「…という出来事があったわけでさあ」
「何でわざわざそんなことを俺に報告するんですか」

大学構内で羽鳥の姿を見つけて、その襟首を掴んで部室に引きずりこんだのは数十分前の出来事。その後嫌そうな表情を浮かべる彼を無視して、語りだすは先日の俺の不幸。聞いているのか聞いていないのか、それすら無視して延々話せば、とりあえずは反応を見せてくれた。その反応の中身というのは、何とんでもないことをぺらぺらとしゃべっているんですか、という軽蔑のそれではあるけれど。

でもそんなの平気だもんね、慣れてるもんね。お前のそんな視線に一体何年付き合ってきたんだと思ってるんだい、という態度をしばらく取っていたら、いよいよ羽鳥も観念したらしい。せめて通りすがりの人に聞かれないようにトーンを落とせと申してくる。ここ二階の奥の部屋だし、隣の部屋は空き室なんだから誰かに聞かれる心配なんてないのに、とは思うのだけれど。聞かれて困るのは自分達じゃなくて、あの二人だ、なんて言われると否応なしに従ってしまうわけで。こいつ普段はポーカーフェイスの癖に、内面のおおよそは優しさで出来ているんだよね。お前のそういうところ、本当に好きだよ。勿論、言葉にすることなんて永遠にないのだろうけど。だって、好きなものを好きだと後先考えずに口にするだなんて。そんなの、ガキじゃあるまいし。

「仲が良いことはいいんだけどさ〜。でも、これはちょっとやりすぎじゃない?」
「そういうふうにけしかけたのは木佐先輩じゃないんですか?」
「あー、うん。まあ、そうなんだけど。そうなんだけどさぁ、羽鳥ぃ。だってお前だってそう思うだろ?傍からみたらお互いが好きで好きで、絶対両思いに決まってるくせに、なんだか知らないうちに破局しそうになってたらさ。ちょっかいとか干渉とか、橋渡ししたくなるじゃん。そういうもんでしょ」

その結果が例え自分に不運を招いたとしても、だ。結局なんだかんだいって、あの二人の後輩を自分は酷く気に入っているのだ。ただでさえ人数少ない読書愛好会。何だか自分の我儘とでも思われていそうな入部基準は、本当はこのサークルが創立されて以来続いているもので。断じて自分勝手な選択などではないのだ。ただ、綺麗な子が欲しいと自分が思ったのは事実だけれど。

そんな難解な基準を乗り越えて入部してきた子達だ。可愛く思えないはずがない。友人に連れられてきた嵯峨くんは勿論、自らがこの子がどうしてもうちの部に入ってほしいと願った律っちゃんは尚更なこと。だから、大好きだからこそ、幸せになってほしいと思うものだ。自分が好意を向ける相手には幸福であってほしい。それは無論、今目の前にいる羽鳥も例外ではなくて。

「そういや、羽鳥。例の幼馴染ちゃん、元気?」

何の前触れもなく問えば、ぴくりと羽鳥が僅かに体を反応させた。嵯峨くんも律っちゃんも分かりやすいとは思うけれど、こいつも割りと正直だよな、と少し笑いながら思う。うちの愛好会の中で何を考えているのか本当に分からない人間なんて、エスパー美濃くらいだ。奴は自分の内面をうまく隠して人を騙すのが得意なくせに、人の気持ちを簡単に察するから、始末に終えない。「元気ですよ。いつもと、変わりなく」
「変わりなく、ね」

ということはお前と幼馴染ちゃんの間柄も停滞しっぱなしってことか。勿論そんなことは言わずに、隣に座る羽鳥のいつもと変わりない表情を眺める。どうやらお前にはまだまだ幸せというものが遠く手に届かないものらしいね。数年間お前の先輩をやっている自分としては、可愛い後輩のお前の幸福というものを背伸びしてでもとってあげたいのはやまやまだけれど、そればっかりはうまくいかない。自分にはどうすることも出来ない。

ふと、窓から外の世界を流し見れば、視界の中に噂の二人を発見した。おーおー、律っちゃんも嵯峨くんも、あんなに幸せそうに綺麗に笑っちゃってさ。俺にはそんな笑顔見せたことないよね、と嫉妬がしら内心で文句を言ってみる。そうして、いつの間にかつぶやいていた、良いなあ、という言葉。

「あの二人を見ていると、なんだか恋をしたくなるよね?」
「してないんですか?恋」
「こんな俺が出来ると思う?」
「…努力すれば、何とか」

唐突に話をふったというのに、律儀に後輩くんは返してくれる。努力ね。嫌いじゃないよ、その言葉。でもその言葉が輝かしい意味を持ち始めるのは、その努力の結果夢だとか希望だとかが成就したときだけ。願いが叶わなかったそのときには、努力という言葉は無駄というどうしようもない言葉と結びつき、自分を責めては苦しめる。そういうものなんだよ。でもそれを羽鳥に言えはしないのだ。その努力とやらを、何十年も、そして今も続けている彼にだけは。

「年頃だからさ、色恋の一つ二つあっても当然でしょ」

にたりと笑っていえば、実にさも興味なさそうに、ああ、そうですか、といって羽鳥は視線を外にそらした。きっと見ているものは先ほどの俺と同じ、あの二人の姿なんだろう。好きな人とああなりたいという願望の形そのもの。なんだろうね。こいつのこういうところを見ていると、少しだけ胸が苦しくなる。


形容詞が足りないんだよな、羽鳥。


言葉にはせずに心で彼に話しかける。自分達がしているのは恋愛ではなく、単なる恋。お互いが愛情を注ぎあう恋愛とは違って、恋は常に一方通行。自分達だって良い大人だ。そういう色恋に興味がないというわけでは勿論ない。正直に言えば、「恋」自体はここにいる自分も羽鳥もしているのだ。ただ。その恋が、叶わない、叶いそうもないというだけで。

だからこそ、「幸せな」恋がしたいと思うのだ。心から。

でも多分出来ないと分かっているから、こうして二人で途方にくれるしかないわけで。



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