口をぱくぱくとさせて言い出すべき言葉を見出せない俺に対して、トリはずい、と自分に向かって小さな包装された箱を手渡してきた。お前へのお土産。リクエストには全く答えていないが、許せ。告げられてそれを確認すれば、いつも一ノ瀬や小日向と一緒に言っていたあの隠れ屋のようなケーキ店の文字を確認する。

「吉野、悪い。俺はお前に幾つか嘘をついた」
「…本当は旅行なんて予定全く無くって、ただ二人でケーキを食べに行っていたってこと?」
「それもあるけど、そもそも俺は一ノ瀬とはそもそも付き合ってなんていないってこと」
「…っ…。トリ、お前。一ノ瀬さんのこと好きじゃなかったの?」
「俺の好きな奴は、五年前からずっと変わってはいないよ。これだけは、嘘じゃない」

未だ曖昧なことばかりで、その輪郭すらもぼやけていて。けれど確実に何かが分かりかけていく。トリの最期の言葉に、ぐ、と喉が詰まった。お前はもう覚えてはいないかな、という悲しげに揺れる瞳に、ふるふると首を振って否定した。

くらりとした眩暈。ずきずきと頭が痛む。何かを言おうとして、何を言えば言いのか分からずに唇だけがだらしなく開く。視線が絡み合う。いつも通りの優しげな微笑。なのに何故か泣き出しそうに見えて。思わず、その頬に触れたくなった。

何もかも、分からないことだらけだった。分からないことだらけなのに、ただトリが、それでもまだ自分のことを好きでいるのだけは、分かった。


「…お前、なんで」


なんで、そんなに俺のことが好きなの?俺、お前に酷いことばかりしてきたのに。友人の顔をして、甘えて、今までずっと傷つけてきたのに。鈍感で愚かで、今更お前が好きだと気づいた大馬鹿者なのに。お前がずっと大切にしてきた想いと、言葉を。その声を奪った張本人なのに。それなのに、どうして。それすらも簡単に許してしまうの?どうして、そんなにも純粋に、俺を愛してくれるの?


続けたかった言葉は、声にならなかった。ほたりと一つ涙が零れた。それを追うようにぼたぼたとまた涙が溢れる。

「お前、何を泣いているんだ?」
「…トリのせいだろ」
「どういう意味だ?」

絶対に分かっているくせに、そうやって意地悪な質問ばかりする。お前が俺を選んでくれて良かったという台詞と共に、ぎゅう、ときつく抱きしめられた。酷く強引なくせに、大切なものを守るように与えられた抱擁。名前を呼びもしない。言葉もない。ただ静かに力を込める腕が、トリの想いの全てを告げていた。

ああ、もう全部トリのせいだ。めったに泣かない俺が、こんなにも涙をこぼしたのも。敗れた恋にあんなにも胸を痛めていたくせに、今はこんなにも幸福感で満ち溢れていること。お前の方が絶対に傷ついたくせに、見上げた表情は酷く嬉しそうで。



だって、トリは語ることが出来ない。



だからこうやって、抱きしめることでしか想いを告げることしか出来ない。そんな悲しい伝え方しか出来ない。俺がトリの声を奪ったから。全部、俺のせい。

でも、もう分かったから。俺、ちゃんと気づいたから。お前がどれだけ俺のことが好きなのか。お前が言葉を失ってまで、それでも俺への恋心だけはずっとずっと守ってくれたこと。今はもう知っているから。



お前が語れないのだというのなら、俺が語ればいいだけのこと。



ああ、だから。これから何度でも繰り返すよ。毎日何度でもお前に好きだと言ってあげるよ。欲しいのなら、愛してるという言葉すら惜しまずに。自分の心を暴くのではなく、伝えることから始めよう。今までずっと一緒にいてくれてありがとうという言葉も。これからもずっと一緒にいたいという気持ちも。笑いながら、時には泣きながら。お前に語ろう。お前が涙を堪えてきた分、今度はお前の分まで俺が泣こう。お前の倍、愛を告げよう。


魔女なんて、いやしない。現実には、人魚なんて存在しない。俺とお前はやっぱりどうしたって人間なんだから。だから、取り戻せるよ。お前の声。これから先、いくらでも。


切り取った時間、今、ここに戻そう。まずは、あの時からやり直そう。そこから始めよう。でも、ごめんね。お前の胸に抱かれた俺は、あんまりにも泣きすぎて。うまく言葉に出来ないから。それでもお前がちゃんと俺に想いを告げられるよう、その道しるべを作ろう。


「トリって、誰か好きな奴いるの?」


俺はいるよ、と告げながら、そっとトリを指差した。そうしてトリも同じように指を差す。

何処かで見たような、二人の人間が向き合って。お互いを指し示す、奇妙な構図の出来上がり。


二人で笑って、一緒に泣いた。







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