トリと二人で、一週間後に旅行に行くことになった、と聞いたのは市之瀬の口からだった。皆には内緒よ、特に相川先輩にばれると五月蝿いから、と人差し指を口元に当てて笑う彼女は酷く嬉しそうだった。こういった旅行に行くのは初めてだから、一体何を持っていけばいいのかしら?一人楽しげに未来の予定を語る彼女のそばで、生々しい男女の関係を想像して。その下劣さに、少しだけ吐き気が込み上げた。

一緒に行く先を考えて、と旅行のパンフレットをあれやこれやと見せられる。その中に、自分が前からずっと行ってみたかった場所を見つけて、食い入るように見ていると市之瀬もそれに反応する。ああ、ここいいわね。とっても素敵。よし、決めた。ここにしましょう。羽鳥くんもきっと気に入るわ。幸せに満ち溢れた笑顔だった。


ずっとトリと一緒に行ってみたいと思っていた場所。ああ、それすらも、全て彼女に奪われるのだね。


「千秋、ごめんね」


別れる間際に囁かれた言葉。それは果たしてどういう謝罪だったのか。羽鳥と一緒に旅行に行くことの口止めを謝罪しているのか、それとも旅行先を決めるために今の今まで時間を割いたこと?ずっと行きたかった場所に自分よりも先に行ってしまうこと?それとも、俺から、羽鳥という一番大切な存在を、奪ったこと?羽鳥を、俺から取り上げて、ごめんね?

夜に、クローゼットの奥にしまいこんでいた中学の頃のアルバムを開いた。古臭い写真の匂いが鼻につき、それが当時の記憶を鮮明によみがえらせる。僅かに色あせた写真。今よりも少し子供っぽく見える羽鳥と俺が並んだ写真。その一枚を引き抜いて、天井に掲げた。

この時のトリは俺のことが好きだったはずだ。それは絶対に確かなことだった。

でも、今は?もう何もかもが俺のものではないのだと考えて。分かって、思わず涙がはらはらとこぼれた。自分は何を泣いているのだろう。指先で何度も拭っても、それはとどめなく流れてとまらない。喉がひくりと鳴った。絞り出したトリ、という声は、本人に届くことなくそのままに空虚に立ち消える。

羽鳥の告白を「無かった」ことにしたのは俺だった。その気持ちに応えることが出来ないと、拒絶したのは自分の方。それなのに、俺は何を自惚れていた?何を期待していた?トリが未だに俺のことを好きだとでも、錯覚していた?彼にとっては、もう終わっていたはずの恋なのだ。

ああ、馬鹿だな俺。本当に馬鹿だ。今頃になって、トリが一番大切な人だって気づくなんて。本当に、馬鹿で馬鹿で仕方ない。他の人のものになって、初めてお前のことが好きだって分かっただなんて。

ぼたぼたと毀れる涙をそのままに、ぎゅ、とその写真を握り締めた。あの時、俺が羽鳥の気持ちを受け入れていたのなら。そうでなくても、あんなふうに無碍に突き放すことが無かったのなら。こんなに苦しい思いをしなくても良かったのだろうか、と。

けれど、過去は変わらない。彼と二人で築き上げてきた歳月を今更覆すことは出来ない。羽鳥は俺にとって数年来の幼馴染で、誰よりも大切な親友。俺が、望んだ。羽鳥に俺がそうあるべきだと強要した。それが今になって、こんなにも自分を追い詰めるものになるだなんて。

過去は、変えられない。今、どんなにそれを後悔しても、やり直したいと切望しても。想いはいつでも一方通行。何一つ変えることが出来ずに、ただただ嘆いて。静かに静かに泣き続けるしかない、俺の片想いの様に。


愚か者だと、笑いたければ笑えばいい。


だって、気づいたばかりの俺の恋は


もう既に“終わって”いたのだから。






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