上弦の壱の斬撃によって左足に鋭い痛みが走る。立っていることができなくなって、刀を持ったまま宙ぶらりんになった。

「刀を離しなよ薫。僕が抑えてるから!これ以上やれば、君は、」
「私の限界を勝手に決めないで!」
「薫…!っこの、化け物…とっととくたばれ!」

無一郎が自身の愛刀を強く握った途端、それが燃える様に赫くなるのが見えた。その上に悲鳴嶼さんの攻撃が重なり、その武器までもが赫くなっていく。

「………けほけほっ、」
「薫!」

床に血を吐いた私に無一郎が気を取られたのを見た上弦の壱が、再び何か技を放った。私は思わず刀を離して庇う様に無一郎の体に抱きついた。キィン…と鉄の音が鳴り響く。

「「………っ…」」

そして、どこからか突風が吹き私と無一郎の身体は吹き飛んでいく。今の攻撃で無一郎は致命傷を受けていないだろうか、それが気がかりだった。身体が地面に打ち付けられる、その衝撃に構える様に、ギュッと目蓋を瞑ると何か温かなものに包まれる感覚がした。

「………?無一郎、」

来るべき衝撃はなく、代わりに無一郎が私の下敷きになってしまっていた。顔に色はなく、荒い呼吸を繰り返している。すぐ様治療しなければと、彼の体に手を触れようとした途端、

「攻撃し続けろ!玄弥の命を無駄にするな!」

悲鳴嶼さんの叫び声が聞こえてきた。私は、涙を堪えて立ち上がったけれど、そのまま、よろりと倒れてしまう。此処でようやく、自分の左足がないことに気がついた。それでも、這って、這って、這い続けて。顔を上げた、その時、バラバラと上弦の壱の身体が崩れ落ちていった。それは、とてもゆっくりに見えた。亀が歩くよりも、遅く。

「………勝ったの?」

悲鳴嶼さんが、未だに攻撃を止めない不死川さんを止める。すると、ばたり、と不死川さんが倒れた。悲鳴嶼さんが気を失っているだけだと教えてくださる。そして、不死川さんを玄弥くんの横に寝かせた。玄弥くんは、不死川さんが生きていたことに歓喜の涙を流している。その様子を一瞥した後、悲鳴嶼さんが、私の元へと歩み寄る。そして、羽織を脱いで、それをビリビリと破き、私の左足をキツく縛った。

「樋野、皆の治療を頼めるか。」

これだけ出血していては、私に残された時間は少ないだろう。私が死ぬ前に、ここにいるみんなを全快にしなければ。まだ、無惨が残ってる。コクリと頷いた私を抱き抱え、まず無一郎の側へと連れて行ってくださった。1番重体であろう玄弥くんの元へ連れて行かないのは、つまり、そういうことだろう。でも、

「悲鳴嶼さん、この薬を無一郎に打ってください」

大きな手のひらに、しのぶさんから頂いた即効性の回復薬を乗せる。

______患者より先に、患者が生きることを諦めてはいけないよ。

もう駄目だと思っていたとしても、生きたいはずだ。生きたかったはずなのだ。私は、卵とは言えど、1度医術の道を歩むと決めた者。その時点で、医者としての心得を捨てるわけにはいかない。此処にいる全員を、私が助けて見せる。

「玄弥くんのところへ、連れて行ってください。後、私の刀を貰えますか。」
「よかろう…。」

玄弥くんと不死川さんの元へ辿り着くと、そっと降された。そして、私の愛刀を差し出して下さる。私がそれを受け取ると、悲鳴嶼さんは、無一郎の元へと歩を進めた。

「……!、」

愛刀を首に当て、そっと斬る。ピリッとした痛みが走った。私の行動に驚いた玄弥くんが、止めるように私の名を呼ぶ。その途端、目を覚ました不死川さんが、どうなってる!と叫びはじめた。少しずつだが、玄弥くんの体が、ボロボロと崩れはじめているのだ。

「…糞がァアア!!」

これが、鬼喰いの代償だと言うのか。神にも縋るように、不死川さんが私の名を呼んだ。私は愛刀が血に染まったのを確認して、刀を天へと振り上げる。

「”香の呼吸 捌ノ型 愛(めぐみ)の癒香”」

辺り一面に漂よう香りが、この場にいる全員の体を包み込む。少しずつ少しずつ、斬りつけられた傷が塞がっていった。そして、欠損していた部分から、新しいものが生まれていく。みんなの顔色が戻っていくのも分かった。だけど、

「うあぁ………」
「玄弥!おい、樋野!」

玄弥くんの身体は、もうほとんどが鬼と化してしまっている。香の呼吸の技は、人体には癒しであっても、鬼には毒。それは、奥義である回復の技にも言えることだ。

「!、なんとかならねェのか!頼む、神様!弟を連れて行かないでくれ!」

何度も謝罪の言葉を繰り返す玄弥くんを、不死川さんは抱きしめた。その瞬間、身体の腐敗が止まる。私は慌てて懐から取り出した回復薬を玄弥くんに打ち付けた。鬼の毒素が抜ければ、まだ助けられるかもしれない。

「.........樋野さん、もう良いよ。十分だから...........兄ちゃ、樋野さ......止めて...」
「玄弥!何言ってやがる!大丈夫だ!兄ちゃんがなんとかしてやる!」
「だめだよ...樋野さんが...死んじゃう...」

______鬼にしてしまいましょう。そうすれば、この子も助かる。私なら、その方法を知っています。さあ、薫、邪魔者はいなくなりましたよ。

「っ!?」

金縛りにあったかのように、身体が固まった。みんなが私の名前を呼ぶ。その声が、どんどん遠くなっていくように感じた。

______ようやく、ひとつになれるね、薫。

視界が白黒になっていく。最後に捉えたのは、虚な目で天井を見つめる無一郎。当然ながら、私たちの視線が混じり合うことはない。どうか、無事でいてほしい。…守れないのか。大切なものを何もかも。悔しさと落ちゆく意識に抗いながら、血の涙を流した。

「どう、か、みんな無事で、」

______薫!!

最後に聞こえた懐かしいその声は、果たして、どちらのものだっただろうか。









20200617













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