認めてくれるだけでいい
狗巻くんは私の腕を引きながら、時折、顔色を窺うように立ち止まってくれる。本来なら、何か話したりしながら帰る方が良いのだろうけど…とは思う。沈黙に耐えかねて、出てくる言葉は、

「ごめんね」

という謝罪の言葉ばかりだった。

「お、おかか!」

そう言うと必ず、気にしないでくれと言ってくれるのに。狗巻くんは、悪ノリするとき以外は、普段割と口数が少ない方なので、私が何か話さないと自然と沈黙が流れることになる。

「困っちゃうよね…こうも不調が続くと…せめて、原因が分かれば良いんだけどなー」
「………」
「京都校との交流会も近いしね!早く元気にならないと、みんなに迷惑かけちゃう」
「………」
「なにか、言ってよ。狗巻くん」
「おかか」
「今日は、おかかの日なの」
「おかか!」

__どんな日だよ。というツッコミを頂きました。それにしても、おにぎりの具だけで、これだけ言葉のレパートリーがあるのは、ある意味凄いなと思う。不意に前を歩いていた狗巻くんが立ち止まった。どうしたんだろう?と首を傾げる。

「いくら、………しらす、」

ためらいがちに出た言葉は、いくらと私が好きだと言った具だ。

「ツ、ツナ、ツナマヨ…め、めんたいこ…!」

__そ、それと無理しないで、頼ってほしい
狗巻くんは、労るように私の髪を撫でた後、ポンポンと自身の胸を叩いて言った。

「うん…後半は分かった。これでも、頼ってるんだよ?伝わってない?」
「おかか!……、」

__そうじゃなくて、
狗巻くんの手が頬に触れる。先ほどまで、パンダくんと組み手をしていたからか、凄く熱かった。それが、貧血のせいで体の冷えている私にとっては、心地よく感じる。それにしても、戸惑いがちに紡がれる言葉の意味は、一体なんだろうか。

「……、し、しらす」

頬に伸びていた手が、背中に回って、抱きしめられる。突然のことに動揺が隠せない。だけど、この行動に言葉を導くヒントが隠されている気がした。

「しらす…!」

__守りたい。

「!………それは、私もだよ」
「ツナ、ツナマヨ?」

__今の分かった?

「ふふっ、しゃけ!私も、狗巻くんのこと守りたいよ」
「!………ツ、ツナマヨ」

__ありがとう

「ありがとうは、こっちの台詞だよ」
「………」
「いつも、気にしてくれてありがとう。これからも、こんな私をよろしくね」
「しゃけ!」

__任せろ!

ゆっくりと狗巻くんの身体が離れていく。それから、部屋の前まで送ってもらって、狗巻くんは再び鍛錬へと戻っていった。私は、布団の中に潜り込んで、顔を埋める。誰かに、あんな風に抱きしめられて、守りたいなんて言われたのは、幼少期以来だ。とても、温かな気持ちになるのと同時になんだか、恥ずかしかった。

________棘からのアプローチだったりしてな

そんな、まさか。でも、もしそうだったら。私は、どうしたいんだろうか。







「お疲れ様ー」

翌日、遅れて練習へと向かうと、真希ちゃんと伏黒君ペア、野薔薇ちゃんとパンダくんペアとなぜか狗巻くんという組み合わせで、鍛錬をしていた。私が来たことに気がついたのか、真希ちゃんと伏黒くんが私の方へと寄ってくる。

「須藤先輩、どうも」
「おせーよ、具合は?」
「うーん、ぼちぼち…あの3人は何やってるの?」

パンダくんが、ひょーいっと容赦なく野薔薇ちゃんを投げているのは良いんだけど、なぜか、それを狗巻くんが受け止めているという光景が目に入った。

「野薔薇は受け身が下手だからな。で、変な体勢で落ちそうな時だけ、棘が受け止めてる」
「あぁ…成程…」

理屈は、分かった。分かったんだけど、なんかモヤモヤするのは、なぜだろう。

「………嫉妬か?」
「えっ!!?」
「先輩達、とうとう付き合い始めたんすか?」
「違う!!な、ななな、なんでそうなるのっ!!?」
「そうすか…」

伏黒君は、はあ…とため息を吐いた。

「悪い悪い、冗談だ」
「真希ちゃん…!最近、この手の冗談多いね!?心臓に悪いからやめてください…」

むぎゅーっと真希ちゃんに抱きついて顔を埋める。恥ずかしすぎて、穴があったら入りたい状態なのだけど、

「熱い離れろ、ウザい」
「ウザいは余計だと思う…」

そう言われて、身体を離された。力では真希ちゃんに敵わないので、どうすることもできない。そうこうしていると、騒ぎ声で私が来たことに気づいたのか、パンダくんたちが此方に寄ってくる。

