ラララ存在証明 | ナノ

  そして、ささやかな夢をみる


苦しみの中でもがいていると、いつも優しい声が私を導いて温かな世界へ閉じ込めてくれるのだ。

「薫!!大変なんだ!!」

あれは、幾つくらいの時のことだっただろうか。

「無一郎、だいじょうぶ?顔がとっても赤いよ。」
「うん、大丈夫…」
「こっちに来て。あっつい…熱があるよ。」

有一郎くんと協力して、無一郎を布団に寝かせた。あの日の有一郎くんは、無一郎が熱に魘されて、意識が混濁している状態だったからか、やけに素直だった。

「お前、手際良いな。」
「医者の娘ですから!」

得意げに笑って見せると、有一郎くんはほう…と一息吐いた。

「薫が今日泊まりに来てくれてて良かった。」
「珍しく素直だね?」
「うるせぇ。」
「痛い!」

パシリと額を叩かれる。素直になれば良いのに。本当は誰よりも心配している癖に、天邪鬼な彼は、いつも私達に冷たい。

「何処行くの?」
「何処でも良いだろ。お前は無一郎の側にいろよ。」

行き先も告げずに出て行った有一郎くんが、戻って来た時に薬草を握っていることは、この時の私はまだ知らない。

「兄さ…」

魘される無一郎の手を握って、大丈夫だよと声をかけた。熱によって温くなってしまった手拭いを、氷水につけて絞る。そして再び、無一郎の額にのせた。

「薫…。」
「ん?水飲む?しんどいね。大丈夫だよ、すぐに良くなるからね。私がついてるからね。」
「ありがとう…」

"医者になれば良いのに"

あの日、彼等はそう私に言ってくれたんだ。

「私のお父さまみたいな?」
「なりたいんでしょ?なればいいのに。」
「そんな私は…」

呪われた私には、そんな資格なんてないよと告げれば、無一郎と有一郎くんは全く同じ顔でそんなことはないと、私に言った。

「どうしてそんなことばかりいつも言うの。薫が何をしたって言うの。」
「その無駄に良い記憶力を、少しは役立てろよ。」
「薫は呪われてなんかいないよ。僕等と同じ人だ。僕らの大事な普通の女の子だよ。」

この時ばかりは息の合った双子。優しい情を、いつも彼等は教えてくれる。側にいても良いのだと、側にいて欲しいって。私が欲しかった言葉をいとも簡単に口にするんだ。

「変なことを言う奴らから、僕が薫を守ってあげる。」
「お前だけじゃ頼りない。」
「そんな!この間も怪我してたじゃない!無視してれば良いんだよ!私は悪く言われたって、なんともないんだから。」
「なんともなくない。この間だって、僕や兄さんに隠れて泣いてたでしょ。それに、怪我したって、薫が絶対治してくれるもん。だから大丈夫だよ。」
「………、…」

ほら泣かないでって、優しい手が私の瞳から零れ落ちる涙を拭う。ピクリと一瞬だけ身体が震えた。その様子を見た有一郎くんは、ため息を吐いて何処かへ行ってしまったけれど、無一郎は側にいて抱きしめてくれたんだ。

「ねえ薫、僕のこと、まだ怖い?僕は薫のことをいじめた奴らとは違うよ。薫はとても優しい普通の女の子だから、怖くなんかないし化け物でもないよ。薫をいじめる奴らから、僕が守ってあげる。」
「守られてばっかりは嫌だよ。私も無一郎のことが大好きだから、無一郎のこと守るもん。」
「ありがとう薫。ずっと一緒にいようね。僕もっと強くなるよ。強い男になる。」
「私ももっと勉強する。無一郎たちがどんなに大きな怪我をしても治せるようなお医者さんになる!!約束だよ。」
「「ゆびきりげんまん、嘘ついたら…。」」

視線が混ざり合って、ふふっと笑い合った。














...

酷く頭が痛い。ゆっくりと目蓋を開くと、綺麗な星空が視界に入り、状況を確認するのに、しばらく時間がかかった。あちこちが痛む身体を起こして辺りを見渡す。私は確か、上弦の鬼と遭遇して、鬼の術によって遠くに飛ばされたんだ。

「無一郎…炭治郎くん…。」

彼等は無事だろうか。想像していたよりも遠くに飛ばされてしまったようだ。地面へと身体が叩きつけられる前に、何度か木に引っ掛かった記憶があるので、そこまで強く顔面を打ち付けずに済んだようだ。その上、眠っていたので、"呪い"の効果から、身体は回復している。一刻も早く彼処へ戻らなければ。

「…う、」

なんだか、酷く懐かしい夢を見ていたような気がするのは気のせいだろうか。私は一体どれほど眠ってしまっていたのだろう。

「ピィーーーーーーー。」

自分の鎹鴉に、私は此処に居るよと知らせるように指笛を吹く。しばらくすると鳴き声が聞こえてきたので、手のひらを天へと伸ばした。そうすると、私の腕にピタリと留まった。

「ねえ、状況はどうなってる?」
『カアアアアア!無一郎ガ上弦ノ伍撃破ァ!!!』
「え、待って、じゃあ、あいつを倒したの?無一郎は無事なの!!!?」
『違ウ!薫ガ遭遇シタ鬼、上弦の肆イイイ!無一郎、鬼ノ毒デ戦闘不能!!』
「生きてるよね!!?」
『カアアアアア!ナントカアアア!!』

