Scene. 16 さよなら





「……っと。これで、あーがりっ!」

「うわ!深雪、ズルいー!」

「ズルくないよー。ちゃんと、ルールどおりやってるよー?」

手元のカードをリリネットに向かって、ひらひらさせつつ笑う。

「ね、スタークも ちゃんと見てたよね?」


振り返って、あたしたちの勝負の行方を眺めていたスタークに会話を振る。

「ああ、そうだな……」

口許に浮かぶ微かな笑み。その青い目を見上げる あたしの頭に手を乗せ、ぐしゃりと髪を乱す。

あたしに味方するようなスタークの発言に、一瞬 ムッとしたような顔を見せたリリネット。しかし、スタークの目線が自分から外れた瞬間、優しい目で微笑むと、あたしに ぱちんとウインクしてみせた。


さっきまでの悲劇のヒロインじみた気持ちが嘘みたいに、いつもどおりの穏やかな時間。……それは、いつまで続くかわからない危ういものだということも理解しているつもりだけど。




……あれから、まだ一時間も経っていない。

今にも泣き出しそうな感情の奔流が治まるまで待ってから、ゆっくりとスタークの背に回した腕を解く。それに気付いたスタークは、あたしの背に回していた腕から力を抜き、身体の横にだらんと下ろした。

暑くも寒くもない室内で、寄り添っていた身体を離した。それだけのことだ。

なのに……。

「あたし、破面に体温があるなんて知らなかったな」

「ああ……」

あたしの科白を聞いて、スタークは その時初めて気付いたように呟いた。

「そうだな、俺も忘れてたよ。お前が俺に触れるまで……」


離れ難いのは多分 二人とも一緒で、この上 心まで決定的に離れてしまう危険を冒したくなくて、問題を先送りにしただけなのだ。



「お前ら、大騒ぎして喉渇いてるだろ。お茶にしねぇか?……このあいだ、深雪が淹れてくれた紅茶も飲み損なったしな。また淹れてくれたら、嬉しいんだが……」

「いいよ」

そんな些細な頼みごとにすら遠慮がちなスタークに苦笑しつつも請合った あたしに告げられたのは、些か想定外な“爆弾”。


「……あー。それで、な。お茶菓子を取りにこい、とさ、市丸が」

ふっと目を逸らすスターク。

「市丸隊長の宮へ?」

「ああ……」

黙ってスタークを見つめ続ける あたしに、居心地悪そうな表情で溜め息をついた。

「……藍染サマの指示だとさ。なぁ、でももしお前が……」

あたしは、スタークの言葉を最後まで聞かず、クッションの上から勢いよく立ち上がる。

「いいよ。行ってくる」


“藍染サマ”に言われたことなら、しょうがないだろう。そこで、スタークに楯になってくれ、とはいえない。

どうせ、あの人たちが あたしで遊びたいだけなのは、虚圏にきてからの あたしへの態度でなんとなく見当はついている。


……できれば、それで尸魂界の皆への計画を何かひとつふたつ見落としてくれたら有難いんだけど。



   *   *   *   *   



「ああ、いらっしゃい明里ちゃん」

愛想良く、あたしを出迎える市丸隊長。何と返せばいいのかわからず、ただ黙って会釈する あたしを見て、にんまりと笑う。

「ちょっと待ってな。今 持ってくるよって」

スタークの宮以上に殺風景な部屋。ぱたぱたと部屋の奥へ向かった隊長は、ソファの上からシックな色合いの小さな手提げの紙袋を取り上げた。


「これ、持っていき。明里ちゃん、好きやったやろ?」

見覚えのある手提げ袋は、現世の洋菓子店のものだった。

「藍染隊長のお使いで散歩がてらに買いに行ってきてんけど、わざわざ買ってこさせといてロクに食べへんねんもん、あの人。東仙さんも、和菓子党やし……せやから、明里ちゃんが食べたってや。どうせ、十刃全員に行き渡るほどはないねん」

