確かなものなんて1つもない
ようやく見えた人影を捉えて、ゆっくりと近寄る。周りの気配を探り、敵がいないことに安堵の息を漏らした後、わざと足音を立てた。すると、私が探していた人物が、くるりと私の方を振りかえる。その瞬間、

「狗巻くん、何してるの?」

と声をかけた。私たちが立てた作戦では、狗巻くんは、野薔薇ちゃんとパンダくんと行動しているはずだ。だけど、周りにその2人の気配がない。

「ツナ、」
「何かあったんだよね?ごめんね、電話に出れなくて」
「おかか」
「うん、ありがとう。それで、何があったの?」

真っ直ぐに見つめて首を傾げる。

「…いくら、めんたいこ、おかか」

__京都の奴ら虎杖を殺すつもりらしい

「!それで、みんなで救出に?」
「しゃけ、おかか」

__そうだ。俺以外だけど

「………成程ね」

狗巻くんは、肩を落としていた。大方、彼も虎杖くんの救出に行きたかったんだろう。私たちの中で1番階級が上で、実力者である狗巻くんを救出に行かさなかったのには、きっと訳があると思う。真希ちゃんやパンダくんなら、どう考えるだろうか。うーん、と思案した。

「めんたいこ、めんたいこ…!」

__さっさと呪霊を片付ける

爪が食い込むのではないか、というくらいの強さで拳を握りしめた狗巻くん。任務前に必ず言う具を何度も繰り返していた。ああ、酷く怒っているなというのが、ひしひしと伝わってくる。

団体戦で放たれている呪霊には限りがある。それを全部祓ってしまえば、団体戦は終わりだ。団体戦さえ終われば、虎杖くんを事故に見せかけて殺すのも難しくなる。ただ殺すのではいけない。そんなことをすれば、京都の人たちは呪詛師扱いになる。"事故に見せかけてが重要"なのだ。

「そういうことね。了解だよ」
「ツナマヨ」

__絶対助ける

狗巻くんは、誰よりも仲間想いな人だ。それが、言葉には、あまり出てこないので分かりづらいけれど、行動で示してくれる。この想いに触れて、救われる人は何人居るのだろう。

「そうだね。先輩として、後輩は守らなくちゃ」
「しゃけ」
「うん。後ろは任せて」
「しゃけ!」

呪霊の気配を手繰り寄せる。再び"耳"に神経を研ぎ澄ませた。すると、同じ呪いでも、何処かやさしい気配が近づいてくる。

「待って、狗巻くん」

ワフッという鳴き声が聞こえたかと思えば、草むらから黒い狼が姿を現した。この子は確か、伏黒くんの式神だ。

「……何持ってるんだろ?」

狗巻くんは、私の疑問には答えてくれない。その代わり玉犬からスマホのようなものを受け取っていた。そして、意図も容易くパスワードを解除して、誰かに電話をかけはじめる。

「ちょっと、狗巻くん勝手に「おかか」」

シーっとジェスチャーをした後、狗巻くんは、私に耳を塞ぐように言った。何を考えているかは分からないけれど、大人しく指示に従うことにする。何か考えがあってやろうとしてるのは間違いないけれど、もう少し説明とかしてくれても良いじゃないか。恨めしく思いながら、微かな抵抗として、狗巻くんを睨んでおいた。

「ククッ…しらす」
「もう!!分かんないの知ってて、それ使わないでよ」

だけど、そんな私を見て楽しそうに笑うものだから、私は気分が良くない。

RRRRRRR…

『はい、役立たず三輪です』

「眠れ」

一瞬の出来事に目を見開いた。そして、もういいよと言われたので、両手を両耳から外す。スマホからはスースーと寝息が聞こえてきた。

「え、?誰眠らせたの?え?」

スマホ画面を見せられる。電話の相手は三輪霞だと示されていた。狗巻くんは、ふぅと一息漏らした後、電話を切り玉犬を、わしわしと撫でる。そして、私から少し距離を置いて、小さな声で、

「戻れ」

と呟いた。バッチリその声は聞こえてきたけれど、なんとなくすることが分かっていたので、結界で脳を守っていた自分は何ともない。まあ、例え、それを受けていても狗巻くんは、なんとかするのだろうけど。それにしても、まだ、呪霊がうじゃうじゃいる森で眠ってしまった三輪さんは大丈夫だろうか?と少し心配になる。

「………大丈夫かな、眠らせちゃって」
「いくら、めんたいこ」

__教師がなんとかする

「あ、そうか」
「ツナ、いくらこんぶ、ツナマヨ」

__須藤って、優しすぎる時があるから心配

「えー?そんなことないよ」

前に、五条先生に良い意味で呪術師に向いてないって言われたことはあるけれど。それは、こういう意味だったのだろうか、と不意にそんなことが過ぎった。

「!!、狗巻くん」

不快な音が急に、物凄い速さで近づいてくる。焦って狗巻くんの名を呼ぶと、狗巻くんもそれに気づいていたようで、私を庇うように私の前に立った。

ズズズズズ………

「こんぶ…」

__下がって、須藤

ザッザッザンッ

私は、左手を胸元へ持って行き、懐に入っているハーモニカを握りしめた。右手には、既に持っていたトランペットを構える。

ドッ…ゴロン……

「「!!」」

肌にピリピリと張り付く痛み。頭に鳴り響く不快な耳鳴りが告げている。目の前に現れた呪霊は、なにやら言語を発した。その言葉を理解することは出来ない。だけど、明らかに、私たちの分が悪い。なんで、こんなところに??

「……これ、特級じゃ、」
「こんぶ」

__落ち着いて、須藤

トラウマが甦りそうになって、ガクガクと膝が震えた。そんな私を見かねた狗巻くんが、特級呪霊を睨み付けたまま、私の腰に腕を回して、私の身体を支えてくれる。そして、ジィー…と狗巻くんが、首元のファスナーを下ろして、口元を露わにした。

「しゃけ、いくら、明太子」


♪〜

最後狗巻くんが言ったことを読み取る余裕もなくて。でも、逃げるわけにはいかない。私は、トランペットに息を吹き込んで、緊急事態を伝える合図を送った。

「須藤!」

途端に衝撃が襲ってきて、視界が真っ暗になる。狗巻くんが私の名前を呼ぶのが聞こえてきた。ぎゅっと何かに抱き留められる。必死に目を開けようとするが、重くなった瞼は上がらず、そのまま意識は遠のいていった。









20201213
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