夜明けを祈るばかりである
ぐわんぐわんと頭が揺れる感覚がした。酷く気分が悪いのに、何かにやさしく包まれている感覚もあって、それが、私に安心感を与えてくれているような気がした。

「う…」

呻き声を小さく漏らすと、揺らぎが収まる。

「高菜!?」

はっきりと聞こえてきたおにぎりの具は、私の身を案じていた。大丈夫?という言葉が、美味しそうな具なことに、なぜか笑いがこみ上げてくる。発している本人は至って真面目なのだから、笑ってはいけないので必死で表情筋を固まらせた。

「いぬまきくん…」
「いくら、たかな?」

__痛いところはない?大丈夫?

「うん、大丈夫。ごめん…」

抱き上げられていた身体が、ゆっくりと地面に下ろされた。状況を確認しなければと思い、疑問を口にしようとすれば、狗巻くんが焦った顔をした後、私の腕を引いて走り出す。話をしている時間はなさそうだ。ようやく"耳"が機能しはじめて、特級呪霊が、私たちを追いかけていることに気がついた。

「♪〜 旋律呪法、第5楽章」

トランペットを吹きながらタンバリンを鳴らして旋律に呪いをのせる。ふんわりと私たちの身体が空へ吹き上がった。さらに加速させて、上空へと逃げる。空に上がれば、下の様子もよく分かるだろう。

「…!」

何かに反応した狗巻くんが、私の身体を後ろから包み込んだ。だけど、私は演奏の腕を止めることは出来ない。音が鳴らなくなれば、技の発動が消えてしまう。

ゴゴゴゴゴ………

急速に木が生長して太い枝が私たち目掛けて伸びてくる。

「なんだこれは!!」
「!!狗巻先輩!?」

地上の方から、加茂先輩と伏黒くんの声が聞こえてきた。

「逃げろ」

狗巻くんは、そんな彼らに向かって呪言を放つ。私と狗巻くんは、特級呪霊から距離を取りながら、加茂先輩と伏黒くんの元へ向かった。

ストンッ…と地上に足を降ろすと、加茂先輩と伏黒くんが寄ってくる。知らない間に"帳"まで降りているのだから驚きだ。ゲホゲホっと湿った咳を漏らす狗巻くんの背中をさすりながら、私たちは2人と合流した。

「何故高専に呪霊がいる。"帳"も誰の物だ?」
「多分、その呪霊と組んでる呪詛師のです」
「?何か知ってるのか?」
「以前、五条先生を襲った特級呪霊だと思います。風姿も報告と近い」
「ツナマヨ」

伏黒くんの言葉を聞いた狗巻くんが、とりあえず、五条先生に連絡しろと伏黒くんに言った。その光景を見た加茂先輩が、目を見開く。

「ちょっ…と待て。君は彼が何を言っているのか分かるのか?」
「今そんなことどうでもいいでしょ。相手は"領域"を使うかもしれません。距離をとって、五条先生の所まで後退__」

息つく間もなく、呪霊が私たちの背後に立った。

「旋律呪法、第2楽章」

♪〜

放たれた旋律から、五線譜が流れ出し対象物を拘束しようとしたが、弾き返される。

「ちっ」
「動くな」
「赤血操術"苅祓"」

各々が距離を取りつつ呪力を放つも、まるでダメージが与えられない。木の呪霊だと思っていたが、流石特級と言うべきか、装甲が固すぎるみたいだ。それに加えて先ほどからずっと聞こえてくる意味の分からない言葉が、とても不快だ。

"やめなさい愚かな児等よ"

「………っ…」
「須藤先輩っ!……気持ち悪ィな!」

ようやく理解できる言語に変わったかと思えば、意味が理解出来る分、さらに気持ち悪さが加速していく。倒れそうになる身体を1番近くにいた伏黒くんに支えられた。頭が割れるように痛い。体調が不安定な中、呪力を使いすぎたかもしれない。

"私はただ、この星を守りたいだけだ"

「呪いの戯言だ。耳を貸すな」
「低級呪霊のソレとはレベルが違いますよ。それに、俺達はともかく、須藤先輩は…常人よりも"耳"が良い分、ダメージがデカい」

"森も海も空も、もう我慢ならぬと泣いています。これ以上人間との共存は不可能です。星に優しい人間がいることは、彼らも知っています。"

"しかし、その慈愛がどれだけの足しになろうか。"

"彼らはただ、時間を欲している。時間さえあれば星はまた青く輝く。人間のいない時間。死して賢者となりなさい。"

「…っ…、」

だらり、と身体に力が入らなくなった。特級な上に、私とは相性が悪すぎる。伏黒くんが、直ぐさま私の身体を抱きかかえてくれた。

「須藤先輩!しっかりしてください!」
「…ん、ごめん。」

懐に手を伸ばして、ハーモニカーを取り出した。一緒に入れていたのど飴が手に触れたので、狗巻くんに投げつける。丁度、喉薬を飲んでいるところだったようだ。

「ツナマヨ」

__ありがとう

「来るぞ!!」

口元にハーモニカを運んで、なんとか息を吹き込む。

♪〜

「止まれ」
「白斂"穿血"」

加茂先輩の一撃がなんとかダメージになったようで、呪霊の動きが止まった。だけど、それも、いつまで持つか分からない。

「急げ。どうせすぐ治してくる」
「ゴホッ」

言語が分からなくなったとは言え、未だに響いてくる声。とりあえず、私と狗巻くんで呪霊の動きを止めて、こうやって距離を取りつつ"帳"の外を目指し、上と合流するしか方法がない。私たちでは、この呪霊に敵わないのは明らかだ。

