ラララ存在証明 | ナノ

  うつろいだ月


当たり前だが、やはりと言うべきか、事が起こったのは真夜中だった。その日は、私も無一郎も眠れなくて、なんだか胸騒ぎがしていた。無理に眠る必要もないかと思い、2人で手合わせすることにした。

「ねえ、無一郎。」
「…うん?」
「もしも、私が馬鹿な真似をしたら、私のことなんて捨ててくれて良いからね。」
「は?」

何言ってんの、と睨み付けられるけれど、私だって怯まない。沢山聞こえてきた幻聴、幻覚に惑わされず生きてこれたのは、それを上回るくらいの沢山の優しさに触れたから。それを教えてくれたのは、目の前にいる君だから。

「無一郎だけは傷つけたくないなあ。」
「いま傷ついてるんだけど?馬鹿なの?」

グイッと頬を抓られて、グリグリされる。あまりの痛みに涙目になるが、お構いなしのようだ。

「怖いの?」

木刀を持つ手が震えている。そう言って無一郎は、私の両手を包み込んだ。

「ふふ…戦いは怖くないよ。私は自分が自分じゃなくなるかもしれないのが、怖いのかもしれない。負けるつもりは毛頭ないけれど、………ごめんね、上手く説明できないや。」

巡回に行こうよ、と愛刀を手に取った。

______会いたいよ、薫。私の可愛い可愛い薫。早く会いたい。

そうだね、お父さま。きっと、今夜なのだろう。悪しき鬼の頭は、いったいどこに現れるだろうか。そう易々と禰豆子ちゃんの居場所は割れないだろう。

「薫?待ってよ、薫。」

無一郎も自分の刀を手に取り、私の後ろを追いかけてくる。

「嫌な予感がするの。」

ボソリと呟いた声を拾った無一郎は、力強く私の左手を握ってくれた。生きて帰りたいし、大切なものを全部守りたい。我儘で現実的ではない願いだとわかっているけれど、みんなそう思ってるはずだ。失っていい人なんて、いない。ざあああ…と荒々しく音を立てて突風が吹く。空に浮かぶ雲が、一瞬のうちに流れていく。やがて、それは、闇夜を照らしてくれていた月を覆った。

『カアアアアア!!緊急招集!!緊急招集!!産屋敷邸襲撃ィ!!』

切羽詰まった鴉の鳴き声を聞いた途端、無一郎が私の腕を引いて走り出す。お館様、どうかご無事で、そう思わずにはいられない。私の腕を引く無一郎が、どんどん加速していく。想いは同じだ。あの方がいたから、私たちは今、此処で手を取り合う事ができていると言っても過言ではない。

______咲子と同じ呼吸の使い手なんだね。君らしい力だ。

両親を失い、有一郎くんを失った。無一郎も私のことを忘れてしまって、絶望に明け暮れていた私に、剣を取る道を指し示してくださった方。私が私であるために、ずっと見守ってくださった。その眼差しは、親の愛に近く、凄く心地が良かった。鬼を滅したいと言う思いも勿論あったけれど、この方の力になりたいとも思いながら戦ってきたんだ。

「お館様…どうか…お願い…!!」

強くなる為に、沢山のことを教えてくださった。道を踏み外さないように、支えてくださった。優しく包み込んでくださった。大事な大事な存在。この世に、私が存在していて良いのだと、私の無事をいつも喜んでくださった。ようやく、お館様の屋敷を目に捉えた。その瞬間だった。

"ドン…"

