ラララ存在証明 | ナノ

  朽ちていく温度


ドクン…ドクン…と心臓が波打つ。愛刀に手を伸ばすと、自身の手が震えていることに気がついた。目の前の悪しき上弦の壱は、他の上弦とは比べ物にならない。重厚な様、威厳すらあるように思う。そして、歪だが刀を持っている。もしかすると、この鬼は、鬼狩りだったのではないかと思った。そして、多分、相当な使い手だと思われる。

フワアア…

「"香の呼吸 参ノ型 走馬灯"」

怖気を取っ払い、刀を抜いた。

「香か…懐かしや。数年前の香の柱も女の剣士だった。」
「………!」

その言葉で、全てを理解した。沸々と湧き上がる怒りを抑えられない。

「お前か、私の母を殺したのは。」

温かな人だった。異質な私を受け入れてくださって、愛を注いでくれた。強さとは何か、優しい心がどれほど大切であるか教えてくれた。唯一無二の人。

「母親…ふむ…お前、名はなんと言う?」
「、樋野薫。」
「ふむ、薫か。」

______薫。

「彼奴が気にいるだけのことは…あるな…」

感傷に浸っているのか、何かを考え込む素振りを見せる上弦の壱。私は苛立ちを隠せずに再び斬りかかる。

「"香の呼吸 伍ノ型 薫水斬り"」

もっと技を出さなければ。沢山技を放って、香を充満させなければ。

「そして、速い判断力…その若さで…素晴らしや…」

おちょくられているようにしか思えない。何度か技を放ったのに、全て避けられている。香にあてられて惑わされる様子もない。こんなことはじめてだ。今まで遭って来た鬼に、こんな奴はいなかった。流石、上弦の1番上に立つ存在と言えようか。

「…だったら、何?」

私になら出来るはずだ。心拍数を極限まで上げろ。何百年も生きてる此奴と違って、私が生きている年数など、これっぽっちもない。だけど、私の刀には乗っている。数々の試練を乗り越えて、剣技を研ぎ澄まして来た歴代の柱の想いが。

「"香の呼吸 漆ノ型 夢幻香"」

フワアア…。歴代の香柱の中でも、その剣技を身につけた者は、僅か数人と聞く。香の呼吸の必殺技。例え倒せないとしても、何かしらを負わせろ。もしも私が此処で倒れてしまったとしても、残された誰かが楽に戦えるように。鴉の鳴き声が聞こえる。きっと、援軍が来てくれるはずだ。それまでに、なんとか私がやらないと!

「…、…。」

熱帯びた愛刀から、紫色の煙が上がる。それはどこか、彼を思い出させて、さらに私の身を引き締めた。体温がぐんぐん上昇していっているのが分かる。

「此方も抜かねば…無作法というもの…」
「…!」

上弦の壱の纏う雰囲気が鋭くなった。私は体勢を整える。…来る!

「"月の呼吸 壱ノ型 闇月・宵の宮"」

呼吸を使った。刀を持っていたから、もしかしたらと思っていたものが確信に変わる。此奴は、やっぱり元鬼狩りだ。しかも月の呼吸など、聞いたこともない。歴代の香柱の手記にも載ってなかった。あまりの速さの攻撃に避けることが出来ず、鋭い痛みが身体中に走る。五体満足ではあるものの、この感じだとおそらく肺がやられてしまっているだろう。だが、傷を負ったことは好都合だ。

「…、」

上弦の壱にも、稀血の効果はあるらしい。不死川さん程ではないかも知れないけれど、私だって稀血の持ち主だ。これとこの呼吸で、惑わし欺いてやる。

「…はあっ、まさか、コレを1番に使うのが自分になるとは、思わな、かったな。」

懐から取り出した即効性の回復薬を、上弦の壱には気付かれないように直様打つ。しのぶさんから託されたこの回復薬を、他人に使えず終わるのなんてご免だ。

______一時的ではありますが、身体機能の向上、それと鬼に対する抗毒作用もあります。

フワアア…フワアア…

「"香の呼吸 弐ノ型 薫香"」

辺り一面に広がった藤の花の香りが、私の心を落ち着けていく。肺に受けた傷が幾分か楽になっていくのが分かった。

「"香の呼吸 陸ノ型 薫染流"………はあ!」

フワアア…フワアア…

「"香の呼吸 壱ノ型 幻影”」

フワアア…フワアア…

充満していく香りだけが、私の気力を支えてくれている。

「ふむ…どうやら…何体か上弦がやられてしまったようだ…。」
「………!」
「あまりのんびりしているわけには…いかんな…」

来る…!そう思って、構えを取るが、くらりと目眩がした。当たり前だ。結構な量の血液が流れてしまっている。自分は蜜璃さんのように体格には恵まれていない。

「"月の呼吸 伍ノ型 月魄災禍"」

無数の斬撃が放たれた。だけど先程とは違い、なんとか目では追える。おそらく動きが鈍くなっているのだ。だけど、それでも斬撃の量が多すぎて、致命傷を避けることしか出来ず、複数の箇所を斬られてしまう。そんな私を他所に、次々と攻撃は続いた。

______無理しないで、薫。

「………むい、ちろ、」

ゲボォと血を吐き出す。恐らく、胃がやられてしまった。もう、駄目かもしれない。走馬灯のように、無一郎の優しい顔が過った。彼奴の動きを鈍らせることしか出来なかった。まだ、傷1つ負わせてないのに。こんなところで負けるのか。こんなところで、私はまだ、死ぬわけにはいかないのに。

「"月の呼吸…」

身体を起こすことが出来ず、再び斬撃が私の身体を斬りつける。運悪く放たれた刀が、私の身体を床もろとも突き刺し、固定した。

「まだ…意識があるのか。…大した精神力だ…だが、」

これで終わりだと言わんばかりに、新しい技が放たれたのが分かる。身動いで、なんとか致命傷を避けようとするも、床に固定されてしまってる為、出来ない。

「ごめん、ね…むい、ちろ…ゆうくん…」

______泣くと不細工だって、言っただろう。
______それでも僕は、薫の事が好きだよ。

来るであろう痛みに耐えるため、呼吸を整えた時、斬撃を跳ね返す音がした。

「薫…!!しっかりして、薫!!」

霞がかっていく頭の中を、私を呼ぶ声が鮮明にする。その声は、私の大好きなものだった。

「…今、刀を抜くから!」

冷たい床から、何処か温かな何かに包まれる感覚がした。鼻を掠める匂いが、私に安心感を与える。

「薫分かる?薫!お願いだからしっかりして!呼吸で止血は出来てるよね!?薫!!」

ポロポロと零れ落ちる雫が、私の頬を濡らしていく。

「泣かない、で…大丈夫…致命傷は、受けてない…。処置、すれば…まだ、戦える…だいじょうぶ、だから…」
「うん、うん!その間は俺が引き受ける。だから、しっかりしてよ薫。無惨倒して、一緒に家に帰ろう。」
「うん…ごめん、」

諦めるところだった。私はまだ死ぬわけにはいかない。ふと陰からもう1人視界に移った。こちらの様子を窺う彼に、コクリと頷いた。少しの間だけ、無一郎をお願い。そんな想いを込めて。そんな私に気づいたのか、頷いてくれた。それに安心した私は、不安定な意識の中、自分の体を治療していく。その様子を見た無一郎が、私の身体を壁に立てかけてくれた。そして、前線へと赴く。その逞しい背中を見つめながら、自分も援護に行かなければと奮い立たせるけれど、重くなった目蓋を持ち上げる気力はなく、ゆっくりと意識が闇へと落ちていった。








20200612

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