Scene. 15 戯言 窓の外に浮かぶ三日月。 あたしと同じように、たったひとりで虚圏に連れてこられた“彼女”は、この虚夜宮の何処かで この月を見ているのだろうか。 さきほどからスタークは何だか近寄り難い雰囲気を放っていて、あたしはスタークの埋もれているクッションの山に背を向け、月を正面に見据えるように部屋の隅で胡坐をかき斬魄刀を膝に乗せる。 しばらく放り出したままだった刀から拗ねたような波動が伝わってくるのは、気のせいでもないのだろう。 宥めるように刀身を撫でて、ゆっくりと息を吐く。月の光を浴びて、目を閉じて。 どれほどの間、そうしていただろう。ふと振り返るとスタークは、ぱか、と大口を開けて寝入っている──ように見えた。 いつのまにか、顔の上半分がクッションの下に埋まっている。 と、そのうち、どこかへ遊びに行っていたらしいリリネットが戻ってきた。あたしの顔を見ると、唇の前に人差し指を立てて見せてニヤリと笑う。 そのまま、まっすぐ寝ているスタークに忍び寄り、そして……。 「ずどーん」 …………うわぁ。 『ずどーん』という科白と共に、握った拳をスタークの口に押し込むリリネット。げほげほと盛大に咳き込むスターク。 また寝直そうとするスタークに、更に“攻撃”を加えるリリネット。どん引きの あたしには目もくれず、大騒ぎの二人。……もしかしたら、あたしが虚圏に連れてこられてから見てきたスタークの取り澄ました表情は多少なりと猫をかぶっていたものだったのかもしれない。 ようやく解放されたスタークは、息を整えて またクッションに横たわると、ちらりと一瞬、こちらに視線を寄越す。 「アーロニーロやられたよ」 ────え…………? 一転して、静かな口調に変わる やりとり。もう、スタークもリリネットも、こちらを見ない。 「……いーの?」 こちらに背を向けているリリネット。おそらく交わされているであろう目線。いくら彼らの過去を聞かされたからといって、決して全て理解することなど出来ないであろう感情。 「……どうしろっつうんだよ──俺に」 その科白をどんな気持ちで口にしたのかなんて、知る由もない。……そして、その科白をどんな顔で口にしたのかも、知りたいとは思わなかった。 * * * * スタークとリリネットから、目と意識を引き剥がし、また膝の上の斬魄刀へと気持ちを向けた。そのまま、逃げるように自分の心の奥へと沈み込んでいく。 ふと気付くと、いつのまにか背後にスタークの気配。黙って後ろに立って、あたしを見下ろしているようだ。 ……『ようだ』、なんて。相変わらずスタークから敵意は感じられないのに何故か振り返ることができず、あたしは刀の柄に添えた利き手に力を込める。 緊張で口の中がからからに乾いていた。スタークに背中を向けたまま、張りついたような喉から掠れた声を無理矢理押し出す。 「……あたしを殺す?」 はっと息を呑む気配。やがて返ってくるのは、呆れたような溜め息と沈黙。 意を決して振り返って見上げるも、黙って眉を顰めただけで何も言わないスターク。 「あたしは、スタークの仲間を殺した死神の仲間だよ。」 はあっ、と大きな溜め息を吐き出したスタークは、頭をがりがりと掻き毟る。 「お前を殺して、それで何か変わるのか?」 「スタークの……気は済むかもしれないじゃない……?」 その言葉に、どことなくいらついたような表情で吐き捨てるように呟いた科白。 「いらねえよ。お前の命なんか」 まるで、あたしの視界を遮るように前髪をぐしゃりと乱す大きな手。その隙間から見えた青い目を真っ直ぐに見られずに、あたしは顔を伏せた。 9番目の十刃、アーロニーロ・アルルエリ。 相討ったのは、十三番隊 朽木ルキア。彼女は、十三番隊の平隊士の筈だ。あたしと彼女との間に、そう大きな力の差があるとは思えない。 そんな彼女が、十刃の一人を倒した。……おそらくは、仲間を助けるために死に物狂いで。 自分の力が十刃に敵うわけがない、ということが、大人しく捕虜に甘んじていることの言い訳になっていたのだ。 けれど、それが──崩れた。 なまじ、力の差があるが故に考えることをやめてしまったのだ。 ……敵であるスタークを倒すということを。 この期に及んで、死ぬことへの恐怖などない。 この先、どんな事が起ころうが覚悟はできているつもりだった。けれど── * * * * 思えば今日のスタークは、なんだか ずっとピリピリした空気を身に纏っていた。 クッションの山の下から引っ張り出した あたしの斬魄刀を無造作に投げ渡すと、またクッションの上に横たわる。 ──触らぬ神に祟りなし。 まるで、斬魄刀を相手に愚痴るような気分でスタークに背を向けた時の あたしは、まだ何が起こっているかも知らないままだったのだ……。 気がつくとスタークは、背後に立って あたしを見下ろしていた。 アーロニーロとかいう破面と、特に仲が良かった、という様子はない。弔い合戦なんて柄じゃないだろうとも思う。 ……けれど、スタークにとって仲間を失うということはトラウマに等しい。 妙に静かな気分でスタークを見上げる。あたしを見つめ返す青い目の中には、とりたてて何の感情も映していないようにすら見えた。 「ねぇ……あたしを殺しなよ」 そんな科白を聞いて、今日 何度目かの溜め息をつくスターク。 「殺しやしねぇよ」 あたしの目の前に跪くスターク。あたしの手を取り刀の柄を握らせ、その上からぎゅっと握り締める。 「……お前こそ、仲間をやられて悔しいと思うなら、俺を斬れ」 ……いつまで、こんな戯言を言っていられるんだろう。 「あたしの力でスタークを斬れる訳ないじゃない」 掠れた笑い声。ヒステリックな笑い声が泣き声に変わる前に、スタークの背に腕を回すと肩口に噛み締めた唇を押し当てた。 (2010.06.30. up!) <-- --> page: |