耳が裂けるくらいの爆発音が響き、あっという間に屋敷が炎の海に包まれた。

「テメぇかアァァ!!お館様にィィ何しやがったァァア!!」

不死川さんの悲鳴にも似た怒声が響く。それを筆頭に、各柱たちの声が響いた。みんながお館様を案じている。

「無惨だ!鬼舞辻無惨だ!奴は頸を斬っても死なない!!」

悲鳴嶼さんの視線の先にいたのは、1人の男。その中心には、珠世さんがいて、彼奴を拘束している。繋いでいた無一郎の手が、離された。一瞬だけ頷き合う。

「行こう、薫」
「うん!絶対に許さない!!」

四方八方に散っている柱たちが、技を繰り出そうと構えた。それを一瞥しながら、私も刀を抜く。

「"香の呼吸 参ノ型 走馬灯"」

突風が吹きはじめた途端、この忌々しい男はニヤリ…と妖しく笑った。足場の地面が無くなり、一瞬のうちに沢山の戸が現れる。なんだこれ。

「これで私を追い詰めたつもりか?貴様らがこれから行くのは地獄だ!目障りな鬼狩り共!今宵皆殺しにしてやろう!」

おそらく血鬼術の類だろうが、使い手は無惨なのだろうか。それとも残る上弦か、あるいは…

「地獄に行くのはお前だ無惨!絶対に逃がさない、必ず倒す!」

私たちの想いを代弁するかのように、炭治郎くんが叫んだ。その言葉を聞きながら、重力に逆らえず、落ちていく。

「薫!!」

無一郎が私に手を伸ばすのが見えた。だけど、その手を掴むことは出来なかった。

「薫ーーー!!」
「無一郎、武運を祈ってる!!」

そう伝えるので精一杯だった。幸いにもすぐ地面についた為、受け身が上手く取れた。畳、障子が不特定な方向に各面に散らかっている。なんだここは。

「っ!?」

先程まで畳だった地面がパカリと開いて、再び自分の身体が落ちていく。それはどんどん加速していき、どうやって受け身を取るか思案する。何かに捕まろうにも、この沢山の戸が不規則に動く為、なかなか思うようにいかない。これはもう足から行くしかないか、そう思って覚悟を決めた途端、グイッと背を掴まれた。

「ぐえっ、」

そのせいで隊服が首を締める。だが、加速が緩やかになったことにより、上手く受け身が取れた。土煙が舞い、それが肺を刺激してきて、咳が漏れる。

「おう、無事かァ?」
「不死川さん…」

私を助けてくださったのは、どうやら不死川さんだったようだ。瞳が一瞬陰ったように見えたが、私の顔を見た途端、ニヤリと笑みを浮かべている。だが、目が赤いので、もしかして泣いていたのだろうかと思った。

「………、…」

その瞳を見てお館様を守れなかった、と言う思いが湧き上がる。きっと、アレはもう。そう思うと苦しくなるので、慌てて呼吸を整えた。

「行けるかァ、樋野。」
「はい。」
「此処にいる糞ども、下弦以上の力がつけられてるようだなァ」
「分かりました。」

正直、さっき開いた畳に感謝しなければならない。単独行動よりも、心強い。不死川さんとは、任務であまり組んだことはないけれど。

「柱稽古してて良かったなァ」
「そうですね、後ろは任せてください。」
「…ッケ、頼もしいぜェ。」

次々と湧き出てくる鬼を、不死川さんと共闘して駆除していく。柱同士で鍛錬していたおかげか、不死川さんの少しの動きで、彼が何の技を出そうとしているのか把握できた。とは言え、経験の差が歴然として目に見える。私の援護が要らないくらい、不死川さんの動きには隙がない。それに不死川さんは…

「フッフッフ…猫にまたたび…鬼には稀血ってなァ!!」

私と同じで稀血の持ち主だ。小さな負傷すら武器にもなる。

"カタッ…"

微かに聞こえた音に構えた瞬間、

"ドゴォッ"

「樋野!!」

瞬きをしない間に、戸が動き、私と不死川さんを引き離した。私を何処かへ連れて行こうとしているようだ。

「私に構わず、行ってください!」
「樋野!!」

私を追いやる戸がどんどん加速していく。もしかして挟まれて圧死してしまうのではないかと嫌な予感が頭を過った。だがその予感は外れることとなる。ヒョイっと広い空間に投げ出されて、慌てて受け身をとった。

「来たか…鬼狩り…」
「………!!」

体型は人と同じ様。刀を差してこちらを見つめる鬼の目は6つ。その目に刻まれた数字は、

"上弦の壱"

手足が凍りついたように固まった。震える身体が、上手く働かない脳が、私に戦闘を拒否するように告げる。

______黒死牟様、それは私のモノです。

「ふむ…だが…私は私の仕事をするまで…」

ギリッと奥歯を噛み締めると、血が滲む味がした。














20200608



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