そういった状況になったいきさつは、講義が終わったにもかかわらず、ぼんやりと窓の外を見上げて時間を過ごしていたのが理由かもしれないし、それを教授に目ざとく発見されたことも原因かもしれない。そこの君、暇だったらこれ研究室に運ぶの手伝って、と声をかけられたかと思えば、じゃあ、後はよろしくと人の意見も聞かずにそそくさと立ち去ってしまった。おいおいおい、何で俺がと頭を痛めつつ、結局広い教室に大事に資料らしき本やレジュメの類を放っておくわけにもいかず、しぶしぶとそれを手中に収める。

数えればそれほどではないが、辞書なみの厚さを持つその本達は、一冊一冊がすこぶる重い。一般的にはどうであるかはよく分からないが、自分の腕力は人並みはあるほうだと思う。それだというのに、数歩進むことはなんとか出来るが、歩くたびに廊下の中心からどんどん右よりにずれていく。ああ、くそ。重い。自分を非力だと認めるわけでは決してないが、重いものは重い。

こういう時に限って周りに人がいないってどういうことだよ。せめて同じ講義を取っている奴がその辺にいたら、この本にのしを付けてご丁寧に笑納してやるのに。と、だんだん思考回路が攻撃的になり、先ほどはなんとか宥めたはずの負の感情が胸の中でもたげはじめる。いかん、こんな単純なことで苛立ちを募らせては。そうだ、横澤。あいつもこの時間は講義がないはずだから、携帯で呼び出して、手伝わせれば。

と名案がまとまりかけていたところ、どういうわけか廊下の曲がり角から自分の目の前に、ひょっこりと小野寺が現れた。おそらくただの偶然ではあるのだろうけど。だから何で、どうして。いつも自分の存在を見つけるのがよりによってこいつなんだよ、と運命を嘆かざるを得ない。せっかく悶々とした気分を無理をして押し上げたというのに。これではまったくもって台無しではないか。けれどそんな自分の心情すらお構いなしに、小野寺の方はこんな場所で俺と出会えた偶然を手離しで喜んでいるらしい。幸せ色を浮かべた瞳だとか表情で、そういうのが全て分かる。

「お、俺も運ぶの手伝います!」

俺の状況を見て、何かを察したらしい。意気揚々と小野寺は俺に向かって言い放ち、その手を伸ばしてくる。彼の言葉に拒否権すらないことに絶望し、とりあえず一冊を『重いぞ』と声をかけて手渡してみる。案の定一歩、二歩、歩を進めたところで、べしゃりと小野寺が床に激突した。だからいわんこっちゃない。頭を抱えながら呟きつつ、深いため息を漏らす。

お前なんかが手伝ってくれるんなら、まだ一人でやった方がましなんだよ。手伝うっていっても、こんな風に役に立ちもしなければ、研究室までの道中の話し相手にだってなれやしない。ただただ目障りで、自分をいらいらさせるだけなのだから。―俺には、お前なんて必要ない。

「す、すみません、あの、俺」
「あのさ。悪いけど、かえって邪魔だから」

口にする謝罪を遮って、吐きすてるように言えば、小野寺は小さくすみません、とだけ呟いて顔を真っ赤にしながら、そのままぱたぱたと走り去ってしまった。それと同じタイミングで今度は反対側から小野寺とすれ違うような形で、大学での唯一の友人である横澤がこちらに向かってやってきた。良かった。今度こそ自分が期待した展開に、ほっと胸を撫で下ろす。

「こんなところで何してんだ、政宗」
「教授に捕まって、これ研究室に運べって命令」
「お前ってさ。見掛けによらず、案外要領悪いよな」
「…ほっとけ」

開口一番でずいぶんと失礼なことを口にする横澤ではあるが、頼みもしていないのにひょいと自分から数冊本を奪い取るあたり、やっぱり気の利く奴だと再認識する。体格的には見た目さほど自分と変わらないようなものだが、軽々と本を持ち上げるあたり腕の筋力は相当なものなのだろう。助かった、と心の底から思った。






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -