Scene. 0 プロローグ





「よーし……今日のところは、こんなもんかな」

魂葬終了。刀を鞘に収め、魂魄が消えたあとを振り返る。

一ヶ月の現世駐在任務も明日まで。明日の午後には、尸魂界に帰還する予定だ。

「現実逃避も、明日で終わり、か……。」



   *   *   *   *   



「済まないね、明里くん。君には、半年前にも現世駐在任務に就いてもらってるのに」

「いえ、こんな時ですし、人手が足りないのはわかってますから。私でお役に立てるのなら、何でもやりますよ!」


市丸隊長の失踪から まだ日も浅く、目に見えて疲労の色濃い吉良副隊長の頼みを断れるわけがない。……とはいえ、あたしの分の書類仕事を残していくことになっちゃうから、それはそれで心配だけど。


三番隊第五席。それが、あたしの肩書きだ。

吉良副隊長は霊術院時代からの近しい先輩だったので、向こうも あたしには頼みごとをしやすいのだろう。

なんせ、三番隊の女性隊士は、ほぼ『市丸ギンファンクラブ』と化してるので、言っちゃなんだが仕事にならない状態なのだ。

……とはいえ、それを言うなら、あたしだって…………。



   *   *   *   *   



「……ごめんな?」

「あ、いえ……すみませんでした!あたし……」

思いがけず隊長と二人きりになってしまって、つい気持ちを口にしてしまったのは自分でも想定外だった。

元より、受け入れてもらえるなんて思ってなかったけど。

 
その日は吉良副隊長が病欠で、急遽、その日に提出しなければならなくなった書類が、たまたま副隊長と あたししかわからないものだったのだ。

それで市丸隊長と二人で残業する羽目になり、気がついたときは、とっぷりと日が暮れて月が昇っていた。

折りしも、その夜は満月。『ほら来てみぃ』、なんて戯れに窓辺に呼び寄せられて。


しまった、と思った時には、既に口に出してしまった後だった。『好きです』と……。


「明里ちゃんは可愛い部下や。他の子みたいに浮ついてなくて、ボクみたいに不真面目やない。……応えてあげられたら良かったんやけどな」

「そんな……その言葉だけで充分です。あたし……」

少し寂しげに見える笑顔。

困らせてしまった。そう思って焦っていると、不意に、俯いた あたしの肩に触れる手。

あたしの頭上に影がかかったと思ったら、額に柔らかいものが押し付けられた。


…………え?


「……ごめんな、これで勘弁してや」

ぽん、と頭を撫でられる。

そう言って月明かりに照らされた笑顔は、とても優しかった。



……それは、旅禍侵入の第一報が伝わってきた ほんの数日前のことだ。



   *   *   *   *   



ともあれ、半ば逃げるように現世任務についた あたし。

それなりに忙しく、任期も あっという間に過ぎていった。

この担当区域は、件の旅禍の住む町の比較的近くでもある。……そして、その隣町は『彼女』の担当区域だ。



『彼女』を最初に見たのは、まだ護邸隊に入隊して間もない頃。

何気なく見上げた隊舎の屋根の上で、隊長にもたれて眠る 緩く波打つ黒髪の女性。その寝顔を見つめる優しい目。

敵う筈がない、って思った。


……あの時、全て諦めたつもりだったんだけどなぁ。



『それ、隊長のお母さんなんだって』

『は!?』

休憩時間に他隊の友人と話していた時、その屋根の上の光景を思い出して、その女性の特徴を口にする。

きっと、「その人が本命の彼女だ。」という返事が返ってくるものだと思って。……ところが、その返答は思いのほか素っ頓狂なもので。

『だって、隊長って流魂街の出身なんでしょ?』

『うん、だから“育ての親”みたいなものなんじゃないのかな。二人とも、お互いを“息子だ”“母親だ”って公言してるみたいだし』


…………ワケわかんない。

カムフラージュにしたって、もっとマシな嘘つくよね。


 
『彼女』が長期の現世任務を申請し尸魂界から姿を消した、という噂が流れたのが、今から20年ほど前の話。

多くの女性隊士たちは、友人ほど素直ではなく、『母親』だなんて科白はハナから信じてはいない。

つまり、隊長と『彼女』が“別れた”のだと。一時期は、そんな噂も立っていた。

けれど、定期報告のために尸魂界に帰ってきた『彼女』と隊長の様子は、傍目には とても仲睦まじく、“別れた”という噂は、すぐ立ち消えた。


けれど……それなら恋人を置いて、20年も現世にいられるもの?そんなに長い間、離れていられるの?

今となっては、その疑問を確かめる術はない。



   *   *   *   *   



そろそろ帰還する時刻が近づく。

最後に、もう一度、魂葬しなきゃならない魂魄がないか、見回りしていこう、なんて考えて。町外れに足を踏み入れた時、心臓が止まるかと思った。


『彼女』だ……。

死神の姿ではなく、義骸のまま。街中を歩くに違和感のない現代風の衣服に身を包んでいる。

隣を歩く金髪の男は、『彼女』の肩を大事そうに抱いて。『彼女』は彼の隣で、これ以上ないほど幸せそうに微笑んでいる。


『彼女』は……彼を待っていたんだ……。


彼らの事情なんか知らない。けれど、二人の間の空気を見て、そんな言葉が頭に浮かぶ。
市丸隊長と一緒の時とは違う、極上の笑み……。


「市丸隊長……」

何故か溢れ出した涙は、しばらく止まらなかった……。




やっと気持ちを静めた時には、帰る時間になっていた。


……しまった、最後の見回り、間に合わなかったな…………。 

穿界門に足を踏み入れ、歩を進める。その時――――



「アンタ、ひとり?」

え……?

突然、声を掛けられて振り返って。……目を疑った。

そこに立っていたのは、小さな女の子。

右側頭部に角、そして左目を覆う虚の仮面。


「あ、破面…………?」

なんで、こんなところに……。


「あ、知ってるんだ、あたしたちのこと」

ククッと笑って近づいてくると、彼女は あたしの腕を掴む。


「一緒にきて。会ってやって」

「会うって、誰に……」

振りほどこうとするも女の子は、あたしの腕をがっちり掴み、引き摺るようにして“出口”へ向かう。 


なす術はない。

あたしは…………。


(2009.06.12. up!)



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