「律っちゃん?ああ、一週間くらい前に辞めちゃったよ」

ここ二、三日小野寺の姿を見ていないがどうかしたのか、と羽鳥さんが木佐先輩に尋ねたその答えがそれだった。相当重大なことをあっさりと告げる先輩に、後輩達は最初はただただ呆然として、そしてすぐに三人でその理由を問い詰めた。

そもそも小野寺は入学当時から海外に留学することが決定していたらしい。おそらく、普段の行動とか言動とかから何処かのお坊ちゃんだろうな、と想像はしていたが、それはおおよそ的中していて。しかもそのご両親は酷く教育熱心な上に、可愛い子には旅させよ、をモットーとしていたそうだ。本来は、彼の大学さえも海外へ入学させる気でいたらしい。けれど愛息子である小野寺の『日本の大学も経験してみたい』という主張を無下には出来ず、結果、一度日本の大学に入って、頃合をみて留学するという折衷案に落ち着いたのだという。

その事を小野寺は最初にきちんと木佐先輩に告げていたのだ。

それでもいいから。数ヶ月でもいいから、うちのサークルに入ってよ、という先輩の熱心かつ強引な誘いに小野寺も流石に断れなかったらしい。留学するまでの間、という条件付で小野寺は読書愛好会の入会をのんだ。勿論、数ヶ月で退会することを他のメンバーには秘密にして。

「律っちゃんが言わないで欲しいってさ。そういうの皆に話しちゃうと、湿っぽくなっちゃうっていうか。そういう気遣いが欲しいわけじゃなくて、律っちゃんはみんなに最後まで普通に接して欲しかったんだよ」

その理由は分からないでもない。分からなくもないが、せめて最後の挨拶くらいしていけばいいのに、と美濃さんが残念そうに言えば、木佐先輩が何も律っちゃんに永遠に会えないわけじゃないんだし、と苦笑いを浮かべた。それもそうだよな、と 羽鳥も先輩の言葉に賛同する。小野寺が日本に帰ってきたら、また皆で迎えれば良い、と口にして。

そんな台詞に一応は同意して頷いてはみたものの。何となく、小野寺はもう二度と帰ってこないのだろうな、と思えた。例え帰って来たとしても、俺には会いにこないだろうし、俺の前に現れる気もないのだろう。だってあいつ自身がそう言ったのではないか。




もう二度と俺に必要以上に近づきません、と。




+++



数日前から体調が思わしくない、と勘付いてはいたけれど、ここに来てようやく身体が限界を迎えたらしい。朝から頭がずいぶんとぐらぐらとするな、と思いながら立ち上がると急激な立ちくらみ。そのまま床に倒れ込みそうな体を必死に起こして、埃の被った救急箱から体温計を取り出して、測ってみれば38.6度。ああ、風邪だ。最近病気なんかしなかったから完全に油断をしていた。

箱の中には絆創膏やら消毒液やらばかりで、鎮痛剤やら解熱剤の類は一切見当たらない。

当たり前か。めったに風邪なんか引かない自分だから、そんなもの購入した記憶もなければここに入っているはずもない。一人暮らしをしているから、誰かの買い置きすら期待できない。

今日は休日だし、丸一日ベッドで寝てれば治るか、とそのまま布団へと潜り込む。病気のときは一人だと心細いとはよく言うが、自分に限ってはそんなことはないと思う。だって、他人が自分の側にいたところで病気が改善するわけでもないし。下手すれば病気が相手にうつってしまうことだってある。他人に迷惑をかけるだけならば、きっと一人でこうやって冷たい枕を抱いて眠った方が良いに決まっている。別にこのまま俺が死んだとしても誰も困りはしないだろうし、問題もないだろう、と自嘲した。

ただ、小野寺くらいは、俺が死んだら泣いてくれるかな。なんてどうでもいいことをふと思った。




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