意思をしいたレール
目の前に広がる血の海。自分の身体もそれを浴びたのか真っ赤に染まっていた。掠れた声で家族の無事を求めて呼んでいた気がする。だけど、聞きたいと思っていた声は聞こえてこなかった。気がつけば、見たこともない天井があって、見慣れない風景の中、布団を被せられて横になっていた。私の親戚だという人々は、異物を見るような目で私をみる。そして、口々に言うのだ。

__近づいてはならん。呪われるよ。そして、消される。

待ち受けていたのは、暗い蔵の中に監禁される生活だった。大した食事も貰えず、気がつけば知らない蔵へとたらい回しにされる。何年も日の光を浴びない生活があった。涙はとっくの昔に枯れてしまった。両親が死んでしまったのだと聞かされてからは、もっと地獄だった。このまま死んでしまおうかと思って、舌を噛みきろうとしたとき、胡散臭い笑みを浮かべた青年が、私に手を差し伸べた。

「お前、俺と一緒にくるか?」

もうどうでも良いと思っていた。要らない存在ならば、せめて、要ると言ってくれる人の元へ行くかなんて、流されるままに手を取る。

「梓、おいで」

広げられた両腕の中に飛び込んで感じたのは、久しぶりのぬくもりだった。







私に手を差し伸べてくれたお兄さんの名は五条悟という。五条さんは、私を小学校に通わせてくれたり、金銭的援助をしてくれたり、身の回りの世話を焼いてくれた。どうして私が蔵に閉じ込められて、親戚をたらい回しにされたのかということも、私の両親の身に何が起きたのかも全て知っているようで、それでいて力になってくれるという。

"最初に感じたのは申し訳なさだった"

記憶障害にでもなっているのか、両親と暮らした日々の記憶はとても朧気で、頭に靄が掛かったような感じだった。思い出そうとすれば過呼吸を起こし、その度に五条さんに迷惑をかけてしまうので、自然と思い出さないようにしていた。

「任務になんか出なくていいさ」
「でも…申し訳なくて…。それに疲れているとぐっすり眠れるし…働きたいんです…」
「梓…お前、」
「行かせてください。じゃないと、わたし、こわいの」

"次に感じたのは失うことの恐怖だった"

あの頃の私は信頼しているのは五条さんくらいで、五条さんがいなくなれば、生きていけないと言っても過言ではなかった。そんな心配しなくても五条さんは、とても強いけれど、そんなこと小学生の私には分からなかった。

「そんなに生き急いで何がしたいの」
「別に、ただ、何かしてないと落ち着かない」
「本当にお前、呪術師に向いてないな」

呆れたような笑みを浮かべながら、結局は折れてくれた。そうして私は、小学生という若さで任務に駆り出されるようになった。呪霊を祓って祓って祓い続けて、気がつけば義務教育を終える年齢に差し掛かったとき、進路をどうするのかと問われた。

「高専になんか、行かなくても良いでしょ?行く意味あります?」

独学で呪いの祓い方は学び続けている。中学を卒業する頃には、2級呪術師にまでなっていた。

「梓には、仲間を作って欲しくてね」
「そんなもの…」

そんなもの必要ない。新たに差し伸べられた手をはね除ける。

「必要かどうかを決めるのは、早すぎるだろ。僕からすれば、梓に仲間は必要だよ」

そう断言した五条さん。それが気にくわなくて、睨み付ける。拳を握りしめれば、爪が食い込んでしまうくらいの力になっていた。それを制するように、やんわりと両手を包み込まれる。

「梓。君は呪術師に向いていないよ。だから、高専に入る必要がある」
「勝手なことばかり言わないでください!今まで散々隠し事もしてきて、私がそれを暴こうとすれば躱し続ける!失った記憶を取り戻したいと言っても、その内になんて誤魔化して、肝心なことは言ってくれないのに!分かりませんっ!五条さんが何を考えているのか、私に道を指し示すならば、教えてください!」
「それは、まだ早いかな」
「ほら、あなたはいつだってそうだ!ズルい…!」

ポロポロと涙がこぼれ落ちて、その途端に息が荒くなってしまう。ヒューーヒューと喘鳴が出て、苦しさに身をよじらせると、温かな両手が私の頬に触れた。口の中に錠剤が放り込まれて、水の入ったペットボトルを押しつけられる。

「お前なんて、まだ子供だから甘えりゃいいのにな。いつだって自分でなんとかしようとする。僕が、あまり休めていないから、心配してくれてたんだろう?」
「…当たり前、じゃないですか。心配して、何が、悪いの」
「僕はさ、最強だから、梓の側にずっと付いててやれない」
「ずっと、付いて、て欲しいなんて、言った、ことない!」

呼吸を整えながら必死に言葉を続けると、困ったような顔をされる。嗚咽混じりの声は、自分が何を言っているかも分からないくらい酷い物だった。それなのに、五条さんは困ったように、やさしく笑ってくれた。そんな顔をさせたかったわけではない。

「梓はさ、優しいから。その優しさを僕以外の人にも向けるようになれば良いよ」
「……は?」
「何でも1人でやろうとしなくて良いからさ。そんなに僕の力になりたいと思うんなら、高専へおいで。今は分からなくても、いつか分かるようになるから。だから、梓」

_______梓、おいで

いつかのように広げられた両腕の中に、再び飛び込むと、ヨロッと身体がよろけた。大きくなったななんて笑いながらも、しっかりと支えてくれるその力は、相変わらず変わらない。大事な物なんて増やしたくもないのに。それに人付き合いは苦手だから、上手いこと立ち回れる自信も無いのに。いつだって肝心なことを教えてくれないこの人に、また騙されるような形で、高専の門を叩いたのだ。


この選択が、正しかったと知るのに1年掛かることを、私はまだ知らない。









20210106
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