ラララ存在証明 | ナノ

  昔の幻影に祈りを。


こんなにも、この2人を怖いと思ったことはない。


「薫ちゃん。貴女の胸元にこんなものが入っていたんですけれど、此方は一体何でしょうか?成分を調べてみたんですが、健康な人体に影響を与えかねないようでして…もし差し支えが無ければ教えていただきたいのですけれど…もしかして、何か病を患っている訳ではありませんよね?」
「ち、違います…。」
「それは良かったです。ですが、そうなると貴女は毒を飲んでいたと言うことになりますよ。それとも何か別の作用でもあるのでしょうか?薬剤は沢山ありますから、効力にも個人差がありますよね。私が知らないものがあってもおかしくは無いのですが、そう言う時は一緒に共有し合った仲ではありませんか。何故、今回は教えていただけなかったんでしょう?」
「そ、それは…」
「それに最近、屋敷にも来てくださらなくて、私とっても寂しかったんですよ?」

ドンドン近づいて来るしのぶさんの顔から、必死に逃れようと、これでもかというくらい仰け反った。それでも近づいてくるのを止めないしのぶさん。さらに追い討ちをかけるような笑顔!怖い、怖すぎる!!私は助けを求めるように、伊黒さんへと視線を移した。

「胡蝶…少し落ち着け」
「あら、おかしなことをおっしゃいますね、伊黒さん。私はとても落ち着いていますよ。」

伊黒さんは深い溜息を吐いた後、しのぶさんの横に腰を下ろした。

「諦めろ。隠しているお前が悪い。」
「師は…」
「俺はもうお前の師範ではないが?俺の側に置いていた時に、あれ程体調管理については咎めていたのだが、お前のその出来の悪い頭では理解できていなかったのか?え?」
「伊黒さ…」
「それで、このザマなら笑えんぞ。俺はそんな風に育てた覚えはない。」

ペチンと額を叩かれた。久しぶりに受けた叱咤に胸から熱いものがこみ上げて来る。分かっている、こんなことをしていたから負けたのだ。大事な人を失ったのだ。私が頑張ってきたこの3年間は、何だったのだろうか。柱になっても、先輩の柱たちに守られているばかりではないか。せめて、自分のことは自分で解決しようとしていただけなのに。どうして、うまくいかない。私はただ強くなりたいだけなのに。大事なものが離れていかないように、守りたいだけなのに。

「…、……ごめんなさい。」

______もう泣かないようにしよう。

「伊黒さん、少し言い過ぎではありませんか?」
「お前がそれを言うのか…」
「先程目醒めたばかりでしたものね。」

よしよし、としのぶさんが私の頭を撫でた。私は零れ落ちそうになる雫を必死で押さえ込む。

「悪いが少しこの馬鹿と2人にしてもらえるか。」
「そうですね、その方が良いかもしれませんね。」

ふんわりと優しい香りが私の頬を撫でた。

「貴女が何をそんなに隠そうとしているのかは分かりませんが、吐いてしまった方が楽になれることもあるでしょう。私達は、貴女の味方なのですから。」

では、としのぶさんが部屋を出て行く。伊黒さんはその様子を見届けた後、深い深い溜息を吐いた。私のお腹へとおろされた鏑丸が、私の顔を覗き込む。
 
「俺は、間違ったことは言ってないからな。」
「分かってます…」

鏑丸が、私の首元に登って、その舌先で優しく私の頬を刺激した。

「ごめんなさい」
「俺が聞きたいのは謝罪ではない。」
「………」
「また黙りか、この馬鹿弟子。」

だって話してしまうのが怖いのだ。全てを曝け出して、嫌われてしまうんじゃないかって。そう思うんだ。

「…嫌いませんか?」
「は?」
「私の話を聞いて、師範は私のことを嫌いになったりしませんか?」
「嫌われるようなことを隠してるのか、」
「………」
「また黙りか。」

とうとう零れ落ちた雫を止める術は持ち合わせていない。自分で撒いた種なのに、私はもうどうして良いか分からないのだ。伊黒さんはそんな私を見て、何故か少し目を見開いた後、再度深い溜息を吐いた。

「…時透も知らないのか。」
「今の無一郎は知らないです。でも、」

記憶障害になる前の無一郎は知っていた。知っていた上で、

______大丈夫だよ。それでも僕は薫が好きだよ。

「………分かった。」
「伊黒さん?」
「嫌わないと約束するから、話せ。お前を泣かしたと甘露寺に知られる訳にはいかない。」

______薫は、1人じゃないんだよ。






20200430

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