「♪〜、旋律呪法、第2楽章………気休めに、しか、ならな、けど…」

動かなくなった上から、旋律を放ち、五線譜で拘束した。ゼーゼーと漏れる喘鳴が肺に限界が迫っていることを主張する。後輩に抱えられて、ようやく助太刀が出来ているという状況が情けなさ過ぎて、歯がゆい。

「大丈夫ですか、須藤先輩」
「……な、んとか」

ゲボォッ…そう言った矢先から、血反吐が出てしまう。説得力の欠片もないけれど、伏黒くんは何も言わないでくれた。

「狗巻先輩が止めてくれる。ビビらずいけ」

鵺の式神を放った伏黒くんが、そう激励した。もう何度目かも分からない攻防に、膝をついたのは狗巻くんだった。カバーに入らなければ、と再びトランペットを一吹きして、五線譜を流す。

ドッ……ヒュンヒュンッ……

動きがようやく止めれたかと思った途端、蹴鞠のような物が容赦なく飛んでくる。伏黒くんが、私を庇いつつ、なんとか避けた。

「生きてますか!!加茂さん!!」

応答が返ってこない。ジワジワと焦りがこみ上げてくるけれど、それでも、なんとかしなければと思い、再びトランペットに口を付けた。息を吸った途端、肺がジリジリと痛む。それでも息を吹き込もうとしたところで、手を掴まれる。顔を上げると、狗巻くんが止めろと言うかのように首を横に振った。そして、狗巻くんは、私の頭を優しく撫でた後、伏黒くんの肩をポン…と叩いた。

「狗巻先輩!!それ以上は…!!」
「ぶっとべ」

今までで1番強い言霊を放った狗巻くんによって、特級呪霊が吹き飛ばされていく。だけど、それは狗巻くんも同じで、相応のダメージが彼を襲い、バタリと倒れた。

「い、ぬま、き…くん…」

ハッとなった伏黒くんが、狗巻くんの元へ私を運んでくれる。意識のない狗巻くんの横に私を下ろした後、吹っ飛ばされた呪霊に向かって一目散に駆けていった。

「ふしぐ、ろく…」
「真希さんが近くに居るのが見えたんで大丈夫です!須藤先輩は、狗巻先輩と加茂さんのことを頼みます!!」

ふと呪霊の方に目を向けると、真希ちゃんが構えているのが確かに見えた。私は、伏黒くんの言葉になんとか頷いて、とりあえず、狗巻くんの状態を確認する。

「狗巻くん…!しっかりして…!」
「………ゲホッ」

血反吐を吐いた狗巻くんが誤嚥しないように、狗巻くんの身体を横に向ける。屋根瓦を適当に積み上げて、仰向けにならないように狗巻くんの体勢を支えた後、加茂先輩の姿を探した。

加茂先輩を見失った辺りまで這っていくと、思いの外、私たちの近くに居たようで、頭から血を流している加茂先輩を発見した。とりあえず、ポケットに入れているハンカチを取り出して、出血している頭部を抑える。すると、傷が深いようで、なかなか血が止まらない。私は、長ズボンを膝の辺りまで破り、それを包帯代わりにして頭に巻き付けて固定した。

そんなことをやっていると、空から美しい魔女もとい京都校の西宮先輩が飛んできた。

「救出に来たんだけど…」

ボロボロの私たちを見て、若干引き気味だけど、そんなこと言ってられない。

「男2人、一緒に運べたりします?」
「アンタ、初対面で滅茶苦茶言うのね」
「どっちも、かなり重傷なんですよ…強いて言えば、加茂先輩の方が危険なので、1人ずつしか無理なら加茂先輩からお願いします」
「誰が、無理っつったのよ!」

余裕だわ、と笑う西宮先輩に、ならお願いしますと頭を下げた。

「アンタは?」
「私は、自力で帳の外まで行きます」
「あっそ。加茂くんのお礼に良いことを1つ教えてあげる。あの"帳"対五条悟用で出来てるから、私たちは問題なく出入りできるの」
「……そうなんですね」

そう言って、西宮先輩のホウキに加茂先輩と狗巻くんを乗せるのを手伝う。不意に過ぎったのは、狗巻くんの最後の渾身の一撃だった。私が、やっていれば、救出がこんなに大変にならなかったんじゃないか。ネガティブなことばかり考えてしまう。

「なんて顔してんのよ」
「…いえ。不甲斐ないな、と」
「は?」
「………応急処置はしてあるので、大丈夫だと思います。加茂先輩は頭を打ってるので運ぶ際は、なるべく慎重にお願いします」

もし、反転術式を会得出来ていれば、この場で治してあげられたのだろう。4月から、修行しはじめて、もう5ヶ月。悔しい、そう思わずには居られない。

「……、」

西宮先輩は何か言いかけて、止めた。そして、何も言わずに上空へと飛び立つ。私は、それを見届けた後、真希ちゃんたちの気配を探った。近くに強い仲間の気配を感じる。東堂先輩辺りだろうか。助太刀に行きたいけど、こんな状態で行けば足手まといにしかならないだろう。そう思うと、どうしようもなく悔しかったけれど、なんとか足に力を入れて、帳の方へと歩を進めた。





20201217

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