Scene. 6 偽られた想い 「危ねぇなぁ。大丈夫か?」 がくがくと震える膝。地面にしゃがみ込んでしまった あたしを庇うように背にして、巨大な虚をあっけなく切り捨てた男。 その日は、初めての現世任務の初日だった。席官に昇格したばかりで責任ある仕事を任され、多少なりと浮ついていたのは認める。 気がついたときには、今までに遭遇したことがないほど巨大な虚の爪先が、ほんの鼻先にあった。握り締めた斬魄刀を顔を庇うように構え、もう市丸隊長に会えないことすら覚悟した。 だが、目をぎゅっと瞑った あたしの耳に届いたのは、怪獣じみた虚の断末魔の叫び。 ……え…………? あたしを助けてくれた男は、ジャージにサングラスという正義の味方にしてはラフな姿で。その手にあるのは……斬魄刀? あたしの視線が辿る先に気付いた その男は、サングラスを外して威圧的に あたしを見下ろす。 「すまねぇな。こちとら、秘密裏に動いてるんだ。俺に会ったことは、あんたの上司にも誰にも内緒にしてくれるか。あんたも、油断してて虚にやられかかったんだろ?……取り引きといこうじゃねぇか」 奇天烈な爆発頭に似合わない鋭い眼光。取り引きと言いつつ、それは明らかに脅迫だ。 無言で頷いた あたしに、一転して雰囲気を和らげて笑う男。 「隠密機動の方……あ、いや、聞かない方がいいんですよね」 「……そういうことだ」 男は、言葉少なに立ち去ろうとする。その後姿に向かって、慌てて立ち上がり頭を下げた。 「あ……助けていただいて、ありがとうございました!」 男は振り返りもせずに、肩越しに手を振って立ち去ろうとした。だが……。 「こらァ!何を油売っとんねん、羅武!時間内にメンバー全員揃わんかったら、ひよ里にシバかれるの俺やねんで!」 突然 割り込んでくる素っ頓狂な関西訛り。あたしたちの前に現れたのは、金色の真っ直ぐな髪をおかっぱに切り揃えた細身の男。 その場の空気を読まずに唐突に現れ、騒がしく捲くし立てたかと思えば、その男は『ラブ』と呼んだ男から不意に視線をあたしに移した。 背筋に悪寒が走るほどの鋭い視線。が、それも見間違いかと思うほど一瞬で消え、雰囲気を和らげてニヤリと哂う。 「二番隊、規律にうるさいの知っとるやろ?すまんけど、俺らとあんたが接触したことは黙っといてな。……これでおあいこや」 ……どうやら、この金髪の男は、あたしたちのやりとりをごく最初の方から聞いていたらしい。頷く あたしを見てニヤリと笑うと、仲間の腕を掴んで瞬歩で消えた。 * * * * あ。 夢から醒める間際、唐突に思い出す。あの金髪の男は……。 がばっ!…と勢い良く身を起こすと、正面に心なしか驚いたような表情で あたしを見つめているスターク。 「なんだ、いきなり。幽霊でも見たような顔して」 「……いや、普通の人間から見れば、アナタも あたしも同じ幽霊でしょうよ。……って、そうじゃなくて」 思い出したのだ。あの金髪の男。あの時、『彼女』と一緒だったひと。 二番隊?そんな訳ない。“あの”市丸隊長の『彼女』に手を出すような度胸のある男が、たかだか席官クラスの地位にいるとも思えない。 じゃあ……あの男は、一体……。 そんなふうに物思いに沈んでいる あたしの手をそっと握る大きな手。 スタークは、あたしを自分の側に引き戻そうとするかのように、握り締めた手に力を込めた。 * * * * 「なんや、珍しいなぁ。明里ちゃんの方から会いにきてくれるやなんて。……スタークと喧嘩でもしたんか?」 最後の科白は、くすくすと笑いながら。 普段はスタークかリリネットが一緒じゃなければ無闇に歩き回ったりしない虚夜宮の中を 霊圧の名残を探りながら、ゆっくりと進んでいた。辿り着いた先は、市丸隊長の宮。 他の破面と出食わすこともなく、市丸隊長を見つけ出すことができたのは、多分 運の問題ではないのだろう。 「プリメーラともあろう者が、捕虜と喧嘩?……そんなことある訳がないでしょう」 「ふぅん?それにしては、スタークがプリメーラやて、随分 誇らしげに口にするんやね」 ……誇らしげ?あたしが? その言葉の意味することに思わず考え込んだ あたしの前に歩み寄ると、ぽんと頭を撫でる手。 「まあ、自覚がないんやったら、それでもええわ。……で?ボクに何か話があったんやないの?」 いつもと変わらないニヤニヤ笑い。まるでチェシャ猫みたいだ。 「何故、『彼女』を……ここに連れてこようとしなかったんですか?」 「彼女?」 「隊長の……その……」 「ああ。砂南ちゃんのことか」 言いよどむ あたしに対して、さらりと口にされる名前。……そこに含まれる微かな甘い響き。 「大切なひとなんじゃないんですか?だったら……」 「せやけど、砂南ちゃんにとってはボクはそうやない。昔も今も、な……」 あたしの追求をさらりとかわし、静かに哂う。 「……だったら、その大切な相手と一緒に死なせてやるのが親切というものじゃないかい?」 唐突に会話に割り込んでくる穏やかな声。 「もうすぐ、この世界は終わる。……『彼』が尸魂界から消えた時に、彼女も一緒に死なせてやるつもりだったんだ。そのためにつくらせた大虚を差し向けてね」 そんな話を まるで天気の話でもするような調子で話す藍染惣右介。 『彼』というのが、あの金髪の男であることは疑いの余地がない。だが、『彼』が何者であるのか追及する余力は、今の あたしにはなかった。 目の前に立つ市丸隊長の顔を伺うも、その表情に変化はない。相変わらずの笑みを浮かべたままだ。 「どうして……だって、隊長は……」 掠れる声を無理矢理押し出すようにして、必死に隊長の顔を見つめる。……言葉にならない気持ちを精一杯伝えようとして。 「……もう戻った方が、ええな」 あたしの顔を見遣った隊長は、一瞬だけ ふっと優しい笑みを零す。 そっと、あたしの頬を撫でる大きな手。 「元の宮に戻り?……迎えは呼んであるよってな」 その笑顔は、まるっきり昔と変わらない。あんな話を目の前で聞かされた後なのに……。 恐ろしくなって後ずさる あたしの背中は、今となっては すっかり馴染んでしまった霊圧に受け止められる。 「スターク……」 あたしの肩を支える手。振り返って見上げた青い瞳は、どこか不安げに揺れている。 「お姫さん、連れてかえりや スターク。……他の破面に、ちょっかいかけられんうちにな」 一瞬の間のあと、あたしは またスタークの宮に戻ってきていた。 「深雪!」 あたしの姿を見るなり、駆け寄ってくるリリネット。 それが限界だった。みるみるうちに涙に視界を閉ざされる。まるで、自分の声じゃないような泣き声を遠くで聞いているようだった……。 (2010.03.17. up!) <-- --> page: |