ラララ存在証明 | ナノ

  最期の約束


「無一郎、元気を出して。有一郎くんが言ってることはでたらめだよ。きっとそんなこと思ってないよ。無一郎の無はきっと無事でいるとかで、んー…有一郎くんの有は、有事の際も導いてくれるとか!そう言うことだよ!!」
「薫…ありがとう。でも、無理して笑わなくていいよ。」
「無一郎…」

あの日は、とても暑い夏だった。暑いから戸を開けて、眠ることにしたんだ。有一郎くんと無一郎は、有一郎くんがあまね様に水を浴びせようとしたことを機に全く話さなくなってしまった。喧嘩することも多い兄弟だったけれど、とても仲が良かったのに。なんだかんだ、お互いを大事に想っている2人なのに。私がなんとかしないとと思って、頑張ってはみたけれど、なかなかうまくいかない。私のことを受け入れてくれて、友達だと言ってくれた大事な2人を、今度は私が助けてあげる番だと、そう思った。

「ねえ、無一郎。」
「ん?眠れないの?」
「手を繋ごう。」

そう言えば、いいよと微笑んでくれる。

「有一郎くんも!」

嫌そうな顔をした彼の手を無理矢理自分の手と繋げる。3人が繋がってるように見えて嬉しかった。

「私、2人のことが大好きだよ。」
「「………」」
「仲良しでいてくれると、もっと好きだよ!」

どうしたら仲直りしてくれる?なんて、呑気なことを考えてた。すると、ガタッと音がしたんだ。

「無一郎、有一郎くん逃げて!!」

ヤバイ鬼だ。本能で直感した。だけど、無一郎も有一郎くんも逃げようとしなくて、無一郎は私を庇って、有一郎くんはそんな私達を庇うように立ち、

「うぁ、」
「兄さん!!」
「有一郎くん!」

一瞬のうちに、有一郎くんの左腕が喰われた。

「うるせぇうるせぇ。騒ぐな。どうせ、お前らみたいな貧乏な木こりはなんの役にも立たねぇだろ。いてもいなくても、変わらないようなつまらねぇ命なんだからよ。…ん?なんだそっちの女?なんだかとても良い香りがするな?稀血か?」
「っ、」
「無一郎、薫を連れて逃げろ!」

肩で息をする有一郎くんは、こういう時に限って、他人を思いやれる言葉が言える人だった。本当は誰よりも優しい人。ずっとずっと分かってたはずなのに。彼ら2人を繋ぐ人になろうとしたのに。

「…!」
「無一郎?」
「うわあああああああああ!!!!」

絶叫をあげたかと思えば、台所へ向かっていった無一郎。そこから包丁を取り出して、鬼の頭目掛けて突き刺した。

「無一郎!鬼の弱点は頸だよ!」

昔、母親がそう言っていた。鬼は、自分を傷つけた無一郎が許せなかったのか、外へと出ていった無一郎を追いかけていった。

「無一郎!!」
「薫は兄さんのことをお願い!!」

力強い瞳でそう言われる。どうしよう、どうしたら良いのだろう。有一郎くんの応急処置をして、無一郎の元へ行くしかない。私は医者の娘。大丈夫、絶対に助けてみせる。

「………薫、」

外から聞こえて来るのは鬼の断末魔ばかり。きっと無一郎が何度も痛めつけてるんだろう。鬼の断末魔を聞くたびに、無一郎の無事が分かって安心した。

「喋らないで、有一郎くん。大丈夫だから、大丈夫だからね!」
「…そう言ってるお前は、なんて顔してるんだよ」
「え、」

鬼に喰われてしまった腕からの出血が止まらない。どうすれば、どうすれば彼を助けられる?このままでは、失血死してしまう。

______鬼の血がまざってる…?

「っ!」

ハッとなり、ガブリと左掌にかぶりついた。犬歯が突き刺さり鋭い痛みが走った後、ポタポタと血液が流れ落ちる。私はそれを口の中に含み、有一郎くんの唇に移した。

「……、馬鹿が」

ゴクリ、と飲み込んだ音が聞こえた後、彼の顔を覗き込む。転んだ時に出来ていたであろう、額の傷が消えていった。よし、これは使える。私のこの呪われた身体で、彼を助けられる!

「有一郎くん!」
「やめろ、こんなクソ不味いの飲めるか阿保」
「だって!!」
「お前に何かあったら、無一郎が悲しむだろう!分かれよ!」
「有一郎くんがいなくなる方がダメだよ!!」
「うるせぇ…弟を…むい、ちろを…頼む…!」

うつ伏せになっていた有一郎くんが、片腕の力で上半身を起こして、私を包み込んだ。悲痛な声が、私の鼓膜を刺激する。ポロポロと涙がこぼれ落ちて、有一郎くんの服を濡らしていった。

「嫌だ、嫌だよ…有一郎くん…」
「酷いこと、ばかり言った…俺の側から、離れて行くことも…出来た癖に、お前達…が、いなくならないから…甘えていたんだ…」
「有一郎くん、諦めないでよ!」
「罰が当たったんだ…。薫と無一郎はそんな風になって欲しくない。俺より、うんと長生きしろ。絶対だからな。お前ら2人で幸せになれ。」
「………」
「返事も出来ない馬鹿なのかよ。」
「わかったよ。」

か細い声でそう返すと、しっかりと聞こえていたのか、彼はフッと微笑んだ。やがて朝日が登って、外からの声が聞こえなくなった。うつ伏せになったままだと苦しいだろうから、ゆっくりと仰臥位にしてあげた。ヒューヒューと荒い息を繰り返す彼の体位を変えたり、絡んだ痰をかきだしてあげることしかできない。

「兄さん…」

ボロボロになった状態の無一郎が這って戻ってきて、有一郎くんの手を握った時、有一郎くんの意識は朦朧としていた。

「兄さん…薫…、兄さんはどうなの?」

その問いに、何も返してあげられなかった。

「…神様、仏様。どうか…どうか…弟と薫は助けて…ください…。弟は…俺と違う…心の優しい子です…。薫は…自分の身を犠牲に、して…他人を、考えれる、子です…。弟の…人の役に…立ちたいという…のを、俺が邪魔した…」
「兄さん…」
「悪いのは俺だけです…罰を当てるのなら…どうか…俺だけに…2人には…幸せに…なって欲しい…。分かっていたんだ、本当は…無一郎の無は、無限の無なんだ…」

その言葉を最後に、有一郎くんの脈が触れなくなる。私は慌てて胸骨圧迫をはじめた。無一郎が、お願い兄さんを助けてと言う。分かってる、私も助けたい守りたい。また、3人で笑い合いたいって、そう思ってた。誰よりもお互いのことを想い合える素敵な兄弟が、どうしてこんな目に合わないといけないんだ。私にとって、なによりも特別な存在である彼等が、どうして。

「戻ってきて!戻ってきてよ、有一郎くん!!」

ポロポロとこぼれ落ちる雫を、いつも止めてくれたじゃないか。言葉はキツかったけれど、叱咤してくれてた。泣くと不細工だと言う言葉に隠された意味だって、わかってるんだよ。

______お前は、笑ってる方が良い。

一回きりしか、いってもらったことはないけれど、私はその言葉がとても嬉しかったから、覚えているよ。もう一度名前を呼んで。そうしたら、私も笑ってみせるから。

「有一郎くん!!」

結局、有一郎くんが私の名前を再び呼んでくれることはなかった。私は、あまね様達が来るまで、ずっとずっと人工呼吸を繰り返していた。この日を境に、私は、泣き虫な自分にさようならを告げることとなった。

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