頼りになる友人のおかげで、任務は順調に完遂された。いやあ、悪かったね、と全く悪びれもなく告げる教授に肩をすくめ、自分たちより早く戻ってきてるんだったら少しは手伝えっての、と心の中で悪態をつきながら。ともかく重いストレスから解放されたのは有難い。ああ、疲れたと言いながら、研究室のドアを閉めた。その直後、横澤が唐突に質問してきた。

「さっき俺がすれ違った奴って、もしかして小野寺って名前か?」
「…何でお前が知ってるんだ?」
「いや、木佐先輩から、うちのサークルにやっと新人が入ったのだとか、騒いでたから」
「ああ」

木佐先輩なら充分ありえる話だったので、すぐに納得してしまった。あの人なら友人知人家族親戚に、お気に入りの後輩のことをさぞかし自慢したのだろう。それでも教えるのは自分の身内だけ、と妙な取り決めがあるらしく、学内全員に言いふらすということはないようだ。変なところでは常識人なんだよな、あの人。

「でも、お前は小野寺の顔は知らなかっただろ?」
「特徴くらいは聞いてたさ。深い緑色の大きな眼のした子犬みたいな毛並の可愛い子って」

確かに特徴をしっかりと捉えれてはいるけれど、実際その説明ってどうなんだ先輩。

一応小野寺もれっきとした男性であるわけで、その表現って女の子でも通用するな、とどうでもいい事を考えていると、それに気づいた横澤が苦笑いを浮かべながら、また口を開く。

「あと、お前にかなり懐いてるって噂も。だから分かった」
「それだけ情報があるんなら、分かって当然だよな」

俺の周りを常にうろちょろしている人間で、その特徴に合致するのなんて、おそらくただの一人くらいしかいないのだろう。というかそんなのがこの辺にゴロゴロいてたまるか。

「ついでに、お前も満更でもないって」
「…は?何それ。木佐先輩そんなこと言ってたのか?」

木佐先輩を常識人とか思った俺が馬鹿だった。前言撤回。そんなことを横澤に告げるだなんてあの人マジで何考えてんだ?その行動の余りの理解不能さにずきずきと頭痛がしてくる。

「で、どうなんだ?実際」

いつになく真剣に事の真相を尋ねてくる友人に、少し驚く。こいつが俺のことに関してこうやって突っ込んで聞いてくるのは珍しいな、とは思いつつ、これも普通の友人同士の会話とやらなんだろうと自分に言い聞かせた。今まで友人らしい友人がいなかったので、その普通さ加減がわからないのだが。とりあえず、ここは素直に思ったことを伝えればいいのだろう。

「お前なら分かるだろ?俺は、ああいうタイプの人間が大嫌いだってこと」

きっぱりと言い切ると、横澤は少しだけ目を見開いて、けれどその表情をすぐに戻しながら、ああ、お前はそうだったよな、とだけ言って唇だけで笑みを刻んだ。

「変なこと聞いて悪かった。じゃあ、また」
「横澤、助かった。ありがとな」
「どういたしまして」

頼りがいのある広々とした友人の背中を見送って、さあ、俺も今日は帰るか、と体を半回転させたところで、角の廊下に佇む人影の存在に気づく。

顔や背格好を見たわけでもないのに、なんとなく、ああ小野寺だなと分かった。分かったと共に、静かな怒りがふつふつと腹の底から沸いてくる。何なんだ。こいつ。役に立つわけでもないし、俺が必要としているわけでもないのに、俺の回りをうろちょろしてさ。本当に何なんだよ。お前は。なんで俺をそんなにいらいらさせるんだよ。

「…盗み聞き?」

人影に近寄って、感情を理性で抑えたような低い声で尋ねると、小野寺はびくっと身体を震わせた後、おそるおそるといった表情でこちらを見上げてきた。

「あの、その必要ないかと思ったんですけど、一応、その、紙袋をご用意し」
「…お前さ、俺のこと好きなんだろ?」

静かな落ち着き払った声でそれでも断言すると、しどろもどろになっていた小野寺はぴたりと動きを止めて石のように固まっている。かと思えば今度は一瞬のうちに全身を真っ赤に染めた。分かれた前髪から覗く深い緑色の目は、うっすらと涙を浮かべているようで。
あの、その、とまた言い訳がましい言葉を発そうとしているのが分かって、ぐしゃぐしゃと自分の頭を掻きまわした。ああ、イライラする。

そうやって落ち込んだような顔をすれば何でもかんでも許されるとでも思っているのか?なあ、今の話、お前も聞いてたんだろ?なのにそれを無視して何事もなかったように俺に話しかけてくるお前の神経ってどうなってるんだよ?そんで、なんでお前が泣きそうになってるって話だよ。お前がそういう態度ばっかりとるから、こっちが勝手に悪者みたいにされてさ。そうやって人に罪悪感を無意識で植え付けているくせに、何故被害者みたいな表情を浮かべるんだよ。被害者は、泣きたいのはこっちなんだよ。

「あのさ、期待に応えられなくて申し訳ないんだけどさ。俺、お前のこと嫌いなんだわ」

辛辣に冷たく言葉を落とせば、小野寺は一瞬目を見開いて、薄く開いた唇は呼吸を止めたようにしてこちらをじいっと見つめてくる。その視線を真っ直ぐに返しながら、今度こそ止めの一言を彼に捧げてやる。

「高校のときもさ、お前そうやって図書室にいた俺をつきまとってただろ?そのことに気付いたから、俺は図書室通いをやめたんだよ。だって気味悪いだろ?毎日毎日本を読んでるだけで監視されてさ。うざいんだよ。お前。昔も今もそういうとこ全然変わってないのな。ストーカーかよ。正直、本気でキモい」

捲くし立てるように声を荒げながら言えば、その言葉を受け止めた小野寺は呆然と立ち尽くして。かっと顔を赤らめて…ごめんなさい、とぽつりとそんな台詞を零して、俺の前から静かに消えていった。

そうやって俺は廊下に一人取り残され、ようやく自分だけの孤独な心穏やかな世界の中へと立たされる。

流石にここまで言えば、小野寺だって自分を諦めるだろう。否、諦めるというだけでなく嫌いになるかもしれない。でも、それでいい。だって、変な期待を持つから苦しくなるんだろう?昔の俺と同じように、淡い期待なんか持たなければ、裏切られて傷つくことはない。だから、あいつももうこれ以上傷つかなくてすむ。一件落着ではないか。これでもう誰も傷つくことはない。ああ、良かった。

それでも、立ち去った小野寺の後姿の残像を、引き止めるように目で追う自分がここにいて。

何故、何で?

心の底から思ったことを告げただけなのに。


彼の泣き出しそうな表情に、どうしてこんなに心が波立つ?




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