おいしいごはん
「あああ! 腹減った!!」
「そんな大声出さなくても聞こえるわよ」
長い長い階段を一通り上り、ひとまず広い踊り場に出たので休憩することにした私たちは、歩き疲れた足を休めるべく地面にへたり込んでいる。
「腹減ったぁ……」
普段あまり疲れたとか言わないヴィルだけれど、唯一文句垂れる時がある。それが今。空腹の時だ。
地下通路を歩いていた時は、疲れているのかと思っていたけれど、どうも違うらしい。
「何か食べたらいいじゃない。地下通路の時、ビスケットか何か持ってなかった?」
「それが切れちゃっててさぁ……」
そう悲しそうな顔で、ビスケットが入っていたポーチをひっくり返している。小さなカスがぱらぱらと虚しく落ちていった。
限られた食糧しか持ってきていないので、「じゃあ今から食事でもしましょう」といかないのが旅の面倒なところだ。街道を歩いているならまだしも、ここは地下通路。行商人がいて、食べ物を売っているわけがない。
「あともう少しで今日のノルマまで着くわ。それまでは我慢ね」
「ああああ!! それ聞いてもっと腹減った!!」
悲痛なヴィルの叫びに呼応するかのように、彼のお腹の虫もぐううううううと大きな呻き声を響かせる。
「あのビスケットがあるのとないのとでエラい違いだねェ……」
ジェイクィズは呆れながら紫煙をくゆらせている。
「あれ、ローのお手製でさ、一口かじると腹いっぱいに感じるっていうヤツなんだよ。ちょっとパサパサしてるけど美味しいし……あああ!!」
話している間に思い出してしまったらしい。ヴィルは再び大きく項垂れた。
「なにその便利なもの……」
むしろ私が欲しい。今度アルキュミアに行ったらまとめ買いしたい。これはダイエットの強い味方になりそうだ。……じゃなくって!
「しょうがないわね。 早いけどここで食事を摂っておきましょう」
「えっ、本当っ!?」
ヴィルの瞳がわかりやすくきらきらと輝く。単純だ。すごく単純だ。彼のそんな姿は何処かお預けを食らった犬のようでもある。目を細めると耳と尻尾が見えそうな気がした。
「その代わり、その分先に進むわよ。それでもいい?」
「もちろんっ!!」
大きな口を開けて、ヴィルはばくばくとサンドウィッチを頬張る。あり合わせのものを適当に挟んだだけのものだ。長く保存が出来るように固く焼いたパン、それからハムとチーズ。欲を言えばレタスのような野菜も欲しかったけれど、旅には向かない。
私はその固いサンドウィッチを一口かじる。…あまり美味しいとは言えないパンだ。買った店が悪かったかしら、などと思っていたら、隣ではヴィルが満足そうにお腹を叩いていた。
「ふぅ、生き返ったぁ……」
「大袈裟だねェ、ゴーグルくん」
ジェイクィズはやれやれと肩を竦める。彼は私のほうを見ると、少し不思議そうに首を傾げた。
「どしたのシェスカちゃん? 食が進んでないみたいだけど」
「旅してると、なんだか食事が味気なくなる気がするわ」
思ったことを素直に言うと、ヴィルが食べかすをつけたままの顔で笑う。
「そうか? けっこー楽しいぞ!」
「旅ならではの食事も悪くないけれど、こう、メニューが限られてくるのがね」
材料が限られている、即ち作れるものも限られてくる。材料さえあればなぁとか、せめて火が使えればなぁとか、そういうことばかりつい考えてしまう。
荷物が重たくならないように、フライパンなどは持ち運べないし、野菜や果物といった長持ちしないものも無理だし、肉類は現地調達するにも限界がある。
「あーあ、荷物持ちがいるならフライパンくらいは持ってくればよかったわ」
「えっ、それオレ様のこと?」
「他に誰がいるのよ」
「ありがとう! オレを必要としてくれるんだネ……! もう離さないよ!」
「そうだけど、そーゆー意味では断じてないっ! 離しなさいよっ!!」
どさくさに紛れて抱きついてくるジェイクィズを乱暴に引っぺがす。案外あっさり離れてくれた。
彼はスキンシップが激しいくせに、拒絶すればちゃんと離れてくれる。うん、時と場合さえ考えてくれたらいい男なのではないだろうか。少々言動に問題はあると思うけど。
「けど、なんでフライパン?」
私とジェイクィズのやりとりを苦笑気味に眺めていたヴィルが、話を戻そうとそう尋ねた。
「だって自分で作れるじゃない」
簡潔に答えると、二人は意外と言わんばかりに瞳を見開いた。
「えっ、シェスカって料理できんの!?」
「全然見えない……むしろあらゆる素材を消し炭にしそうなのに……!」
「あなたたち失礼にもほどがあるわよっ! 特にジェイク!」
料理は好きだ。腹も満たされるし、作る過程で毒を盛られることもない。そして何より楽しい。目覚めてから一年、記憶がないとか、追われているだとかそういうものは関係なしに、唯一楽しみを見出せたのが、この料理だったのだ。
「確かに、作る側だと、楽しみ減っちゃうよねェ。手間かかんねぇけどさ」
「……その手間が楽しいんじゃない」
「ほおお、そう言うってことは結構料理好き? じゃオレ様、シェスカちゃんの手料理食べたいな〜!」
「別にいいわよ。ここ出たら何か作ろっか?」
「マジで〜!? むしろ毎日オレに料理作って〜!!」
「それは嫌よ」
大体予想がついた反応を軽く流して、私はヴィルの方をちらりと見てみる。何やら真剣に考え事でもしているのか、顎に手を当ててうーん、と唸っている。
「どうしたの?」
不思議に思ったので、そう問いかけてみた。
「……ぃ」
「え?」
ヴィルはしばらく何か小さく呟いていたけれど、うん、と頷くとがばっと顔を上げた。
「リゾットが食べたいんだけど、作れる!?」
「、はぁ?」
黙ってたと思ったらどうやらメニューを真剣に考えていたらしい。
「いや、すんっごい迷ったんだけど、食い物ならなんでも好きなんだけどっ! 作る人ってなんでも〜っていうの困るって言うじゃん? だから、その、一番今食べたいヤツ絞ってみたんだけど…ダメだったか?」
勢い良く言っていたのにだんだんしりすぼみになっていくその様子がなんだかおかしくて、思わず笑みが漏れた。
「えっ、な、何で笑ってんの?」
「なんでもないわよ。他に何か食べたいもの、ある?」
「えっとえっと、ハンバーグとオムライスと、パスタにロールキャベツ、あとグラタンだろ、あっ、シチューもいいなあ!」
「はいはい! オレ様肉ワインで煮たやつ食いたい!!」
随分と多い注文だ。しかしまあ、作ると言ってしまったわけだから。
「はいはい」
逃げてるとはいえ、一日の猶予くらいあるわよね。そんな淡い期待を膨らませながら、私はどのメニューをどの順番に作っていけば効率がいいのか、なんてことを考えていた。
bkm