もしかしたらサークルを辞めてしまうかもしれない、という自分の思案は外れていたらしく、あの一件があった後も小野寺はサークル室に通い続けた。まあ、別に自分はストーカーされたりあからさまな好意が向けられるのが嫌だったわけで。こうやって同じサークルの一員としてなら、単なる先輩として快く小野寺を迎えるくらいはきっと出来るはずだ。

「律っちゃーん!どらやきどっちにする?こっちのと苺味のどらやきのどっちがいい?」
「えっと…じゃあ苺の方で」

相変わらず部屋内では木佐先輩が小野寺にひっきりなしにくっついているし、小野寺もたまにかわかわれて真っ赤になっちゃいるが、普段と何一つ変わらない状況だ。羽鳥さんも美濃さんも、特別変わった様子もない。相変わらず木佐先輩の暴走を生ぬるく美濃さんが応援し、それを羽鳥さんが制止し、小野寺がおろおろするという何の変わりもない光景。劇的な決別を迎えたというのに、当たり前だが世界はいたって平和だ。

家庭教師をしている子から旅行土産を貰ったという木佐先輩が、嵯峨くんは最後に残ったのでいいよね!とにこにこ笑いながら菓子を渡してくる。どんなゲテモノだ、と考えなおそおるおそる掌に置かれたそれを確認すれば、何のことはない、あんこの入った普通のどらやきだった。こういうのはノーマルが一番美味しいと相場が決まっているのに、世間一般では新しい味の方が認知度も人気も上らしい。ちなみに俺も普通のが一番好きなわけであって。

安堵しながら手から視線を上げた瞬間、ふと、小野寺と目があった。

以前は俺と目が合うだけで顔を真っ赤にして目をそらしていた彼は、最近はそんなことなく、ただ、薄く微笑むようになった。大きな瞳をうつぶせて細めて、唇をきゅっと引きながら浮かべる優しげな笑み。何故だろう、なんだかその微笑を見ていると変な焦燥感を胸に抱く。高校のときも、こうやって大学生になった今でも、小野寺の顔なんて相当見慣れているはずなのに、こんな表情を見るのは初めてで。だから胸が酷くざわつくのだ。何をいらいらしているのだろう、自分は。自分の知らない小野寺を視界に入れた、ただそれだけの事実に。

彼のことなんて、もうとっくの昔につき離したはずなのに。それなのに。

「あ、木佐先輩ごめんなさい。俺もう行かなくちゃ」
「そう?無理に引き止めちゃってごめんね」
「いえ、どらやき美味しかったです。じゃあ、また」
「うん、またね〜」

ひらひらと手を降る先輩の指の隙間から、扉の向こう側へ歩く小野寺を眺める。ドアが閉まる音を聞きながら、ひとつまみ貰った菓子を口の中へ放り込んだ。からからに乾いていたらしい咥内に、瞬間菓子の香りが広がる。うん、甘い。

「小野寺くん、ちょっと変わったよね。なんだか大人っぽくなったっていうか」
「美濃もそう思うか?実は俺もそう思ってた」
「駄目だね〜。美濃も羽鳥も、全然駄目」

席を立った小野寺について会話する二人を遮って、どらやきをはむはむと唇で咥え込みながら木佐先輩が嘲笑した。その様子を二人と一緒になって訝しげに見ていると、変わってないよ、と小さく呟いて。

「律っちゃんは、何一つ変わってないよ。何もかも、全部、初めて会った時と一緒」

きっぱりと言い切って、木佐先輩は今度は俺にまっすぐとその視線を投げかけてくる。逸らすはずだったそれ。なのにどうしてかタイミングを失ってしまった。小野寺とよく似た、真摯かつ強い意思を含めたその瞳に捕まってしまって、どうにもこうにも身体が動かせない。

「後輩の美濃や羽鳥がそうだから。先輩である俺も見習って、まあ一応大人でもあるから、律っちゃんと何があったかなんて聞かないけどさ。詮索はしないけど、…でも、先輩だから、これだけはちゃんと言わせて」

口の中に入れていた食料をごくりと飲み込んで。その口角を大きく上に吊り上げ唇を歪ませて、悲しげに哂いながら木佐先輩が俺に告げた。

「嵯峨くんは、いつまでそうやって逃げてるつもり?」





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