ラララ存在証明 | ナノ

  焦りの代償


「薫だね?薫のことは、咲子や樋野先生からよく聞いているよ。」
「無一郎…無一郎は…」
「無事だよ。君が頑張ったお陰だ」

私は何もしていない。私のせいで、有一郎くんは死んでしまった。鬼の狙いは、きっと私だった。私が異質だから。稀有な存在だから。私は何のために生まれてきたのだろう。何のためにこの世界に存在しているのだろうか。そもそも、私という存在は何なのだろうか。人間?鬼?お母さまは人だと言ってくれたけど、こんな体質の私が人間だと言えるのか。

「…誰?」

ドガンと、頭を鈍器で殴られたような感覚に陥った。お館様の屋敷で療養中していた無一郎との面会が許されて、初めて会いに行った日。無一郎は、私のことを忘れてしまっていた。ああ、これはきっと罰なのだと思った。有一郎くんを救えず、死なせてしまった私への罰。

「薫、今の状態の君に、もう一つ大事な話をするよ。剣士たちの任務に同行していた樋野先生のことだ。」

時、同じく。お父さまの死を知った。

「お館様、今日で泣くのは終いにします。どうか、私に教えてください。鬼を滅する方法を。」

自分という稀有な存在は、皮肉にも鬼を誘き寄せるには、充分価値があるのではないか。こんなことでしか、人の役に立てない。生まれて来なければ良かったと、自分自身でさえ思う私という存在は、なんて滑稽なのだろう。

「薫、自分の存在を卑下してはいけないよ。咲子は、君のことを、とても優しい子だと自慢していた。優しい心を、どうか忘れないでほしい。」

温かな手が、私の額を撫でた。こうして私は、鬼殺隊に入隊した。そして、今に至るのである。

「無一郎が、ああなってしまってから、私に襲いかかって来る幻聴が酷くなっていきました。もしや、私の中に流れる、極少量の忌々しい鬼の血の力が大きくなっているのでは、と不安に駆られる日々でした。」

鏑丸が心配そうに、私の瞳を覗き込んだ。それと同時に、伊黒さんの手が私の背中に触れた。

「師範の継子になって、力をつけても、不安は消えませんでした。不安で不安で仕方なくて、それを忘れれるのが鍛錬だったから、やり過ぎだと言われても、失神するまでやり続けた。そうすることでしか、眠れなかったから。」

柱に上がると、しのぶさんと親しくなった。薬学に精通しているしのぶさんと、医者の娘で卵でもあった私が、仲良くなるのに時間は然程かからなかった。

「鬼を殺す毒を開発したしのぶさんから、その毒の作り方を学びました。そして、しのぶさんに内緒で、自分でその薬を作り、人体に影響が出る可能性があると分かっていながらも、それを服用しました。」
「あの粉末は、それか。」
「はい。ですが、飲んでも飲んでも、幻聴が消えることはありませんでした。」
「当然だろう。お前は人間なのだから。」
「ですが!師範の大嫌いな鬼の血が流れている人とは言い難い存在ですよ!」

爪が喰い込むくらい拳を握ると、やめろと言うように伊黒さんが、私の掌を握る。こんなところを蜜璃さんには見せられないなぁ、なんて場違いなことを思ってしまった。

「お館様はご存知なのか。」
「はい。なぜか直ぐに知られてしまいましたよ。そして、釘を刺されました。」

______薫、これ以上はやってはいけないよ。

それでも、あの日飲んでしまったのは、私の心が弱かったからだろうか。

______そんなところで蹲ってなにをしているの?

それとも、もう薬に依存しかけているのだろうか。

「俺は信用なかったか。」
「え、」
「お前は大馬鹿者だ。頼れば良かっただろう。苦しいなら苦しいと泣け。例え、どれだけ出来の悪い弟子だとしても、見捨てる師がいると思うのか。」
「だって、」

貴方は誰よりも鬼を憎んでいるから。こんな私を受け入れてもらえないと思っていたんだ。

「見縊ってもらっては困るな。安心しろ。もしお前が道を踏み外すようなことになれば、俺がお前を斬ってやる、当時の俺でもそう言ったはずだ。」
「伊黒さん…」
「樋野。お前は鬼ではなく人だ。俺のはじめての馬鹿弟子だ。心が不安定だから、こんなことになるんだ。完治したら鍛錬してやるから、覚悟しておけ。」

