ざしゅ、ざしゅ、と奇妙な音が耳元で聞こえて、ゆっくりと閉じていたはずの瞳を開いた。

白いベッドの上に眠っていた自分の体は、いつの間にか、その肌触りで分かったのだが、真っ更な土の表面に置かれていた。なんだ、これ。夢か?そうは気づいたものの、身体を動かそうとしても、それは金縛りにあったように固まって動かせない。声を出そうと思っても、からからに乾いていて、声にならない息が喉の奥からヒューと鳴るだけだった。

ざしゅ、ざしゅ、ざしゅ。ああ、また変な音が聞こえる。一体なんだっていうんだ。体は動かせなくても、視線だけは例外らしい。その物音が聞こえる方へと流し見れば、多分男と思われる人間が、機械のように、もくもくとスコップで地面を掘っていた。

何、こいつ。誰?そう思った瞬間に、男は手に掴んでいた道具を手離して、自分に近づいてきた。あっという間に身体を持ち上げられて、気づけば男が彫ったらしい地面の穴の中に入れられていた。一仕事を終えたらしい男は、またもやスコップを手に掴み、今度はその穴に向かって掘り返したはずの土を戻し始めた。その土が、自分の胸元へとどさりと重みを持ちながら、落とされる。そしてそれは腕にも、次第に足にも。


自分が、埋められている。


気づいたときには遅かった。声にすらならない叫び声は、やっぱり誰にも届かない。

僅かに見えていた視界すら、投げ入れられた土にじわじわと奪われていく。誰か、助けて。嫌だ、まだ、こんなところで死にたくない。絶望の中、最後の光りが奪われるその瞬間に、俺は自分を埋めていた男の正体を知り、そして全てを理解した。


あの男は『嵯峨政宗』だ。


土を掘り起こして、その穴の奥深くに自分を埋めて殺した『嵯峨政宗』なのだ。

そして、俺は殺された『嵯峨政宗』なのだ。とうの昔に必要ないと捨てられた、生きていくことも許されなかった、価値のない存在。それが、この俺の正体。

だから、泣きそうになった。昔殺したはずの感情が自分の中に次から次へと蘇り、幼い頃の記憶や家族会議で感じた絶望や悲しみがゆっくりと自分の胸の中を侵食していく。悲しい、悲しい、悲しい。今まで目をそむけてきた感情の全てを目の前に突きつけられて、どうしたらいいか分からなくなる。そうしてどんどん分からなくなって、とうとう涙が溢れた。

自分はただ、誰かに愛されたくて、誰かを愛したくて。それなのに、一番の愛を注いでくれるはずだった家族にすら縋った手を撥ね退けられて。期待しても期待しても、裏切られるばかりで。きっとだから誰も自分なんて必要なくて、生きていてもいなくても同じで。

でも、俺はそれでも生きたかった。誰かに必要として欲しかった。愛されたかった。

だからこうやって心を殺したふりをして、俺は今まで生きてきたのだ。その事実に気づいて、笑って泣いた。なんだ、殺した「俺」も、殺された「俺」も、結局はあの世界に未練たらたらなのではないかと知ってしまって。ああ、もう分かっているさ。本当は、ずっと前からそんなことくらい気づいていた、だから。

だからもう一度だけ、どれだけ傷ついてもいいから、誰かを信じてみたい。自分を必要としてくれる誰かを、俺も必要としたい。自分を愛してくれる人を愛してみたい。過去の自分すら愛して、家族すら振り払ったこの手を誰かに、ずっと優しく、それでも強く繋いでいて欲しい。

泣きながら、懇願するように手を伸ばせば、土の隙間から小さな光が見えた。
それがどんどん大きくなって、暖かな何かが、自分の掌を優しげにゆっくりと触れていく。

―やっと、見つけました。嵯峨先輩。

しなやかな指先を濡れた俺の頬に添えて。ずっとずっと探していたんですよ、と微笑みながらそう言ったのは、小野寺だった。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -