ああ、ただ、そのままで
みんな疲労も溜まっているだろうということで、本日はゆっくり休んで、野球は明日するということになった。

その夜。私は2年生のグループラインに[談話室に集まれないか?]というメッセージを送った。誰も居ない談話室に1人だけぽつり、と佇んでため息を吐く。明日の交流会が終われば、動かなければならない。でも、それを内緒にしているとみんな怒るだろう。できれば巻き込みたくはないとも思ったけれど、立場が逆になったとき、巻き込んで欲しいと思う。だから、みんなに話すことにした。

ヴーヴーとスマホが振動する。みんな1つ返事で来てくれるようだった。自販機に行って、みんなが好きな飲み物を買う。記憶が正しければ、各々の好みの筈だ。

「…おせーよ、梓」
「呼び出しておいて居ないとは思わなかったぞ」
「おかか」

自販機から戻ると、みんなが集合していた。この場に、乙骨くんがいないことが残念だけれど、こればかりはどうすることも出来ない。時が来て動くときには、メッセージだけ送ろうかなと考えて、それは遺書みたいじゃないだろうかと思ってしまった。

「飲み物買いに行ってた。好きなの取って」

適当にバラバラとテーブルに置くと、私が想像していた通りの物を各々が手に取ってくれたので、それが少し嬉しい。

「で、なんだよ話って?」

狗巻くんの隣が空いていたので、私は自然と其処に腰掛けた。腰を下ろした途端、真希ちゃんが早く話せと言わんばかりに話題を振ってくれる。

「交流会が終わったら、私たち2年生で1日休みを貰うんだけど…。あ、休みと言えば休みだけど、多分休みじゃなくなるかもしれない…」

怪しい笑みを浮かべた五条先生の顔が思い浮かんだ。みんなには、迷惑なことかもしれない。だけど、1人で行動するなと言われている。そこで、良くないことが起こる可能性もあるかもしれない。だけど、頼りたいと思ったから。

「だーもう!何が言いたいんだよ!」
「落ち着け真希」
「ツナツナ!」

真希ちゃんは、まどろっこしいのが嫌いなので結論から話して欲しいようだ。言うって決めたのに、いざという時に踏ん切りが付かないのは私の悪い所だと思う。私は1度深呼吸をして、

「……交流会が終わったら、私の実家に一緒に行って欲しいの」

ようやく言葉にした。まず、第1段階クリアだと肩を落とす。

「……で?」
「梓の実家と言えば、確か鎌倉にあるんだったか?」
「………」

3つの視線が、理由を述べよと言わんばかりに向いてくる。

「私が小学校上がるまで住んでいた家の取り壊しが決まったの」
「へえ?」
「だから、無くなる前に、見ておきたいというのが1つ」

思い出すと、苦しくて辛くて悲しくなって。呼吸の仕方が分からなくなるから、敢えて思い出さないように閉じ込めた。閉じ込めたせいで、大事なことも、多分忘れてしまった。それが、記憶喪失になるきっかけの1つになったと思う。

「あと、昨日、これは多分なんだけど、両親の仇に会った」
「は?」
「記憶が断片的だから、正しくないかもしれないけど、多分そうだと思う」
「おかか!」
「うん、曖昧なこと言ってごめんね」
「おかか!こんぶ!!」

焦ったように私を見つめてくる狗巻くん。大丈夫だったのか?と言いたいのだろうということは安易に想像できた。真希ちゃんとパンダくんに至っては、何故それを先に言わないと言わんばかりに、私を見ている。

「最近の私の不調は、それが原因だと思う」

それは、断言できる。

「ちゃんと過去と向き合って、もっと強くなりたいの。だから、我儘を言って申し訳ないけど、助けて欲しい…です。お願いします」

テーブルに両手をついて、まるで土下座をするかのように頭を下げた。もしも、みんなが嫌だと言えば1人で行こうと思っている。止められるかもしれない。そうなれば、誰にも告げずに行こう。

「嫌…とでも言うと思ってんのかよ」

はあ…と盛大なため息が振ってきた。顔を上げれば、呆れたような顔をしている真希ちゃんが目に入る。その横に座っているパンダくんが、そんな真希ちゃんをフォローするように口を開いた。

「頼ってくれてありがとうな、梓。みんなで行こう」
「明太子」

__頑張ろう
隣に座っていた狗巻くんが、そっと私の背中を撫でてくれた。その途端、胸が熱くなって、瞼がじんわりと湿っていく。動揺したような顔をしたみんなに向かって、なんとか笑みを浮かべた。

「違うの…多分、とても嬉しいの。ありがとう、みんな」

そう言葉に出せば、安心したように肩を落とされる。

「んなことで泣くなよ!」
「とか言いながら真希の目も潤んでるぞ?」
「しゃけー」
「うっせ!!つーか、その前に明日の交流会だろ!!」
「はは、照れてるな真希」
「しゃけしゃけ」
「うるせーよ!パンダも棘も人のこと言えねーくせに!」

真希ちゃんのこの表情は少し新鮮で、面白くなったのかパンダくんと狗巻くんが、そんな真希ちゃんをからかっている。いつもの空気に戻ったことに、ほっと安堵の息が漏れた。

「憂太はどうするんだ?」

不意にパンダくんが、そう聞いてきた。

「乙骨くんは、海外にいるから…。一応、みんなで私の実家に行くと言うことは話しておこうと思う。もし来れるなら、来てくれたら心強いんだけどね」
「…すじこ」

__難しそうだな

「そうだね。まあ、多分何もないだろうし大丈夫だよ」
「憂太にはメッセージか。何か遺書みたいだな」
「パンダくん!縁起でもないこと言わないで!!」
「おかか!!」
「そうだぞ。ただ実家に行くだけなんだからな」

頭にそれが過ぎったことは、黙っておこう。薄々みんなも分かってると思う。ただ、実家を訪問するだけでは、済まないだろうということは。それでも、来てくれるって言ってくれている。ならば、頑張るしかないだろう。

「……ツナマヨ、しらす」

__大丈夫、守るから

ボソッとひそひそ話をするように、狗巻くんが私の耳元に口を近づけて言った。その言葉の意味が理解出来た途端、ぼっと顔が熱くなる。

「なんだなんだー?棘なんて言ったんだ?」
「しらすって聞こえたな?私たちには使わないくせに。2人だけの愛の呪文か?」
「「違う/おかか!!」」

ムキになって言い返した途端、ぷっと笑いが吹き出る。この居場所をなくさないために歩こう。悔いの無い死を迎える呪術師はいないと言うけれど、それは、不確定な未来だと思うから。



20201221

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