お腹の上に乗っていた鏑丸が、伊黒さんの方へと戻っていく。立ち上がろうとした伊黒さんの袖をギュッと掴んだ。

「これからは我慢するな。もし、その場面を見つけたら無理矢理でも泣かしてやる。」

スッと伸びてきた手が、優しく目尻を撫でて、涙を掬い取ってくれた。もう泣かないって決めたのに、意気地なし。

「この話は、胡蝶にはしておく。他の柱には、俺からは言うつもりはない」
「!」
「言ったところで、何も変わらないだろうからな。」

伊黒さんはそう言うと、私の病室から出て行った。私は窓の空に広がる青い空を見上げて、一息吐く。

______樋野は頑張り過ぎるところがあるからな!少し心配なんだ!!たまには肩の力を抜くのも良いぞ!!

(煉獄さん…)

そんな余裕なんてないって、あの時は思ったけれど。今になって、あの言葉の意味が分かるよ。キラキラと輝く太陽が、もうここにはいない人を思い出させて、再び溢れ出た涙が、しばらく止まらなかった。


















...

翌日。渋るしのぶさんを説き伏せ、退院した。任務にももう出るつもりだ。ちなみに、あの任務に出ていた新人隊士の炭治郎くん、伊之助くん、善逸くんは、機能回復訓練を受けているらしい。

「薫ちゃんも受けて行きませんか?」
「いえ、私は伊黒さんが久しぶりに稽古をして下さると言ってくれているので、大丈夫です。」
「あらあら、相変わらず仲がよろしいですね。では、薫ちゃん。くれぐれも無理はしないでくださいね?」
「はい…」

伊黒さんから話を聞いたしのぶさんは、幻聴を抑える薬を作れないか調べてみると言ってくださった。忙しいだろうに、申し訳ない気持ちで一杯だと告げると、そんなことはないと怒られてしまった。

______貴女は大事な仲間です。仲間が苦しんでいるときに、力になるのは当たり前のことでしょう。

伊黒さんもしのぶさんも、私のことを受け入れてくれた。勝手に殻に閉じこもって、自分1人でなんとかしようと思ってたのがいけなかったのだと思い知らされる。

「今日はこの後どちらに?」
「お館様の所へ。」
「そうなんですね。よろしくお伝えしてください。」
「はい。では、ありがとうございました。」

ペコリと頭を下げて蝶屋敷を後にした。













...

「久しぶりだね、薫。昨日、小芭内の鎹烏が飛んできたよ。薫のことを、案じているようだった。」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません。」

此処に訪れるのは、柱合会議以来だ。

「よく戻ってきたね、薫。無事でよかった。おかえり。」

優しい微笑みに、目頭が熱くなる。この場に、煉獄さんと一緒に戻ってきたかった。その想いを口にしなくても、お館様には伝わっているのか、優しく微笑んでくださる。

「怪我も癒えぬ内に呼んでしまってすまないね。そろそろ、これを渡しても良いかと思ってね。」

お館様は、懐から封筒と書物を取り出した。

「お館様、これは何でしょうか?」
「咲子の遺書と、歴代の香柱たちがつけていた日記だよ。」
「!」

お母さまの遺書と、私の先輩にあたる人達が生きた証の書物。そう思うと自然と手が震え、受け取ったそれらが、とても重たく感じた。鬼殺隊の隊士は、いつ死んでもおかしくはない身だから、入隊すると同時に遺書を書く。私の書いたものもお館様はお持ちだし、それは、もしものことがあれば、無一郎に渡してほしいとも頼んでいる。

「どうして、今これを…」
「もう大丈夫だと思ってね。」
「!」
「強くなったね、薫。昔から強い子だと思っていたけれど、人に頼ることを覚えた君は、これからもっと強くなれると思うよ。そして、これはきっと君の役に立つだろう。」
「ありがとうございます。」

畳に両手をついて、深く深く頭を下げた。

______それでもきっと、貴女のことを好きだと言ってくれる人が現れるから。そう言ってくれる人を大事に生きていくのです。

そうだったね、お母さま。私、大事な人が増えました。兄や姉のような存在の人、同期の友人、頼もしい後輩…仲間が出来ました。こんな私を受け入れてくださいました。もっともっと強くならなければ、更に膨らんだ熱い闘志を胸に顔を上げる。

「いってらっしゃい、薫。」










...

