Scene. 2 逃げ水の心





「うわっ!」

間一髪だ。白い壁を背にへたり込んだ頭上10cmの位置に、ぷすぷすと煙を上げる穴が空いていた。

……1秒遅れてたら、この穴、あたしの胸に空いてたな。破面とお揃いですか。


「やるじゃん!深雪、結構 素早いねー」

「……そりゃー、命かかってますからね」

虚閃を放って、からからと笑うリリネット。それに不機嫌に応えながら立ち上がる あたし。


「なるほどな……最初の見立てじゃ、七席か八席と踏んだんだが。その状況判断能力を買われての第五席、って訳か」

と、少し離れたところに寝そべって、あたしとリリネットのやり取りを眺めているスターク。


……こんなこと言う筋合いじゃないのは、わかってるけど、涼しい顔して観戦されてるのも、ムカつくな。
 
一応、『客人』扱いの あたし。「何もすることがないなー」…なんて、ぼそりと呟いたら、それにリリネットが食いついた。

『上』から、空き部屋を使ってもいい、という許可が下りた、ということで、現在、リリネットと『手合わせ』をしている真っ最中だ。
リリネットは、あたしと『遊んでやっている』くらいの意識なんだろうけど。…………正直、『おもてなし』というには、物凄いハードです。



「それだけやないで?明里ちゃんの冷静沈着っぷりときたら、そこらの男死神じゃ太刀打ちできんくらいやったんやから」


…………出た。

「それを買って五席に着かしたんやからな、ボクが。…何より、イヅルの信頼する後輩や。条件としては、これ以上ないやろ」 

気配もなく、唐突に部屋の入り口に現れた市丸隊長。

相変わらずの笑みを口許に貼り付けたまま、嬉々として捨てた筈の部下の自慢をする。

こんな風に隊長に言ってもらえること、以前は凄く誇らしかったけれど、今は……。



   *   *   *   *   



「……なぁんにもないんだな、ここ」

窓辺で、ぼんやり頬杖をついて外を眺める。

スタークは“藍染サマ”に呼び出されて、どこかに行ったので、あたしは今、ひとりだ。

なんだか……。


「なんや寂しそうやなぁ……今、スタークおれへんのやね」

「市丸隊長……」

振り返ると、袖に手を突っ込んだ姿勢で戸口にもたれる市丸隊長の姿。


「まだ、ボクのこと『隊長』って呼んでくれるん?」

「…というか、今となっては何て呼んでいいかわからないんで」

「そらそうやな」

「渾名とでも思ってもらってたらいいですよ。霊術院時代にもいたでしょ?キャラに応じて、同級生に“先生”だの“大将”だのって呼ばれるような子が」

「…………なんか物凄ぅ、言葉に棘があるよなぁ、明里ちゃん」

「誰のお陰で、この二ヶ月足らずの間に常識外れなオーバーワークする羽目になったと思ってるんですか。おまけに、あたしまで虚圏に連れてこられちゃって……正直、吉良副隊長の胃が心配です」


そんなやりとりの間も、市丸隊長は一歩一歩ゆっくりと近づいてきて、あたしの前に立った。

「人の心配ばっかりして……怖ぁないん?たったひとりで敵陣におるねんで、今」

「……たったひとりだからこそ、命乞いも抵抗も意味ないですよ。その気になったら、あたしなんて瞬殺ですよね?……現状、あたしは気まぐれで生かされてるだけなんでしょう?」


くっくっと楽しげに笑うと、市丸隊長は、あたしの顎を掬い上げる。

「……せやから好きやわ、明里ちゃんて」

あたしの顎に手をかけたまま、ゆっくりと唇が近づく。


……って。え……?

「ちょ……やっ……!」

隊長の手を振り払い、俯いて身を縮める。


「うちの客で遊ばねぇでもらえるかな」

と、不意に現れたのは、今では すっかり馴染んだ霊圧。

有無を言わせぬ様子で、市丸隊長の手を掴んでいるスターク。


「……王子様登場やね」

耳元で囁かれる、相変わらず本心の読めない科白。……ここが三番隊なら、もう少し この人の考えてることが理解できてた気がするけど……今は、何が正しいのかもわからない。

「そんじゃ、ボクは退散するわ。バイバイ、明里ちゃん」


どうやら瞬歩を使ったらしい。その科白を言い終わると同時に、気配が消えた。

それと同時に……。

「……おっと!」

情けないくらいに震える足。へたり込んでしまう寸前に、スタークが腕を引いてくれる。

「平気か?悪かったな、ひとりにして」

「……なんで、スタークが謝るの」


遠慮がちに肩を抱かれて、されるがままにスタークにもたれていると、あやすように背中をぽんぽんと叩かれて。

……敵陣で、元・上官に襲われかけて、それを敵兵に助けられる、とか……何やってんだ、あたし…………。


けれど。

元・想い人より、その敵兵の腕の中の方が心地良い、なんて、酷い冗談だわ……。


……生きて戻れないなら、どうだっていいことだけど。



(2009.08.26 up!)



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