手渡された袋の中を覗く。“ロクに食べてない”どころか、菓子箱は未開封のまま、袋の底に きちんと収まっている。

「“最後の晩餐”的な意味合いなんですか?」

「……それは、明里ちゃん次第やけど」

楽しげな笑みを浮かべる市丸隊長。あたしは、それを見て溜め息をつく。 


実を言えば、そのお菓子は あたしが現世に出張になるたび買ってくるほど、お気に入りの店のものだった。 

毎回、そればっかり買ってくるものだから、最近では吉良副隊長は半分 呆れ顔だったほどだ。


「……ボク、部下は皆、同じように可愛い思うとるよ。イヅルも明里ちゃんも。無駄に死んで欲しいとは思うてへん」

ゆっくりと近付いてきた隊長は、目の前に立って あたしを見下ろす。

「……多分、もうじきスタークも出陣や……そうしたら、明里ちゃんは、ひとりでここに残されることになるやろな」

市丸隊長は、あたしの両頬に手を添えて、じっと あたしの目を覗き込む。


「そしたら……どないする?」

どうするって……。

戸惑いながら首を振り、市丸隊長から目を逸らすと、頬に触れていた手は、あっさりと離れる。

もう少し、しつこく追い詰められるかと思っていた。拍子抜けして隊長の顔を見上げようとすると、視界を遮断するかのように乱暴に抱きすくめられた。その瞬間も されるがままだったのは、あとで考えれば不覚だったとしか言いようがない。

抵抗しようなどと考えるよりも早く、耳元に寄せられる唇。

「……虚圏にきとる子ぉらの中に、阿散井くんもおるよ」

え……?

「そしたら。それから何を選ぶかは、明里ちゃん次第や」

そう言うと、市丸隊長は あたしを離す。

あたし次第。また、その言い回しか……。



「……あたし、やっぱり隊長のこと嫌いです」

「おおきに」

それを聞くと、隊長は心底 楽しげに微笑う。 


「もう、戻り。そろそろスタークも心配しはじめる頃やろ」

そう言って部屋から あたしを押し出す隊長。背後で有無を言わせず閉まる扉。

「バイバイ、明里ちゃん」

その一瞬前に垣間見えた横顔は、かつての三番隊での日々を思わせる笑顔を思わせる穏やかな表情だった。


……だとしても、閉ざされた扉の向こうから聞こえたと思った微かな声は、きっと気のせいだったに違いない。



   *   *   *   *   



「深雪ー!」

あたしの姿が見えるか見えないかというタイミングで駆け寄ってくるリリネット。

「大丈夫?銀狐に苛められなかった?」

「大丈夫だよ」

苦笑して答える あたしの顔をリリネットの肩越しに伺って、ホッとしたように表情を緩めるスターク。


……ホント、二人揃って過保護だよなぁ……捕虜相手だってのに。

「お菓子もらってきたよ。これ、美味しいんだよ。……すぐお茶淹れるからね、待ってて」


わくわくと あたしの手元を覗き込んでいるリリネットの前で、箱を開ける。プレーンとチョコとオレンジの三種類のフィナンシェ。

待ちきれずに手を伸ばすリリネットの頭に、ごん、とゲンコツを落とすスターク。

「痛いなぁ!なにすんの、スターク!」

「先に、深雪に選ばせろよ」

そう言ってリリネットを羽交い絞めにすると、あたしに向かって目で促すスターク。

「いいよぉ、あたしは どれでも。ここのお菓子、どれも美味しいんだよ」

「……ってことは、お前の好物なんだろ?アイツは、それを知ってて用意してたんだ。お前が一番好きなの食べられなきゃ、意味ないだろが」


……ごく当たり前のように口にされた言葉。

気付かない振りをしていた筈のことをあっけなく読み解いて、あたしの前に差し出された心。


────こんな局面で知らされたところで、最早 嫌がらせ以外の何物でもないというのに…………。


『……できるだけ、生きて帰りや────』


気のせいである筈の言葉。

阿散井先輩が虚圏に来ていることを伝えて……もし彼らが生き延びられたなら、合流して逃げろ、ということだろうか。

けれど、あたしはもう……。


「なんだ、どうかしたか?」

ティーカップを口に運びかけていたスタークは、あたしの視線に気付いて手を止める。

「ううん、なんでもない」



馬鹿げたことを考えている自覚はある。

……けれど、本当に もうじき世界が終わってしまうというのなら、馬鹿げたことと そうでないこととの間に、どれほどの差があるというのだろう…………。



(2010.07.14. up!)



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