「よお、梓。具合はどうだ?」
「昨日よりマシかな」
「こんぶー」

__お疲れ
飄々とした雰囲気で此方にやってくる2年生2人に反して、野薔薇ちゃんは疲れ果てたようにぐったりとしている。一体何回パンダくんに投げられたんだろう…。

「ハイ!私、須藤先輩とやってみたい!」
「やめとけ、釘崎。須藤先輩は、体術は苦手だけど、ポテンシャルはお前より上だぞ。それに階級は俺より上だし」
「え!?ッなんだよ、やってみないと分からないだろ!」
「わかる。まず、頭の出来が違う」
「はあ!?」

ハイ!と意気揚々と手を上げた野薔薇ちゃんに、鋭い視線を浴びせながら言い放ったのは伏黒くんだ。

「えっと…まあまあ…喧嘩しないで?」
「梓、お前舐められてるぞ」
「うん、まあ、そうなるのは仕方ないよね」
「おかか!」
「はは、ドンマイ」

真希ちゃんが1年に舐められてどうするんだと憤慨して、パンダくんと狗巻くんには同情の目で見られるけど、客観的に見れば、私になら勝てそうと思われても仕方ないと思う。私が野薔薇ちゃんの立場でも、そう思うだろうし。むしろ、表裏がなくて好印象だ。

「ほら見ろ。この時点で、差が出てる」
「何をォ、伏黒!!」

女子って群れて、影でコソコソ悪口を言ったりするから、そういう子は苦手だったりするんだけど、野薔薇ちゃんのようにストレートでぶつけてくれるのなら、いっそ清々しい。

「野薔薇ちゃん、じゃあ、やってみようか」

ニヤリ、と笑ってそういえば、野薔薇ちゃんは嬉しそうに受けて立つ!と言ってくれた。







結果は、私の勝ち。勝ちと言っても、圧勝なんてものではなく、2人とも結構ボロボロだ。パンダくんたちと練習していたのを見ていた時間が長いので、私の方が有利だったような気がする。

「野薔薇ちゃんは、やっぱり受け身が苦手だよね。攻撃の速さは私よりも鋭いけど」
「………クソ、悔しい!!」
「転んだ後、立ち上がるまでの時間が、あまり早くないから、私から取れなかったんだと思う。例えば、なんだけど…」

スッと野薔薇ちゃんの後ろに移動した。そして、腰の辺りに手を添える。

「この状態から、私に攻撃するなら、どうする?」

私にそう質問されて、野薔薇ちゃんはしばらく思案した。まあ、色々やり方はあるんだけど、と見守っていると、グイッと足が跳ね上がる。蹴り飛ばそうという算段だったらしい。

「うん…それだと、予測できてて避けれるよ」
「……ッチ」
「野薔薇ちゃんが私に勝ってるものって何だと思う?」

野薔薇ちゃんは分からないのか、首を傾げた。

「パワーだよ。こういう場合は、私の腕を掴んで投げると良いよ。私、体術はたしかに苦手なんだけど、それは、パワーが他の3人に劣るからなんだよね。だから、速さなら、負けるつもりないよ」

昔から、筋肉がつきにくい体質のようで、どれだけ鍛えても、こればかりはなかなかだ。

「須藤先輩、走るの速いからな」
「狗巻くんには負けるけどね」
「身軽だから、すばしっこいのか…」
「うん、まあ、そんな感じかな?」

やり合ったおかげとは言わないけど、野薔薇ちゃんとの距離が少し縮まった気がするので、今日の鍛錬は良しとしよう。






20201125


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