ほっと一息吐き、説明下手な自分の鴉の言葉を、なんとか読み解いて行く。私達が最初に遭遇したのは上弦の肆。それとは別に、もう一体、上弦の伍までもが、この里に紛れ込んでいたと言うことか。

『薫、無一郎ノ治療行ケ!』
「でも、上弦の肆を放って置くわけにはいかないよ!」

本当は今すぐにでも無一郎の治療に行きたい。だけど、柱の無一郎なら、呼吸で毒が回るのを遅らせることも出来る。私が行くまで持ち堪えてくれる。そう思わないといけない。だって、私は柱だ。この立場に就いた時から、こう言う時のことだって考えてきた。有一郎くんは怒るかもしれないけど、でも、私がこう言う場面で無一郎を優先したら、きっと彼はもっと怒るから。泣きそうになるのを必死で堪えて、歩き出そうと踏み出した瞬間、鴉が私の額を突く。

『上弦ノ肆、蜜璃ト炭治郎、玄弥戦闘中!柱ノ治療優先セヨ!カアアアアア!!コレ以上柱ガ欠ケル、許サレナイ」
「わ、分かった!無一郎の解毒をしてから、援護に行くから!案内してくれる?」

蜜璃さんがこっちに来ているのか。数日前に会った炭治郎くんが言うには、こっちに来て刀を受け取って直ぐに任務に出かけたと言っていたけれど。もしかして、蜜璃さんの任務先はこの里の近くだったのかもしれない。

「柱がこの場に3人もいるなんて!これは上弦の鬼はきっと想像も出来てない!」

戦況は、私たちに有利な方へと傾いていると信じたい。

『カアアアアア!!』

しのぶさんに相談して、彼女の言う通りの治療を受けていて良かった。おかげで全力疾走できる!私の様子を伺いながら飛んでいた鴉が、加速していった。大丈夫、置いていかれたりなんてしない!

「無一郎…!!」

ようやく大好きな彼の姿を見つけた。ボロボロの状態になって、横に寝かされている無一郎の胸部が、ゆっくりと動いているのが分かり、安堵の息を漏らす。そして、その場にいたひょっとこのお面をした2人に、無一郎が倒れる前の状況を聞いた。

「その鬼、どんな技使ってた?どんなことでも良いの、教えて。」

万が一に備えて、幾つか薬草を持ち歩いてはいるけれど、私が持ち合わせている薬草のどれを使えば、彼を直ぐに回復させてあげられるだろうか。

「香柱様!!?」
「なんか、大量の魚の化物を出してました!後、トゲのようなモノとか!フグみたいな!」
「トゲ…フグ…」

とりあえず、鬼の嫌いな藤の花をすり潰し、水に溶かす。フグの毒には効果的な解毒剤はない。この血鬼術がそれに近い性質だったとしても、だ。そして、しのぶさんから頂いた薬草と混ぜ合わせ、それを竹筒へ注ぐ。

「時透くん!時透くん分かる?」
「…あ、」

薄らと開かれた瞳は、何処か遠くを見つめているように見えて、凄く怖くなった。口の周りが吐瀉物のようなもので汚れていたので、手拭いで優しく拭う。橈骨動脈に触れて、脈拍を確認した。ゆっくりと刻む脈が、無一郎が呼吸で毒が回るのを抑えていることを教えてくれる。私は、無一郎の背に右腕を回して、彼の体を支えた。

「時透くん、解毒剤だよ。飲んで。すぐ楽になれるから!」

先程、竹筒へ注いだ解毒剤を、無一郎の口元に近づけた。無一郎は、私の瞳を捉えた後、ゴクリ、とそれをゆっくり飲み干して行く。多分、とても苦かったのだろう。苦渋の顔をしていた。だけど、額にかいていた脂汗がゆっくりと引いていった。良かった。効いてきてるみたいだ。

「………?なに?」

私の顔をじっと見つめる無一郎が、痺れているであろう右手を伸ばした。その手は、ゆっくりと私の頬に触れる。

「、…泣きそうな、顔してる。」
「え?」
「ごめんね、薫…」

______泣かないで、薫。

ぽたりと、我慢していたものが零れ落ちた。

「ずっと、君のこと…忘れてた…。」
「…無一郎、記憶が、」
「誰よりも…泣かせたくない、人なのに…僕のせいで…たくさん、泣かせて…ごめんね、薫。」
「…泣いてないよ。良いんだよ。無一郎がいてくれたら、私は、それでっ…」

零れ落ちる涙を、あの日と同じように優しい顔をした無一郎が拭ってくれる。私は無一郎の身体を抱きしめた。温かな体温が、鼻にかすめる匂いが、私をやさしく守ってくれているように感じて、涙が止まらない。せっかく拭ってくれたのに、無一郎の着物をどんどん濡らしていってしまう。

「おかえり、無一郎…」
「うん…ただいま…薫…」

そう言った無一郎は、スゥスゥと小さな寝息をたてはじめた。

______ねえ、帰って来たら、おかえりって言って欲しい。

あの時のお願いが頭に過ぎる。ああ、本当は、無一郎にそれを言って欲しかったんじゃなくて、私が無一郎に言ってあげたかったんだ。戻ってきてくれて、ありがとう。声なき感謝の想いを受け取ったかのように、彼の寝顔が微笑んでいるように見えたのだった。







20200510




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