ラララ存在証明 | ナノ

  花の涙を掬いたい




蕾が開いて、花が咲くように笑う顔が、好きだった。

はじめて会ったのは、僕がまだ5歳の頃。母さんの主治医であった薫の父親が、薫と友達になって欲しいと言って、僕たちの住む家に連れてきたのがきっかけだった。薫が住んでる村は、僕が住んでる山奥よりは少し遠くて、頻繁に会う事はなかったのだけど、月に1度、母さんの診察に着いて来てた。薫は男の子が怖いらしく、僕や兄さんのことも凄く怖がってた。

「どうしてそんなに怖がるの?何もしないよ。」

そう言って手を伸ばせば、恐る恐る握り返してくれた。その日の晩、薫の身体のことを聞いたんだ。

「はっ、お前が化け物なんかなるかよ。泣き虫で鈍臭い癖に。馬鹿じゃないのか。」
「兄さん、そんなこと言うなよ!大丈夫だよ。それでも僕は薫が好きだよ。薫はとても優しい女の子だ。化け物なんかじゃ無いよ。」
「…、」
「ほら泣かないで。薫は1人じゃないんだよ。僕たちがついてるから。」

薫はよく泣く女の子だった。その顔を見るのが辛くて、早く笑ってくれたら良いのにと思いながら、彼女の涙を拭う。優しく抱きしめると、いつも身体が震えてた。大丈夫だよ、此処にいるよって笑いかけると、ようやく笑い返してくれたんだ。その時の顔が、不謹慎にも美しくて、この子を守りたいって思ったんだ。僕の隣で、いつも笑っててくれたら良いのにって。多分、僕はあの時、君に心を奪われたんだと思う。

「無一郎、元気を出して。有一郎くんが言ってることはでたらめだよ。きっとそんなこと思ってないよ。無一郎の無はきっと無事でいるとかで、んー…有一郎くんの有は、有事の際も導いてくれるとか!そう言うことだよ!!」
「薫…ありがとう。でも、無理して笑わなくていいよ。」
「無一郎…」

両親が亡くなってから、兄さんとの2人暮らしがはじまった。兄さんは僕に冷たく当たって、その生活はとても息苦しかった。だけど、薫が時々遊びに来てくれていたから、薫が僕等を必死に繋ぎ止めようとしてくれたから、あの頃の僕は笑えていたんだと思う。どうして、こんな大切な記憶を忘れてしまっていたのだろうか。

「………誰?」

兄を亡くし、記憶を失くした状態で君と再会した時から、ずっと胸に何か引っかかりがあった。

「時透くん。」

君からそう呼ばれると、なんだか胸が苦しかった。当たり前だ。君の口から、その名で呼ばれた事など無かったのだから。違和感の正体を探そうとすればするほど、頭の中に、霞がかかって見えなくなった。見つけたいと思ってるのに、その想いさえ直ぐに忘れてしまうんだ。

「………誰にも言わないで。心配をかけたくないの。夜な夜な薬の調合や医学書を読んでて、食事の存在を忘れてて、貧血になってるだけなの。」

苦しそうに蹲る君を、なんであの時抱きしめてあげなかったのか。後悔しても遅いだろうけど、そう思わずにはいられない。いつも、僕に隠れて無理をして、知らないところで泣く君を見つけれたのは僕だけだったのに。誰よりも守りたかったのに。あの言葉もどうせ嘘なのだろう。今の俺なら、分かるのに。

「無理して思い出さなくて良いよ。何でも直ぐ忘れることは、すごく怖いよね。私はそういうのになったことがないから、気持ちは分かってあげられない…。その代わりに、私がちゃんと覚えてるよ。」
「…え?」
「時透くんとの思い出、ちゃんと私が覚えてるから。思い出したいって思ってるのかもしれないけど、時透くんが苦しむくらいなら、私のこと思い出せなくても良いんだよ。どっちの時透くんも、私は大好きだから。」
「樋野さん…もしかして僕等は、鬼殺隊に入る前からの知り合いなの…?」

ずっと、守られていたんだね。今、何処にいるんだろう。君のことを抱きしめて、ありがとうって言ってあげたい。思い出したよ、薫。君は僕にとって、なによりも大切な女の子だ。

「無一郎!!」

そう、名前を呼んでくれたら、今度こそ答えるから。

「時透くん!時透くん分かる?」

ああ、もう、馬鹿薫。そうじゃないでしょ。君は俺のことそうやって呼ばないだろ。

「…あ、」

薬草の香りに包まれる感覚がした。医学書や植物が大好きだった君からは、いつもそんな香りがしたんだ。ようやくその姿を捉えると、瞳から今にも涙が溢れ落ちそうだった。

「、…泣きそうな、顔してる。」
「え?」
「ごめんね、薫…」

泣かないで、と伝えたいのに、それを伝える前に、薫の涙が僕の頬を濡らした。

「ずっと、君のこと…忘れてた…。」
「…無一郎、記憶が、」
「誰よりも…泣かせたくない、人なのに…僕のせいで…たくさん、泣かせて…ごめんね、薫。」
「…泣いてないよ。良いんだよ。無一郎がいてくれたら、私は、それでっ…」

こんな時まで泣いてないと嘘を吐く薫が、とても愛おしく思えた。そうまでして、僕の心を守ろうとしてくれているんだろうか。本当は、俺が君を抱きしめてあげたいのに、身体が痺れて、思うように動いてくれない。

「おかえり、無一郎…」
「うん…ただいま…薫…」

おかえりって言って欲しいって言ったのは薫の方だったのに。記憶を失くしていた頃の僕は、何一つ願いを叶えてあげられなかったね。次に目が覚めたら、花のように美しいあの笑顔で、僕の名を呼んで欲しい。

「行ってくるね、無一郎」

温かな体温が離れて行く。きっと、炭治郎の元へと向かうんだろう。あんまり怪我をしないといいな。そんな薫を想いながら、夢の中へと落ちていった。







今度こそは、おかえりって言ってあげるから。少し休んだら、また俺も一緒に戦うよ。





20200511





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