Scene. 1 色をつけよう





連れてこられたのは、ただ一面のモノクロの世界。その中の、色のない殺風景な一室。

あたしを連れてきた破面の少女は、リリネットと名乗った。

「ほら、こっちだよ。……スターク!」


名を呼ばれ、振り向いた男は、頭を がりがりと掻き、心底疲れたように大仰な溜息をついた。

「……なんだよ、姿が見えないと思ったら。ホントに連れてきちまったのか」

「なに、その態度!ノリ悪いなぁ、スターク!」

「ノリが悪いとか、そういう問題じゃねぇだろ。どうすんだ、死神なんか連れてきちまって」


長身で、薄いブルーの瞳。スタークと呼ばれた その破面は、ふっとリリネットから あたしに視線を移す。

その目に浮かぶ感情は、少なくとも敵意ではないらしい。微かに、優しい色が見えた気がしたのは気のせいだったろうか……。


「オマエが、彼女を連れてきちまったのも、もう上にはバレバレなんだろうしなぁ……。それでも未だ、誰も来ない、ってことは、そうそう目くじら立てて非難されこともねぇだろうけど」


……なんだか、聞いてた話と随分違うなぁ。

全てにおいて面倒くさそうな態度。敵である筈の あたしに対しても、特に思うところはなさそうだ。


はぁ、と、もういちど溜息をつくと、スタークは あたしに向かって言った。

「悪りィが、今すぐに帰してはやるわけにはいかねぇけど。こうしてリリネットが連れてきちまった以上、アンタは俺の客人だ。敵陣で、ゆっくり寛いでいけ、ってのも無理な話かもしれねぇが、ちょっと我慢しててくれよ」

「はぁ……」

やっぱ変だよ、この破面……。



   *   *   *   *   



「紅茶で構わねぇか?……ここ、藍染サマの趣味でか、紅茶しかねぇんでな」

シンプルな白いポットとカップ。それを手馴れた様子で扱うスターク。

驚いたことに、この破面は、一応は敵である あたしのために、お茶を淹れてもてなしてくれる気らしい。

「……お構いなく」


目の前に置かれた白いカップ。そこに湯気の立ち上る紅茶が注がれて。

先程までの面倒くさそうな動作からは思いもよらなかった丁寧な手つきに思わず見惚れていると、ふと顔を上げ、一瞬こちらに視線を走らせるスターク。

……今……笑った…………?


「……そういえば、名前聞いてなかったな」

「明里……明里深雪」

「深雪……か。いい名だな」

「…………どうも」

……破面に名前を褒められるって、一体…………。


『これ入れると美味しいんだよ!』…と、リリネットに砂糖3つにミルクを入れることを薦められ、一瞬、『嫌がらせか!?』という思いが脳裏をよぎるも、本人がソレを実践して見せてくれた上、物凄く美味しそうに飲んでいるところを見るに、純粋な好意だったらしい。(入れたフリして、砂糖はひとつに止めておいた。)

敵陣で、その敵と和やかに お茶を飲む、なんて、なにごとだろう。そもそも、あたしはなんで此処に連れてこられたんだ?


「あの……」

意を決して訊ねてみるつもりで口を開く。

と、その瞬間。

……まるで話の腰を折りに現れたかのように背後に感じた霊圧は……そう、間違えようもない。
 

「ああ……やっぱり、明里ちゃんや」


真っ白な衣装に身を包んだ その人は、袖で手を隠し、入り口にもたれるようにして立っている。

見慣れない姿で……だけど、その銀色の髪だけは見間違いようがない。


「市、丸……隊長……」

できれば、このタイミングで会いたくなんかなかった。

そんなこちらの気持ちも知ってか知らずか、相変わらずの笑みを口許に貼り付けたまま足取りも軽く近付いてきて、あたしの頭を撫でた。

「元気やった?」

何事もなかったかのように。

そう……まるで出張か何かから戻ったときに、労ってくれたのと同じ調子で。


隊長の手が触れた瞬間、思わず びくんと身体が強張る。

それを見て、楽しげに口角を引き上げる隊長。


「……すまねぇけど、再会の挨拶は後にしてくれねぇか?勝手に連れてきちまったのは悪かったけど、こっちも話の途中なんでな」

「あらら、残念。ほんなら、藍染さんにはボクから言うとくな?スタークのお客さんやて」

何やら妙に楽しげな笑みを見せつつ、隊長は あたしに手を振って部屋を出て行った。

その姿を見送って、スタークは大きく溜息を吐く。

「悪かったな。自分とこを裏切ったヤツと、心の準備もなく再会するってのも、ちょっとキツかったよな」


なんだろう……敵を目の前にしているとは思えない柔らかい空気。

この破面は、本気で あたしのことを心配している。


…………いや。そんなこと、あるわけが……。



   *   *   *   *   



偵察に出ていた誰かの従属官が持ち帰った映像のチェックを買って出たのは、リリネットが現世の様子を見たがったからだ。

嫌々、引き受けた仕事だ。リリネットが興味を持った箇所を見せたら、あとは おざなりに不審な点がないかだけ確認して。

その地域で、雑魚虚の処理や魂葬なんて雑務をしている死神なんて、目に留める必要はどこにもない。

けれど……映像の最後に写っていた死神の姿に、不意に目が釘付けになった。上位席官ではあるのだろうが……その力は、せいぜい6席か7席、というところか。


そいつは、何かを見て泣いていて。

それが、何故だかわからないが、とても気になったんだ。




「……というのをそのまま口に出しちまったもんだから、リリネットが張り切って、あんたを迎えにいっちまった、と。ま、こういう経緯な訳だが」

スタークの科白を聞き終わるが早いか、あたしは思わずテーブルに突っ伏した。

…………なんだ、ソレ。


まあ、泣いてた、というのは『彼女』を見掛けた あの時なのだろう。

リリネットが、あたしを連れ帰ろうと思うほど、泣いている わたしの映像に興味を惹かれていた、なんて話を面と向かって聞かされれば、ひょっとして口説かれているのかとすら思うけど。


面倒くさそうな言動と、微かな笑み以外、まるで変化のない表情。


未だ混乱する頭で あたしは、どうしたら この男に一泡吹かせられるんだろうと、ぼんやり意味のないことを考えていた……。



(2009.07.07 up!)



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