Scene. 4 囚われたのは ウルキオラに元の宮まで送り届けられた時、スタークとリリネットは まだ戻ってきていなかった。 ぐるりと部屋の中を見回し、半ば、うわの空でクッションに腰を下ろす。 そこは、ちょうどスタークの寝台の足元近くに位置する。あたしが虚圏に連れてこられて すぐの頃に、当たり前のようにリリネットが決めた定位置だ。 身体が埋まるほど巨大で ふかふかのクッションの上で丸くなって眠っていると、自分が飼いならされた猫になったような錯覚さえ起こす。 ……彼らが、それを意図していたのかは知る由もないが。 * * * * 「……隙だらけや」 その科白と共に、首筋に感じる冷たい感触。 「市丸隊長……」 「あかんよ、明里ちゃん。油断し過ぎや。敵陣におるねんで、今」 手厳しい言葉の中身とは裏腹に、楽しげな口調。スッと刀を引いて、神鎗を鞘に収める。隊長は、立ち上がって あたしを見下ろしている。 「明里ちゃんは、つまらんなぁ。顔色ひとつ変えへんのやもん。おもろうないわ」 そう言って隊長は立ち上がり、あたしを見下ろして。ニヤニヤと哂いながら、裾を翻して出て行こうとする。 「待ってください!」 理由があって呼び止めたわけではなかった。が、何故か、今を逃せば隊長の本心を探る機会はなくなるのでは…と、そう思ったのだ。 けれど、その先の言葉は思い浮かばない。 「なんや?」 応える声は、存外に優しいものだった。思わず言葉を失った あたしを黙って見つめ返していた隊長は、それまでの意地の悪い笑みを消し、ぽんぽんと あたしの頭を撫でると、静かに部屋を出て行った。 * * * * ぼんやりと蹲ったまま 隊長の消えた方向をみつめていた。 どれくらいそうしていたのか、気がつくと目の前に現れる長身の……。 「深雪!」 ゆっくりと視線を上に向けて、声の主の姿を見上げる。 「スターク……」 珍しく動揺した様子のスタークを見つめていたら、なんだか気持ちが解れてくるような気すらした。 「大丈夫だったのか?藍染サマに呼ばれて行ったって聞いたんで追いかけたんだが、どうやら入れ違いになったみたいで……」 その場に跪くと、微妙に視線を合わせないようにしているかのように、あたしの肩先に視線を落とし髪に指を絡ませる。 「心配してくれたの?……平気だよ。何もされてないよ」 「……そうみたいだな」 大きく息を吐いて、あたしの隣に腰を下ろす。なんだか落ち着かない様子のスタークに、ふっと笑みが零れた。 「スタークが責任を感じることないよ。……そりゃ、確かに最初は不本意だったけど。そっちの出方によっちゃ、尸魂界にいたって破面に倒される事態になってたかもしれないし」 そこで言葉を切って隣に座るスタークの様子を伺う。どこか居心地悪そうにしている その手を取って、そっと握って。 「あたしは、平気だから」 ハッとしたように あたしを見つめるスターク。あたしは、そのブルーの目を真っ直ぐに見つめ返す。 「……あたしが こんなこと言うのもヘンだけど……ここで、スタークに逢えて良かったって、そう思うよ」 思えば、最初からスタークに敵意は持てなかった。 もちろん、スターク自身に あたしに対する敵意がなかったことが大きいのだけれど。 あたしは、スタークの宮で縛り上げられている訳じゃない。霊圧で押さえ込まれてもいない。 斬魄刀さえ、あたしに与えられたクッションの下に置いておくことを許されている有り様だ。……いつでもスタークに斬りかかることを許す、とでも言いたげに。 「お前にとって、俺は敵だろう。なのに、俺に刃向かうことはおろか、逃げる素振りすら見せない……理解不能だよ、お前は」 * * * * 背中合わせに腰を下ろす偽りの空の下。 クッションに埋もれるように蹲って、スタークの背にもたれて。 『理解不能』だと、あっさりと言い放つ声音は、どこか甘さを含んでいる。……『理解不能』は、こっちの科白だよ。 くすくすと笑いながら手を伸ばすと、追いかけるように伸びてきた手が あたしの手首を掴む。そっと確かめるように撫でていたかと思えば、やがて絡まる指。 「……しょうがないよ。あたしは、あなたに弱みを握られてるの」 「あ?」 思わず振り返ろうとしたスタークの視界に入らないよう、その背に頬を押し当てる。 ……あなたが見つけたのは、誰も知らなかった筈の本当の あたし。 自分自身でも気付けなかった弱さを気に留めた相手に、無条件に従おうとしてしまっているのかもしれない。 それが、あんなに焦がれたひとではなかった、なんてことも皮肉な話ではあるのだけれど……。 (2010.03.01. up!) <-- --> page: |