Scene. 3 二律背反




虚夜宮の天蓋の下。月夜の下にある、鮮やかな青い空。

……ああ、なんて矛盾だろう。


スタークのところから持ち出してきたクッションに腰を下ろして、御丁寧にも雲まで浮かぶ青い空を見上げて。

さながら、まるでピクニックのようだ。……と、うっかり口に出してしまったら、リリネットが食事のトレイをここまで持ち出してきたので現在に至っている。

成り行きとはいえ、あたしは捕虜のようなものだ。なのに、スタークとリリネットに挟まれていると、そんな緊張感も霧散してしまう。


「深雪〜!」

そこらを走り回っていたリリネットが、トカゲみたいな小さな虚を振り回しながら、こちらに手を振る。

「ちょ、ちょっと!可哀相だよ!離してあげなよ、リリネット!」

「……はぁい」

慌てて注意すると、リリネットは素直に虚を逃がしてやっていた。……若干、不満そうではあったが。


「……お前ら死神は虚を斬るんだろ?可哀相、だなんて言ってていいのか?」

背中越しの眠たげな声。こちらを振り返るスタークの髪が、あたしの髪に絡みつく。

自宮から持ち出してきたクッションに あたしを座らせたスタークは、その後ろに どっかりと座り込み、あたしの背にもたれて空を見上げていた。……それっきり、ひと言も言葉を発しないので、てっきり眠っているのかと思っていたのだ。

「人間に危害を加えるほどの虚なら、斬らざるを得ないけど。……あんな小さいのを斬ってたらキリがないし」

……それに。正直、今は それについては目を逸らしていたい。不可抗力とはいえ、今の あたしのやってることは、死神の本分とはまるで逆をいっている。


「じゃあ……お前は、俺を斬らなきゃならないな」


相変わらずの眠たげな口調で呟かれた科白。

目を逸らそうとしていた筈のことをさらっと口にするスターク。

あたしが、十刃のトップに立つという この男の脅威になるわけもない。ただの戯言だ。……なのに何故かスタークの言葉には、何かをねだるような甘い響きが乗せられている。

「あたしがスタークを斬れるわけないじゃない」

それは、さしあたっては力量的なこと。たかだか五席の実力で、十刃のプリメーラを斬れるわけがない。けれど……。


例えばの話。

もしも瀕死のスタークが目の前に倒れていたとしたら、あたしは自分の手で止めを刺すことができるんだろうか。

護廷隊に戻れることがあるのなら。きっと、あたしが……一介の第五席風情が対・十刃戦の最前線に立つことは、万に一つも有り得ないけれど、その時に あたしの力で事足りるような状態のスタークが目の前にいたとしたら。

あたしに選択権などない。その時は、自らの意思で彼に刃を向けなければならないのだろう。


背中合わせで伝わる体温は死神も破面も変わりなくて、お互いが敵同士であることを忘れそうになる。

「お前は……あったかいな」

背後から伸びてきた手が、クッションの端をいじっていた あたしの手を包んだ。ごく自然に、どちらからともなく絡まる指。 

奇しくも同じことを考えていたらしいと気付いてクスクス笑うと、スタークは不思議そうに振り返る。

「どうした?」

「ううん……死神も破面も、いっしょなのかな、って」

一時、あたしの顔をまじまじと見つめていたスタークは、やがて表情を緩めて、ふっと笑う。


「……そうだな。多分、お前の言うとおりなんだろうさ」



   *   *   *   *   



「藍染様がお呼びだ」


白い顔に緑の目の小柄な破面が、そう言って あたしを呼びにきたのは、それからまもなくのこと。どうやら、スタークとリリネットがいないタイミングを見計らったようだ。

ウルキオラとかいう破面に連れられて行った先には、まるで玉座のような椅子に腰を下ろした藍染惣右介と、その傍らに控える東仙要。……市丸隊長の姿は、そこにはなかった。


あたしが その部屋に足を踏み入れた途端、その場の空気が変わる。尋常じゃないレベルまで一気に上がる霊圧。その霊圧に中てられ、一瞬 足元がふらついた。

「ほぅ……」

思わず足を踏ん張って、その場に踏みとどまった あたしを見て、藍染惣右介は感心したような声を上げた。


「久しぶりだね、明里くん」

その科白と共に、すとんと霊圧が下がる。部屋の空気が元に戻る。

「なるほど……ギンの言ったとおりだ」
「市丸隊長が……何を……?あたしの力なんて、とっくにご存知なんじゃないですか?ご自分の手駒にするために、吉良先輩の在籍時前後の院生のデータくらい調べてらっしゃったんでしょう?」

「そうだね。……鬼道は平均点、斬術・白打は平均より やや劣る……ギンが買っている状況判断能力というものがなければ、私なら八席でも分不相応だと判断するところだね」

ふっと笑みを零すと、話を継ぐ。一見、優しげな笑顔ではあるが、視線は相手を見下す冷たいものだ。

「言ってみれば、魂魄としての基礎体力のようなものが優れている、と言えばいいのかな。……君は、スタークと長時間一緒にいても、平気だろう?」

「……だから、何なんです?」

「いや……ただ、今日は挨拶をしておこうと思っただけだよ。……我らが十刃のトップであるスタークのお気に入りの君にね」


一瞬のうちに背筋を走る悪寒。

わかっていたはずの敵陣にいるという事実を再確認した瞬間だった……。



(2010.02.21. up!)



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