______香の呼吸。水の呼吸から派生した流派の1つであり、現代において、様々に生み出される呼吸の中でも飛び出て稀有な呼吸である。刀の中に染み込んだ香は、鬼には毒で、人には安らぎの薬となる。そして、鬼を滅するだけではなく、人体を治癒することが出来るため、香の呼吸が誕生してからは、その使い手は重宝され、その使い手を絶やさないように労力を費やした。私は、選ばれた香の呼吸の使い手を歓迎すると共に、柱の地位を確立した隊士には、歴代の香柱たちが生み出してきた数々の技を此処に記そう。

「壱、弍、参………、捌まであるのね。」

ちなみに、現段階の私は陸まで習得している。パタンと書物を仕舞って立ち上がり、木刀を持ち、1人で打ち込みをはじめる。

「考え事か?」
「…!師範!」
「また何かあったか?」

今日は、久しぶりに伊黒さんと鍛錬をすることになっていた。去年までは、当たり前だった此処での生活が懐かしく感じられる。伊黒さんの稽古は、修行場とする建物の内部の壁や床一面に非番の隠の身体を括り付けて、その中で相手をするという底意地の悪い修行で、かなり精神を鍛えられるものだった。アレを過去に毎日こなしていた私を褒めてもらいたい。とは言え、今日は2人だけでの鍛錬なのだけど。そんな伊黒さんは、蝶屋敷で、私が自分自身の生い立ちを話してからと言うものの、私に対する雰囲気と言うか接し方がかなり柔らかくなったように感じる。それはもう、伊黒さんの意中のひとである蜜璃さんに向けるような感じに。

「お館様から、お母さまの遺書と、歴代の香柱が書いた日記を受け取ったんです。」
「ほう。」
「私の知らない技の型が、2つもありました。早く、習得したいと思っています。」

1つは必殺技になるだろう。そして、もう1つは______。

「焦っても碌なことはない。」
「分かってますよ、そんなこと。」
「お前には前科がありすぎて信用ならない。行くぞ。」
「はい。お願いします!」

ガッ、木刀がぶつかり合う音が響いた。伊黒さんの畝るような斬撃は、相変わらず太刀筋が読めなくて、避けるのが大変だ。

『カア…伝令ィ伝令ィイ!!!』
「「………」」

鎹烏の鳴き声が聞こえてきて、お互いの動きが止まった。

『宇髄天元、竈門炭治郎ガァ、吉原、遊郭ニテ上弦ノ陸と戦闘中ゥ!小芭内、薫、今スグ迎エ!!!』
「………、伊黒さん!」
「ああ、行くぞ。」
「はい!」

駆け出した伊黒さんの後ろを追いかける。継子だった頃、何度も追いかけた背中だ。あの頃は、時折私の様子を気にしてくれていたけど、今日はそれを感じない。宇髄さんや、吉原の人達が無事で居てくれたら良いと、そう願わずにはいられなかった。













...

間に合わなかった。膝をついて呆然としている私を、怪我人の救護へ行けと伊黒さんが促す。命こそ無事だが、彼はきっともう今までと同じようには、剣が振れない。それでも、上弦の鬼を一体倒したことを褒めるべきなのだろうか。

「薫…。」

______香の呼吸 捌ノ型(終ノ型)。未だ、その技を完成させることが出来た使い手は現れていない。歴代の剣士達が、その技を習得するために血の滲むような努力を重ねた。惜しいところまで行った剣士もいた。だから、後世に語り継がれている。唯一無二の治癒の技。

周りを見れば、たくさん傷付いている人々がいた。こんな光景何度も見てきて、その度に救えた命に喜び、救えなかった命を嘆いた。救える技を知っているのに、使わない訳にはいかない。

「"香の呼吸 捌ノ型 めぐみの…"」

パリンッ…

剣が砕ける音がした。まるで私を蔑むかのように、刃の破片が、私の体に降り注ぐ。

______お前にその技は使えないぞ。
______やはり、まだ少し早かったかな。

「うるさいうるさいうるさいうるさい。消えろ消えろ消えろ消えろ。」
「樋野!何してる!」
「ごめんなさいお館様。どうか、そんなことを言わないで…」

______薫。

遠のく意識の中で、大好きな声が私を呼んでいるような気がした。












20200503


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