Scene. 14 2つの心




「“あたしたち”?」


そう聞き返した あたしに、リリネットは何も言わず静かな表情で微笑う。

疑問符つきで、気になった言葉を繰り返すも、答えないリリネット。諦めて、質問を変える。
 
「……“消えていった”、ってのは?」

「強い破面に従えば自分たちにも利があるって考えるヤツもいたんだろうね。たくさんの破面が寄ってきたよ。あたしたちの庇護下に入ろうとしたり、暇潰しの力試しのために勝負をふっかけてきたり」

そこで肩を竦めて、小さな溜め息。

「……実際は、誰も思惑通りにはいかなかったんだけど」

「どういうこと……?」

「消えちゃうの。あたしたちの霊圧に魂が削られて」


そういうこと、か……。

確かに、スタークくらいの霊圧を持つ者が近くにいれば、平隊士程度じゃ戦う意思を削がれるほど消耗してしまうかもしれない。ましてや、そこらの虚に毛が生えた程度の弱い破面じゃ、ひとたまりもないだろう。だけど。


「馬鹿じゃないの?仮にも、護廷十三隊の席官だよ、あたしは!いくら相手が破面のNo.1だからって、成す術もなく消えちゃう訳ないじゃない!」

「……いや、それは あたしも言ったけどさ」

いきり立つ あたしを押し止めるように、お手上げのポーズで応じるリリネット。


「…………だいたい、霊圧だけで言うなら、更木隊長の方が よっぽど怖いわ」

「え?」

ぼそりと呟いた科白に、リリネットは きょとんと問い返す。

「……いや、なんでもない」



あたしを手にかける真似事。首筋を包み込むように触れた手。

『脅かす』なんて。自分が、どんな顔をしていたかわかってるんだろうか────



   *   *   *   *   



あたしを引き寄せたまま、やがて寝息を立てはじめたスターク。

その腹の上で、御丁寧に寝返りまでうつリリネット。あたしの肩に回っていたスタークの手が、夢うつつのまま髪を撫でる。

……なんだか、母犬の側でもぞもぞ動いてる子犬の兄弟みたいだな。


どんなにスタークが身動ぎしても、その上で眠っているリリネットは それに合わせているかのように、落ちないようにバランスをとっている。……かのように見える。

まるで、どこかで神経か何かが繋がってるみたいだ。



「……だけど、ずっと“独り”だったなんて……リリネットには、スタークがいるじゃない。スタークには、リリネットがいるでしょ?」

「ずっと“独り”だったからこそ、あたしたちは“二人になった”の」

「…………意味わかんない」

そう呟いた あたしは、よっぽど情けない顔をしていたのかもしれない。苦笑いして、リリネットは言葉を繋ぐ。

「そのまんまの意味だよ。……ずっと独りぼっちだったから、あたしたちは1つの魂を2つに分けた。それだけのこと」


予想もしていなかった話に絶句している あたしを見て、リリネットは困ったように微笑う。

「ねぇ、笑う?十刃最強の破面が、孤独に耐えられなくて自分の魂を2つに分けた、なんて」

黙って首を横に振る。そんな あたしの顔を見て、またあの大人びた笑みを見せるリリネット。

「あたしたちの力は、“孤独”に司られてるの。そして、その力が大きい分だけ、スタークの持つ闇は深い」

と、そこで一転して、いつもの子供っぽい表情に戻る。そして、冗談めかして言った。

「ほんっと、馬鹿だよねぇ。もーちょっと、あたしに力を寄越してくれりゃいいのにさ!なけなしの前向きな感情も、あたしの方に余計に残して切り離したんだよ、スタークってば!」


「……ま、無意識なんだろうけどさ。だから、いつも無気力でいるスタークが珍しく興味を持った深雪のこと、手に入れてあげたいって思ったの」

不意に、あたしの肩に回る腕。そのまま、ぎゅっと抱きついてくるリリネット。


「……ごめんね」

いろんな感情の詰まった『ごめん』。あたしは、馬鹿のひとつ覚えみたいに黙って首を横に振るだけで精一杯だった。



 
「藍染サマは、あたしたちに仲間をくれたけど。そこまで有難いものだったか、って言えば、疑問だよねー。みーんな、誰かの寝首を掻こうとしてるようなヤツばっかじゃん!……ま、プリメーラに手を出そう、なんてヤツは そうそういないけど。…………あ、いや、ノイトラやグリムジョーは、わかんないな」

何やら、ひとりでぶつぶつと呟いているリリネット。と、不意に顔を上げる。


「……だからね、ただ普通に一緒に笑って、一緒に眠って……スタークにとっては、きっと欲しくて欲しくて仕方なかった時間なんだよ」

「リリネット……」

「……ま、もっとも、スタークがあんな調子だから、明らかに舐められてるとこはあるだろうけどさ。威厳なさすぎだよねー、スタークってさ」



と、その瞬間、背後に現れる影。ふっと振り上げられたゲンコツが、ごん、と鈍い音を立ててリリネットの脳天に落ちた。
 
「いったいなぁ!ちょっと、いきなり何すんのさ、スターク!」

「うるせぇ。余計なこと、べらべらと喋ってんじゃねぇよ。……誰に威厳がないって?」


そしてまた、部屋の空気はいつもどおり。ぎゃあぎゃあと喚きたてるリリネットと、それをイラついた表情で怒鳴りつけるスターク。

呆然と二人を見つめている あたしに目を留めたスタークは、ふっと優しい笑みをみせて あたしの髪をぐしゃりと撫でた。


「スターク、深雪には優しいよねー」

殴られた頭をさすりながら、恨みがましい目で こちらを見るリリネット。

「そりゃ、深雪は客だからな。お前と一緒にすんなよ。……な?」

そう言って、あたしの顔を覗き込むスターク。


虚圏に連れてこられて以来、あたしは一度も捕虜としての扱いを受けたことがない。

戦闘中ならまだしも、スタークは思ってもないことを言えるようなタイプには見えない。

……ということは、スタークは本心から あたしを客人として受け入れているということだろうか。



今更だ。思いのほか、自分がスタークに気を許していなかったことに気付いて愕然とする。

それに気付いていたからこそ、スタークは精一杯の“逃げ道”を与えてくれようとしていたのかもしれない。


首筋に甦るスタークの手の感触。

滲む視界の意味も わからないまま、ただ泣き顔を見せたくない一心でスタークの背にもたれて窓の外を見つめていた。



(2010.06.26. up!)



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